茶会にて
さて、一時間後。
西の館の居間。
私は、軽く汗を流し気軽なだが失礼のない程度の軽装に着替えて、グレゴリオとメアリーアンを迎えた。
部屋の片隅には、先ほど使用した潜水具が立てかけてある。
「腹が減ったので失礼する。良ければ、お前たちも食べてくれ」
そう言って、私は茶を飲みサンドイッチを掴み口に運ぶ。
「えっ!」
グレゴリオは、私の作法に度肝を抜かれたように驚く。
「素手で食べ物を掴むなんて……いいんですか?」
メアリーアンが、大皿に盛られた大量のサンドイッチに興味がある様子。
「平民は、素手で食事を取ると聞いたぞ」
私は、無作法なことに咀嚼しながら答えた。
「平民だって、スプーンくらい使います。スラムや蛮族じゃあるまいし」
グレゴリオが睨む。
この男の怒った顔は、本当に怖い。
「これはサンドイッチと言う。薄く切ったパンで肉や野菜を挟んで食べるのだ。直接手で持って食べるのが正しい作法なのだ。気になるならナプキンを使え」
怪訝な表情で。
「そう言うものなのですか?」
と、グレゴリオはナプキンでサンドイッチを掴む。
「わあ、楽しいし美味しい。こんな風に食べるのって、面白いですね」
メアリーアンの方は、早々に素手でサンドイッチを掴んで口に運んでいる。
「これは、どこの食べ物なのですか? ユリアナ様。私、こんなものがあるなんて知りませんでした」
メアリーアンの質問に、私は答えた。
「異世界の食べ物だ」
しばらく、音が止まった。
「ユリアナ様。ご冗談にしても、意味が分かりかねますな」
グレゴリオである。
まあ、当然の反応だな。
「その意味は、私も知りたいと思っている。この私の頭に異世界の知識があるのだ。これが、神の恩恵か。それとも、悪魔の罠なのか。私にも分からない」
また、しばらくの沈黙。
「……本当なのですか?」
「証明はできん。ただの妄想や物狂い戯言と考えるのが妥当だろうな」
だが、そうすると矛盾が起こる。
それならば、私は一人で潜水具の仕掛けを考案したことになる。
「まあ、納得できるまで調べても良いぞ。この潜水具を考案したのは、本当は誰なのかを」
その言葉に、グレゴリオは潜水具へと歩み寄り仔細を調べだした。
しばらく、あれこれと調べていたが、唸りながら考え込んでしまった。
「材料は、金属と皮だ。これを作った技術は一流だが、ありふれたもの。だが、この発想、組み合わせ方……この世のものとは、とうてい思えない」
グレゴリオは、しばし考え込んだ。
「ユリアナ様がここに引っ越されました日、病院で指示を出されましたね」
「ああ、そんな事もあったな」
それは、ただ水と灰汁で洗っただけの包帯を見て、熱湯を使えと指示したのだ。
つまり、煮沸消毒せよと言ったわけだ。
「異世界云々は、私には分かりかねますが。それがユリアナ様の頭の中にあるのならば……ユリアナ様は稀代の天才であると思います」
「褒めてもらって嬉しいがな。我は、そんな大層なものではないよ」
私は、グレゴリオの言葉を否定すると。
「では、ユリアナ様は、天才がどのように考えると思っておられますか?」
質問で返された。
「うむ……天才なあ」
そう言われると、天才が世紀の大発明を思いつくのは、どうしてだろうか。
いや、大発明をしたから天才なのかな。
「それは、分からんなあ」
「なれば、その異世界の知恵。天才の発想と同じではありませんか?」
そう考えても良いのか。
「なるほど、我は天才か! 物狂いから幾らかは出世したようだな」
ここは素直に、グレゴリオの言葉を受けておく。
これで、グレゴリオとの信頼関係も少しは構築できたであろう。
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