春節の宴 二日目 7
人を殺して物を盗るのは重罪である。
これは、万国に共通する道理だ。
マウリスにも盗賊は多くいる。
小さな村や行商人やら旅人を襲い、金品に命に貞操も奪う。
このあたりも万国に共通する。
盗賊などの取り締まりも騎士団の仕事だ。
しかし、騎士団の行動は、貴族の道理が支配するので、盗賊の撲滅には至らない。
なぜ、盗賊は撲滅されないのだろうか?
さて、話は少し変わる。
いや、盗賊の話の続きなので、盗賊の事は心の隅に留め置いてほしい。
貴族とは、生産者では無い。
貴族は、税によって生活をしている。
貴族が貴族として生きる為には、税の徴収こそが第一となる。
農民や商人や職人が、自主的に税を納めてくれるのならば話は簡単なのだが。現代地球でも脱税が絶えないように、この世界でも税を自ら進んで納める者は少ない。
では、以下の方法はどうだろうか?
税を払わぬ者の鼻を剣で切り取る。
税を払わぬ者の背を鞭で打つ。
家族を人質に取るのも妙案だ。
それが、若い娘ならば、なお効果的。
しかし、この方法は下手であろう。
もちろん、脱税を許すよりは、よほどにマシな方法ではある。
だが、このような汚れ仕事は、およそ貴族が行う事ではない。
もちろん、戦争は例外だ。
戦争ならば、剣も鞭も人質も使う。
さて、納税の話だ。
納税者が、すすんで納税するのは、税が自分達の役に立つからだ。
武装集団である貴族ならびに騎士団が役に立つのは、他の武装集団から納税者を守ってくれる時である。
自分の命と家族と財産を守ってくれた貴族ならびに騎士団にならば、農民も商人も職人も、自主的に税を納めてくれるのだろう。
しかも、領地の民を守る為に武力行使をするのは、大変に貴族的な行為だ。
いっそエレガントと言ってしまいたい。
二百年前のマウリスならば、貴族同士が小競り合いを繰り返していた。
これを上手にコントロールできるのならば、領民の納税意欲をかきててるのは容易い話だろう。
もちろん、上手にコントロールできる小競り合いなど皆無ではあるが。
現在のマウリスは国家統一が進み、王家を中心とした貴族秩序が完成している。
諍いごとは、話し合いで解決する。
話し合いで解決できないならば、王家が介入して強制執行する。
したがって、表立っての貴族同士の小競り合いは無い。隠れた対立や闘争は、もちろんあるが。
では、この世界で罪なき者へ無慈悲な暴力を行使する者なぞいるのだろうか?
それは盗賊とか山賊とかの無法者だ。
しかも、無法者に襲われる領民を助けるのは、先に述べた通りに大変に貴族的な行為。
したがって、無法者の暴力をコントロールできるならば、税金集めは効率よくすすむ。
だが、貴族の言う通りになぞ動く道理に無いのが無法者だ。
その無法者が、貴族の下請け仕事をするだろうか?
実は、貴族の下請け業者としての無法者は多くいる。
もちろん、表立っては存在しない秘密の関係というやつだ。
このように、実のところ盗賊などの無法者も、使いようでは貴族に有益なものなのだ。
従って、貴族が支配階級であるかぎりは、無法者が根絶される事は無いだろう。
もちろん、貴族の脅威になるような集団やコントロールが出来ないものは、排除される努力がなされはする。
事実、ガルムントでも騎士団の一部--副団長が盗賊と組んで悪事を働いていたので逮捕した。
ガルムントは王領であり、基本的には鉱山での収益が税収の代わりになり鉱夫たちや家令たちは無税だ。
どちらかと言えば、王家が経営する鉱山で鉱夫が働いている。との考えが近い。
しかし、商人などが商品を動かすと税をかける。
私は、流通にかかる税や関所は廃止したいのだが……税制改革はすこし先になるだろう。
さておき、法に定める税を徴収するだけならば--その為に無法者を使ったとしても、逮捕はしなかった。もちろん注意もするし、悪質ならば処罰もする。
ところが、副団長は商人に賄賂を要求し、従わない商人の荷駄を山賊に襲わせたのだ。
もちろん、賄賂を集めたのは私腹を肥やすため。
賄賂に応じた商人の便には、形ばかりに護衛を付けるが、これが山賊に襲われる事は無い。
