統合騎士団
アイリス・エッセン公爵夫人に案内されて通されたサロンには先客がいた。
先客らは私の姿を見ると一斉に立ち上がった。
「其方らは……」
見知った者達が、そこにいたが。
「あらあら、そんなに礼儀正しくしなくてよろしいわよ。ねえユリアナ様?」
アイリス夫人が、そう話を向けるので。
「うむ、公式な集まりではないからの。一同は楽にしてくれ」
と言うが、私が座らないと誰も座りそうもない。
メイドが椅子を用意してくれたので、そこに着席すると、まずアイリス夫人が座り、他の者たちも着席した。
先客とはジョン伯、ランキン伯、バーンズ伯の三人……いや、もう一人いる……誰だ?
フード付き外套で深く全身を隠した小柄な者が、バーンズ伯の隣に座っている。
「ユリアナ様も、アイリス殿に何か御用があったのでござるか?」
ジョン・コーベン伯爵だ。
「いやまあ……用と言うか……」
用件と言えば『ヨアヒムに会いたい』だが……
そんな事をこの場で言えるはずもない!
「私がユリアナ様をお茶会に誘いましたのよ。だって殿方ばかりだと、私が楽しくないし」
なんだか楽しそうに微笑むアイリス殿だが。私を誘うと何が楽しいというのだろうか?
しかし、ジョン・コーベン伯爵とランキン・フィリップ伯爵にバーンズ・オズボーン伯爵。
茶会に招くには、少々場違いな連中だ。
これでは、茶会というより円卓会議だ。
茶会と言うのは、もっと女子力が高い場所だろう。
「其方らもアイリス殿に招かれたのか?」
と聞いてみると。
「ユリアナ様、我々は別の用件がありまして……」
ランキン伯が何か言いにくそうだが。
「我らは統合騎士団を結成したく、アイリス殿にお願いに参ったである」
バーンズ伯が用件を言ってしまった。
「バーンズ殿! その……」
と何か言いかけたランキン伯だが。
「……いえ、その通りでございます姫殿下」
と、バーンズ伯の言葉を肯定した。
「ほう、其方らがジョイント・ナイツをか?」
私の言葉にジョン伯は。
「まだ、相談の段階でござる。具体的には何も決めてないでござる」
と答える。
そんな話をしていると、メイドがカップに茶を注いでくれた。
アイリス夫人は「どうぞ」と促しながら、自らもカップを取って香りを楽しむように唇をつける。
「ほう、これは良い香りじゃ」
私も紅茶をいただいく。
強い香りではないが、鼻腔に広がる心地よい刺激に息が漏れた。
なかなかに良い茶葉のよう。
残念ながら、この茶葉の銘柄までは分からない。
どうも、私の貴婦人スキルは低いようだ。
まあ、いいけど。
バーンズ伯の横では、小柄な者がフーフーと熱そうにカップを吹いている。
猫舌か?
「では、赤獅子騎士団が中心となり統合騎士団を結成すると言うのかな? バーンズ伯」
私の言葉にバーンズ伯は首肯し。
「王家も奨励をしている事でありましょう」
と問い返してきたので。
「そうだな。父上は承認するだろうな」
私は呟いて首肯を返した。
現在のマウリスには多くの騎士団がある。
良い機会なので、マウリスにおける貴族と騎士団の関係を整理してみよう。
基本的に騎士になれるのは貴族だけだ。騎士以外の貴族は、王家か領地持ち貴族とその陪臣となる。
領地を持たない貴族として家を存続させる為には、最低でも騎士となり騎士団に属するか陪臣として家臣団に属する必要がある。
領地を持つ貴族は、下から伯爵・公爵・王家だ。
貴族の最下位は騎士伯で、準貴族の扱いとされる。
伯爵位以上の貴族は優秀な平民を騎士伯へと召し上げる事ができる。これは平民が貴族となれる唯一の入り口だ。ただし、騎士伯籍は一代限りの限定されたもの。さらに、公爵か王により騎士伯から男爵に昇位できる者もいるが、その数はごく少数だ。
貴族の中でもっとも数が多いのが男爵だ。男爵は、領地を持たず伯爵に養われる身分の貴族で爵位は継承されるが、働きが悪いと騎士伯に降位される事もある。
つまり、マウリスの騎士の大多数は男爵か騎士伯で、領地を持たず、主である伯爵より禄を与えられ、騎士団の一員として戦争に参加する者達だ。
そして伯爵は、六〇騎までの騎士を配下として養う義務を負う領主であり騎士団の管理責任者兼戦闘指揮官である。
また、公爵は六〇騎以上の騎士を養う領主であり、騎士団の管理責任者の責を負う事は伯爵と同じであるが。ほかに、複数の伯爵家を管理する権限と責任を持つ。戦闘にあっては、管理責任のある騎士団および傭兵団や徴用平民兵を管理して『軍』を指揮する。
