表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
43/98

春節の宴 8

 しばらくしてヨアヒムが私から体を離し、涙を拭いて。

「ごめん……みっともないな、私は」

 と、少し微笑んだようだ。


 思い返すと、ヨアヒムは再会してから一度も笑っていないような気がする。

 子供のころは、いつもニコニコとしていたのに……


「ヨアヒム、私といるのはつまらなかったか?」


「いや、そんな事はないけど……」


「でも、笑わなかった」


「そうかな……皆が見ていたし……緊張もしていたし……」


「今は二人きりだぞ」

 少し拗ねたように言ってみる。


「そう……だね……」

 そう呟きながら、ちょっと硬い笑顔を返してくれる。


「枝に髪が絡んだのを助けてくれた時に、約束と言ったが……私は、何か約束をしていたか? すまないが……忘れてしまった」

 ごめんね、この笑顔で許してください。

 と、ちょっと首を傾げた仕草で笑顔をつくりながら問うと。

「……最後に……私が領地に帰る時のことだけど」

 それは、ヨアヒムの父上が公爵となって、王都からエッセン領へと帰った時の事だろう。

「お別れのキスをしようとしたら……そのキスは、再会の時にしようと……約束した、と……思っていたのんだけど……違ったかな?」


 ああ、そう言えば……

 あの時は、妙に恥ずかして……

 キスしたくなかったのだが……


 まてよ。

 私……以前も、ヨアヒムとキスしていた!

 天恵前だし、子供の頃だけど……していた。


 まあ、こっちの世界では……親しい間柄なら普通にしているし。

 文化ちがうし、問題ないよね!


「思い出した。約束していたな……私が、忘れていた……」

 私はヨアヒムの手を握り謝るが。

 気にしなくて良い、とヨアヒムは言う。


 思い出したら、また……キスしたくなった。


 私は、少し上を向いて、目を閉じた。


 少しの間をおいて、ヨアヒムの顔が近づいてくる気配がある。


 もうすぐ、ヨアヒムの唇が、私のに触れる。


 今度は、どうしようか?


 ちっとだけ、舌を使ってみようかな。

 それとも、抱きしめてしまおうか。

 ベッドの方に倒れてもいいかも……


 そう思う間に、ヨアヒムの唇は私に触た。

 

 今度は、最初のように、すぐに私たちは離れなかった。

 お互いの唇の形を確かめるような。

 子供のでも……挨拶のものでもない……これは……


 ヨアヒムの舌が私の唇に触れた時、体の中を何かが突き抜けて……膝の力が抜けた。


 ヨアヒムが片手で私を支える。

 頭がフラフラとして、目の焦点が曖昧だった。

 体に力が入らないし、キュッとして、頼りなかった。


 ボーっとなった私を椅子に座らせたヨアヒムは、大丈夫か? と聞いてくるので、大丈夫と答えたが。まだフラフラだった。

 しかし、天幕の外に人の気配がある。


 取次が、来客を告げた。

 コンラート伯と従者に、ヨアヒムの部下のビンセント男爵。


「ユリアナ様、お忘れ物でございますよ」

 と、コンラートが言うと。従者が布が掛かった大きなトレイを差し出した。

「それは、こちらにいただきますわ」

 と、グレタがトレイを受け取った。

 中身は、私の外套だろう。


 ヨアヒムが驚いていた。

 なぜだ?


「しかし、ユリアナ様は大胆な方だ。若い者には刺激がすぎます」

 苦言を言うコンラートに。

「昔の怪我が痛むものでな。許せよ」

 と、弁解しておいた。

 コンラートは「そうしておきましょう」と肩を竦める。


「ヨアヒム様も、お迎えにあがりました」

 と、ビンセント男爵。

「すまないな、ビンセント」

 と、笑顔で答えた。

 それを見たビンセント男爵が驚いたようす。

「それではユリアナ姫。私は」

 と言いかけたヨアヒムに。

「ヨアヒム、一つ頼みを聞いてほしい」

 と頼みごとをすると。

「そのくらいの事なら、すぐにでも」

 軽く了承をもらった。


 よし、一つ懸案事項クリアだ。


 ヨアヒムとビンセントが天幕を出てゆくのを見送り、コンラートに向き直る。

「狐狩りの準備を無駄にさせてしまったな」

「いえ。予定の内ですから」

 グレタがトレイを従者に返すと。

「では、明日の準備もございますので」

 と一礼をしたコンラートと従者も帰っていった。


「グレタ、すまないが使いを頼む。それから、紙とペンを」

「はい、ユリアナ様」

 グレタは、すぐに用意してくれたので、書状を二枚書いて、それぞれを届けるように言いつける。

「では、すぐに」

 と、私か書状を受け取ったグレタの笑顔に、重要な見落としをしている事に気がつく。



 グレタは……いつから天幕の中にいた?

