春節の宴 二日目 9
砲撃を受けて片方の車輪を破壊された蒸気装甲車が、残った方の車輪を回しだした。
「まだ動けるのでござるか!」
ジョン伯の驚きも、もっともで。
私にしても、蒸気装甲車は撃破されたと思っていた。
現代地球の戦闘でも戦車のしぶとさは想像以上のものがあるが、蒸気装甲車のしぶとさも予想を超えている。
「いや……それだけでは無いのじゃ」
私は、アンジェラ達の豪胆さを感じた。
たとえ装甲で守られいたとしても、大砲で撃たれる衝撃は言葉に表すのが困難なほどに激しい。
熟練した兵士でも、その衝撃に呆然自失として戦闘継続困難に陥るほどだ。
未熟な兵なら、それだけど逃げ出してしまう。
だが、アンジェラ達は、その衝撃に耐えて、戦いつづけている。
蒸気装甲車は大地を削るように片輪を激しく回転させて、徐々に車体の向きを射撃可能方向へと修正してゆく。
「……まだ……戦うの?」
リンダ伯が呻く。
見事な敢闘精神だ。
だが、対する平民軍も黙って見ているわけではない。
砲声が二つ連続して起こる。
次の瞬間、蒸気装甲車が弾かれたように震えて前面装甲に火花が起こり、残った車輪が砕かれて破片が飛び散る。
蒸気装甲車は倒れるように、その腹を大地につける。
「今度こそ、やられたのか?」
ランキン伯が呟く。
すでに全ての車輪を砕かれた蒸気装甲車には、一寸も動く手段が無い。
しかも、前面装甲板は大きく凹み、その中心には砲弾が突き刺さっている。
先ほどの砲撃で受けて砲弾だ。
複合装甲でなんとか貫通は免れたが、真正面から砲弾を受けたものだから、その衝撃が逸れること無く構造に衝撃を与えたのだろう。装甲板の凹み以上に、内部のダメージは酷いだろう。
多分、これで勝負がついたはずだ。
蒸気装甲車は、動けない。
歪んだ装甲では、次に砲撃を受ければ、乗員であるアンジェラ達の身も危険だ。
白旗を振れば、降伏したことになり、演習は終わる。
とは言え、降伏の後に待っているのは縛り首なのだが……
しかし、蒸気装甲車から白旗が振られる様子が無い。
まさか、すでに乗員の総べてが行動不能もしくは絶命と言う事も無いだろうが。
私の考えを否定するように、軋むような音が響いた。
鋼と鋼をこすり合わせるような……油の切れた歯車を無理やりに動かすような……
そんな音が、蒸気装甲車から響いてくる。
「砲身が!」
コンラート伯が蒸気装甲車の大砲を指差した。
分厚い複合装甲から飛び出した砲身が、少しづつではあるが動いている。
蒸気装甲車の主砲であるガルムント砲は、砲塔を持たない固定砲ではあるが、照準調整の為に左右五度づつ上下に十度ほどは動かせる。
今、蒸気装甲車の中でアンジェラ達は、必死に大砲を動かしている。
ぎりり……ぎりり……と、砲身がオルバン砲へと向いてゆく。
対する守備側の平民軍も、ガルムント砲への次弾装填を急いでいる。
だが、どんなに急いでも装填には三分ほどの時間がかかる。
その間に、アンジェラ達は砲の向きを修正し射撃に入れるのか?
いや、そもそも。制限のある照準修正範囲でオルバン砲に対する射撃が可能になるのか?
そして、蒸気装甲車主砲の動きが止まる。
照準を修正したのか?
修正範囲を超えて、主砲が動かせなくなったのか?
それとも……アンジェラ達が動けなくなったのか?
蒸気装甲車の主砲が止まっている間にも、平民軍の装填作業は進んでいる。
早い砲では、装薬の装填を終わり、砲弾の装填に入っている。
あと二〇秒ほどで、次の弾を撃てるはずだ。
そして、もう一発の直撃弾を受けたならば、蒸気装甲車は破壊される可能性が高い。
瞬間、大気を砕くような響きが起こった。
蒸気装甲車主砲砲口付近で閃光が起こり、続いて大量の光を帯びた黒煙が噴き出す。
射撃か? あるいは、爆発?
