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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
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春節の宴 二日目 2

朝日に照らされたユーイル草原のだだ中に、巨大な大砲があった。


 これは、夜明けと共に二十六頭の牛でやっと曳いてきた、『城崩しの巨砲』ことウルバン青銅砲だ。

 ちなみに、セリア共和国製造の品であるが、故あってコンラート伯が入手して、ここにある。


 この大砲、とにかく移動も砲撃も大騒動である。


 砲撃位置についたウルバン砲からは牛やら曳き綱やらが外され、砲架を土嚢や杭で固定する。

 発射薬は現場で、気温や湿度を考えて硝石などの材料を調合した黒色火薬だ。それを、バケツほどの計量スプーンですくっては砲口から薬室へいれて、突き固める。

 昔なら砲弾も、現地で石工が砲口径に合わせて石を削って用意していた。今回の砲弾はガルムントの工房であつらえた特別の爆裂球弾を用意してきたので、それを使う。

 爆裂弾には発射薬の燃焼と同時に点火される時限点火管が仕込まれている。もちろん、機械式では無くて、導火線式だ。正確に言えば、銅筒の中に導火線を入れて、その長さで時間調整をする。これも、射撃距離が決まっているので導火線の長さ調整はガルムントでやってきた。


 夜明け前から作業しているが、何とか砲弾を装填して砲撃準備が整ったのは、朝食が終わってから一時間後だった。


 朝食を取りながら作業を見ていた騎士たちの中には、賭け札をはじめる者さえいる。


 なんともノンビリした演習風景だ。


 私達--私とヨアヒム、バーンズ、ジョン、リンダ、ランキンそしてコンラートの七人--は、ウルバン砲がよく見える位置に椅子を置いて観覧している。


 射撃準備が整ったようで、ウルバン砲に取り付く作業員が手を振って合図してきた。


「待たせたな。演習準備完了じゃ」

 と、私は椅子から立ち上がり、皆の前に出る。

「やっとであるか。大砲とは面倒なものであるな」

 バーンズ伯の大声が響く。


 まあ、もっとな感想だ。


「ウルバン砲は、現存する最大の大砲じゃ。ゆえに、射撃開始にも時間が掛かる。しかし、その威力は強力じゃぞ」

一応、フォローはしておく。

「ところで姫殿下。標的はどこでござる?」

 ゴザル貴族のジョン伯が手を挙げる。

 お前は小学生か!


「あれじゃ」

 と、私は五百mほど先に見える、建設途中で放置された城壁の切れ端を示した。


「……あれ、でござるか? あそこまで、大砲を動かすのでござるか?」

「いや、ここから撃つのじゃ」

 私が、何を言っているのだバカ者と言う顔でジョン伯を睨むと。

「ええっ……」

 と、驚いている。

 ジョン伯は、私がバカ者と思っている事に気が付いたのだろうか?

 いや、それほど繊細な人柄には見えない。


「あんなに遠くの城壁を壊せるのですか?」

 リンダ伯が呻く様に言う。


 なるほど、コンラート以外は大砲というものを伝聞でしか知らなかったな。


「しかも、あの城壁は建設途中とはいえ、ほぼ完成している石造の本城壁である。破城槌でも壊すには二日はかかるのであるぞ!」

 バーンズ伯は吼えるように喋る。

 と言うか、普通に喋れないのだろか?


 さておき。

「一撃じゃ!」

私は、人差し指で天を指して言い放つ。

「一撃で、あの城壁を崩してみせる!」

と、大見得を切ったが……いや、実のところ、ちょっと心配でもある。

いや、大丈夫だ!

……うん、たぶん、だいじょうぶだよね。


「しかし、工事中の城壁のようですが。壊してよろしいのですか?」

 ランキン伯は心配しているが。

「あそこは、地盤が悪くて城壁が建造中に傾いてしまったのですよ。事前に調査をしていたのですが……いや、お恥ずかしい」

 コンラート伯はいつものように笑って答えるのだが。

 建造中の城壁が傾くとは、かなりの不祥事と言える。それを、笑って話せる点で、コンラート伯は大物と言えるかもしれない。

 単に鈍感なのか?


「では、大砲の威力をご覧にいれよう!」

 私が、白いハンカチを手に腕を大きく振る。


 ウルバン砲の周りにいた兵が退避壕に逃げ込み、摩擦信管の点火紐を持つ射撃手だけが砲の横に立って、手を大きく上げて下ろした。それと同時に、射撃手は摩擦信管の点火紐を大きく引く。


 瞬間。

 摩擦信管から小さな火柱があがり、ウルバン砲自体が揺れた。

 同時に、ウルバン砲は僅かに膨らんだように見え、大地と天空を大槌で打ったような衝撃が襲い、遅れて地竜の咆哮のごとき音が来た。

 そして。ウルバン砲の砲口から炎と黒煙が広がると同時に、大きな球体が天に弧を描きながら飛翔する。


「おおおぉ」

「……これは!」

「なんと」

 皆は口々に感嘆の言葉をもらす。


「弾ちゃ~~~く……、今!」

 観測手の兵が、着弾を知らせる。


 標的に城壁の一部が崩れて土煙が巻き起こる。


「届いたでござる!」

 と、ジョン伯が叫ぶ。

 私は、内心はホッとしながら、当然だという風にドヤ顔で叫ぶ。

「まだじゃ!」

 まだ、砲弾は目標に届いただけ。


 崩れた城壁から小さな閃光が幾つもおこる。

 空間を切り取ったような赤い巨大な球が城壁を包んだ。


 先ほどの発射音が可愛らしく思える程の衝撃と轟音が襲う。

 竜の巣を壊し、数千の竜が解き放たれ、全ての破壊を宣言するような咆哮である。


 城壁のあった大地は、火山の噴火が起ったように炎と噴煙をあげ、城壁の石材が紙吹雪のように吹き上げられている。


 その内の数個は、我々から百mほどの位置に落ちて来た。


 その様子を見ていた騎士の中には、あまりの光景に、槍を取り落とす者さえいた。

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