独自に護衛をつける商人もいたが、費用対効果から考えると、副団長に賄賂を贈って無事に通しもらう方が安いのだ。いつしか、全ての商人が副団長に従った。
副団長の賢い点は、それ以上の賄賂を要求しなかった事と、仲間を厳選し裏切り者は密かに殺害していた事だ。
悪い奴だが、実務能力が高いと評価できる。
副団長の悪事が暴かれたのは、件のホワイトフェイス事件だった。
ホワイトフェイスに、賄賂の秘密を知られてしまい、秘密を守る為に協力しなければならなくなってしまったのだ。
あの事件で、我らがホワイトフェイスを取り逃がしたのは、騎士団内に協力者がいたからだった。
ホワイトフェイスが副団長に変装して私を襲った時、副団長本人はホワイトフェイスに捕らえられている事にして、山小屋に隠れていた。
事件が終わった頃に、自力で脱出してきた風に現れる算段。
上手くいけば、ホワイトフェイスは仕事を終えてガルムントを去り、自分は今まで通りに暮らす。
もちろん、上手くゆくはずと、副団長は思ってい。
ところが、事件の捜査中に、副団長私邸の床下から結構な額の金貨が入って瓶が見つかったのだ。
もちろん、私有財産の一部を金貨に変えて床下に埋めるのは、小金を貯めた人間ならやりそうな事で、それ自体が悪事でなない。
しかし、貧乏貴族出身の副団長が蓄えているにしては、額が大きすぎた。
そこで、副団長を泳がせて、その行動を探る事とした。
副団長は週に一度、女が通う。
この女が怪しかった。
女は、ガルムントから離れた山小屋で暮らしている。
女は薬師で、山小屋では薬草から薬をつくっていた。
週に一度の市で薬を売り、夜は副団長と過ごす。
まあ、普通の愛人とかなら咎める事も無いのだが……
追跡調査の末に、女の正体がリンドナ峠に出没する盗賊の頭と分かると、話は違う。
囮捜査の末に、女率いる盗賊団と副団長は捕縛された。
裁判の結果は、副団長は貴族位剥奪の上で強制労働十年、盗賊団は死刑となった。
ただし、盗賊団の死刑は保留とされて今にいたる。
そして今、私の目の前に手枷の女が立っている。
二〇代前半くらいの赤毛で背が高い上にスタイルと姿勢がいい。
格闘家か軍人のように、安定感の自然体で立つだけで威圧感があった。手枷を受けているが卑下したようもなく堂々としている。瞳には知的な輝きさえ見える。
元盗賊頭と知らなければ、どこぞの女領主に見えてしまう。
女はアンジェラ・パフスカと名乗った。
自称、パフスカ家の末裔。
パフスカ家は、戦乱期に中央マウリスを治めた大貴族だったが、百二十年前に滅んだと言う。
「約束は守ってくれるんだろうな」
元盗賊アンジェラは私を睨みながら言い放つ。
警護の騎士が抑えようとするが、私はそれを制して。
「もちろんだ、パフスカの末裔よ。お前たちが、装甲荷車を操り見事にウルバン砲を打ち壊せたならば、無罪放免としてやる」
「貴族の誇りにかけて誓えるのか!」
私の言葉に、挑むような言葉を返す。
「お前がそれで納得すると言うならば、貴族の誇りにかけて誓いを立てよう」
私は誓いとして、自分の心臓の上に掌をおいて言葉を紡ぐ。
「なら、やってやるよ」
あくまでも挑戦的な態度で言い放つ。
私が合図をすると、アンジェラと他二人の女が兵に連れられて装甲荷車へと乗り込んでゆく。そこで手枷を外され足枷が架けられる。これで、ある程度自由に動けるがカーゴからは逃げられない。
「ユリアナ様、指示の通りにボイラーに火は完全に落としてあります」
メアリーアン特佐が告げる。
「よろしい。今の状態でカーゴはどれくらい動ける」
「十分ほどかと」
蒸気機関は、ボイラーの火を落としても余熱で少しは動くことできる。
「想定通りじゃな。メアリーアン、平民軍側の指揮を任せる。全力でカーゴの侵攻を阻止せよ。ユーイル砲の使用も認める」
「拝命いたします」
メアリーアンは短く軽礼をして、ウルバン砲を守る陣地へと走る。
私は、振り返り。
「では一同の者、たのしいショーの始まりじゃぞ!」
遅くなりまして、すみません。
春節の宴二日目は、もう少し続きます。