そう思った刹那、守備陣地中央のオルバン砲が砕ける。
これは……
「……盗賊どもが勝ったのでござるか?」
ジョン伯が問う。
その言葉に、私は首肯して。
「そうじゃ。アンジェラ達の勝ちじゃな」
私は懐から信号銃を取り出して、天に向かって撃った。
白い煙の尾を引いた唸り弾が天空を切り裂くように飛翔し、演習の終わりを告げる。
蒸気装甲車の主砲から引っ張り出されたアンジェラたち罪人三人……いや、元罪人か。
彼女らの様子は酷いものだ。
とても勝利者の姿には見えない。
アンジェラの左に立つ背の高い女は、左右の目が違う方向を向いて口には笑いが張り付いている。
なんとか立ってはいるが、酔っ払いのようにフラフラだ。
その反対で座り込んでいる小柄の女は泣いていた。小声で謝罪の言葉を経のように唱えている。
真ん中のアンジェラはドヤ顔で直立不動だが、全身は煤まみれ。服のあちらこちらが破れてかぎ裂きだらけだ。
「見事であったぞ。アンジェラ殿」
私の言に、赤毛の女は。
「軽いもんだ」
と、笑って答える。
まったく肝が太い。
私が鍵を取り出し、膝づいてアンジェラの足枷を外そうとすると、従者であるグレタが慌てて出てきたが。
「よい。これは私がやる」
と、制し。自らの手でアンジェラの足枷を外した。
「これで、おぬしらは自由じゃ」
笑顔でアンジェラに告げると。
「話には聞いていたが、本当に変な姫様だな」
「陰口で囁かれた事は多いがな。面と向かって言われたのは初めてかもしれんな」
私の返事に、アンジェラはアハハと声を出して笑い。
「お姫様なんだからな。そりゃあ、しかたないな」
「それもそうじゃな」
と肩をすくめると。
何が可笑しいのかアンジェラは再び笑った。
まあ、場が和んだ事だし、本題に入ろうか。
「さて、アンジェラ殿。おぬしらは自由にはなったが。生活の当てはあるのか?」
社会全体が豊かでセーフティーネットが充実している現代地球とは異なり、この世界では『自由』とは『野垂れ死』と同意語だ。
人は社会の狭い枠に入る事で、日々の糧を得ている。枠の外は、死地と同じだ。
「私は薬師だよ」
「モグリのな」
私の言葉にアンジェラは睨んできた。
「姫様は、私らをゆっくりと死罪にするつもりかい?」
「私にその意図はないが、世間というのは世知辛いものじゃ。だが、才能のある者は生き残る」
私は意味深に微笑む。
「……姫様は、私らに何かをしてほしいのかい?」
どうやらアンジェラは私の思惑を感じ取った様子。
私は蒸気装甲車を指さして。
「あれに乗って、私の為に戦ってはくれんか?」
アンジェラは、スクラップのような蒸気装甲車を見て。
「また……あれに乗れって言うのかい?」
私は呆れ顔のアンジェラに首肯で答える。
「死んじゃう……今度こそ死んじゃうわ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう悪いことしませんから、また乗れなんて言わないでください。ごめんなさい。ごねんなさい!」
アンジェラの左右では、拒否の言葉が飛び出していたが。
「あれで、今度は何を壊すんだい」
アンジェラが問う。
「さて何を壊そうかのう。とりあえずは、貴族どもの頭に乗った羽根飾りの帽子でも砕いてみるか?」
「それは……イイなあ。うん、気にいった。そういうのは大好きだ」
私の出した右手をアンジェラは両手でつかんでブンブント振り回した。
ちょっと痛いんだけどなあ。
とにかくも、私は戦車兵アンジェラ・パフスカを手に入れた。
少し間が空いてしまいました。すみません。
次回は、もう少し早くに……