つまり、エッセン公爵が正式な戦争で率いるのは、幻獣騎士団では無くエッセン公爵指揮下の『軍』となる。
慣例的に、エッセン公爵が軍指揮官となると、幻獣騎士団を率いるのは公爵子の役目だ。
要約するならば。
現在のマウリス貴族は『騎士伯または男爵』を最低単位として、騎士団を管理する『伯爵』と複数の騎士団を軍として管理する『公爵』があり、軍の最高指揮官として『王』がある。
と、言える。
ちなみに、辺境伯の権限は公爵に近く、六〇騎以上の騎士を保有し、傭兵団を雇うことも出来る。さらに、平民を徴用する権利もある。ただし、配下は男爵か騎士伯のみで、騎士団を指揮できる伯爵はいない。
それでは多方面の戦闘に対応できないのだが、グロッケン辺境伯は 息子に小規模な騎士の集団である『騎士隊』を任せて対応している。
マウリス貴族の編成は、他国に比べると爵位が簡素で上下関係が軍事命令系と直結している。
マウリスも過去においては、持てる領地と保有する騎士の数で爵位は多くに分かれていた。
しかし、マウリス貴族はタータ人との戦いやウルオンとの戦いで柔軟な動員への対応が遅れた事で辛酸を嘗めている。
マウリス貴族達は痛感したのだ。
局所戦闘から国家総力戦規模までの全ての戦闘に即時対応できる組織の必要を。
それに対する行動の一つが『爵位の簡略化による組織の整理』と『因習や階級と組織の分離』である。
これは、現在までにほほ完了していると思う。
さらなる試みの一つが『騎士団の大規模化』と『騎士団の統合化』である。
そして、その上には『封建貴族制』から『絶対君主制』への移行があるが、それは将来の話であると伴に、実のところ王家内での内密の話である。
しかも、私は『絶対君主制』の成立前に『中央集権共和制』への移行を目指している。
まあ、それらはいずれも将来の話だ。
したがって、資産に余裕がある貴族はより多くの騎士を育て戦力化する事と、騎士を増やせない貴族は騎士団を統合して『統合騎士団』となる事は、王家の望みと一致する。
さておき、多くの騎士を擁する攻撃型のバーンズ伯と遠距離支援に特化したランキン伯に工兵部隊であるジョン伯の連合は『統合騎士団』としてだけでなく『諸兵科連合騎士団』としてもモデルケースとなるはずだ。
「なかなか良い案であると思うぞ。我も賛成させてもらおう」
「まあ、ユリアナ様もご賛同いただけるなんて、幸先がよろしくて嬉しいですわ」
一見屈託のない笑顔で答えるアイリス夫人であるが……何かありそうだな。
そういえば、ランキン伯の表情がさえない。
先ほども何かを言い澱んでいる風であったし、何か思うところがあるのだろうか?
「失礼いたします。バーンズ・オズボーン伯爵様、ジョン・コーベン伯爵様、ランキン・フィリップ伯爵様へ伝言でございます」
ドアをノックして入室した侍女が口上を述べる。
「よろしくて?」
アイリス夫人が私に許可を求めるので。
「許す」
と許可する。
一礼をとった伝令役の侍女は。
「各騎士団輜重役からでございます。出立の準備が整いました、との伝言でございます」
侍女の言葉を聞いたバーンズ伯は。
「承知したである」
と一声吠えると。
「ではジョン伯にランキン伯、行くであるか!」
と、立ち上がると。
「合点承知の介でござる」
「良いお茶をありがとうございましたマダム」
と、ジョン伯とランキン伯も立ち上がる。
「それではアイリス殿、この娘の事も、よろしくお願いいたしますである」
バーンズ伯がアイリス夫人に手を差し出す。
「ええ、確かにお預かりいたしました」
と、アイリス夫人はバーンズ伯の手を取り握手をした。
なにやら、商談成立と言う感じだ。
立ち上がったバーンズ伯が傍らの小柄な者に。
「以後はアイリス殿の指示に従うのである」
と告げる。
「ワカリマシタニャ ハクシャクサマ」
小柄な者は答えると立ち上がり両手を胸の前で合わせた。
仏教徒の挨拶のように見えるが、すこし違う。
「うむ」
バーンズ伯は部下にするように略礼をし。
「ユリアナ様、アイリス殿。我らは失礼するである」
と、私とアイリス夫人に貴族の礼し、マントを翻してサロンを出ていく。
ところで、いま『ニャ』って言ったよね……この娘……
私の目は、小柄な者へ釘づけとなった。
九月中に投稿予定でしたが……遅れました。
次は、なんとか十月中に……