「……つかぬことを聞くが……いつから、ここにいた?」

「ずっとおりましたわ」

「私を送り出してから、ずっといたのか?」

「はい」

 笑顔で答えるグレタ。

「私と……ヨアヒムが天幕に入ってきた時にも……」

「おりましたわ」

「……気配がしなかったが?」

「あら、昔の癖で、気配を消していましたかも」

 いや、それワザとだろう。

「……そうであったか。では、使いを頼むぞ」

 と、内心の恥ずかしさに悶え狂いそうな思いを強引に押し込めて、出来る限り冷静なふりをする。

「ユリアナ様、お可愛らしくございましてよ」

 グレタは意味ありげな笑顔であった。

「……早く行け!」

 私は、なんとか感情を殺して、言い放つと。

 グレタはサッと天幕から飛び出していった。


 まだ力の入らない体で、なんとかベッドまでたどり着き、私の体より大きそうなクッションを抱いて倒れこむ。

 

 体に溜まった、疲労やら何かがつまった息を深く吐き出す。

 まだ、体の奥がズキズキと甘く疼く。


 あそこで、私が倒れなかった……どうなったろうか?


 その後も、来客がなかったら?


 ここが、野営の天幕でなく、ガルムントの館であったら?


 そんな仮定が、頭の中をグルグルと現れては消える。


 そんな頭の中のグルグルと連動するように、体の中をズキズキがグルグルしている。

 ああ~もう……どうしたらイイのだろうか?


「お慰めいたしましょうか? 姫」


 耳元で囁かれた。


「ひぎゃぁ!」

 思わず悲鳴をあげると。

 そこには、グレタがいた。


「……使いに行ったのではないのか?」


「終わりました」


 えっ? 随分と早いな。

 と、思ったが。考えてみれば、グレタは忍びの末裔だ。身体能力は常識外かもしれない。


「気配を消して入ってくるな!」


「あら、消してましたかしら?」


 そう言いながら、グレタの体が私に重なる。

 いや……、ちょっと待て!


「待て……今は……ひぃん」


「今宵は、敏感でございますね」


 いや……だから……待てと……言って……

 ああ……ひょこぉ~~、らめぇ~~




 次の朝、夜が明けると同時に目が覚める。

 


 ベッドには、私しかいない。


「おはようございます、ユリアナ様。今、お茶をいれますね」

 と、ツヤツヤとした肌のグレタが洗面用具を持って立っていた。

「ああ、すまん」

 体が、だるい。

 やはり、グレタは私の精気を吸っているに違いない。


 洗面を済まし、ガウンを着て茶を飲んでいると、来客があった。

 ヨアヒムの部下であるビンセント男爵だ。

 昨夜、ヨアヒムに頼んだモノを持ってきてくれた。

「無理を言ったと思うが、すなぬな」


 それは、エッセン公爵領の詳細な地図だ。


「申し訳ありませんが。私が立ち会っての閲覧に限らせていただきます」

 とビンセントは恐縮するが。

「いや、無理を承知で頼んだのだ。それくらいは良い」

 私は、早速に地図を広げてみる。


 エッセン公爵の領地はガルムント山脈の中にもあり、王領ガルムント鉱山にも接しているが、この部分は非公開である。

 先日、送電線らしきものを見つけた場所は、エッセン公爵領内だった。

 地図には、送電線らしき書き込みがあり、それは大きな池から流れる谷側にある建物から、公爵領内の大きな建物へと伸びていた。

「この池の堤は、人工のものか?」

「はい、先代がおつくりになったものです」

 やはり、人工の堤。

 つまりはダムか。

「この辺りの警備は、どうなっておる?」

「私からは、お話できません」

 まあ、そうだろうな。

「この建物は?」

 私が送電線が繋がった大きな建物を指すと。

「工房でございます」

「ほほう、工房なぁ」

 普通の工房にしては、かなり大きい。


 知りたいことは分かったので地図を返そうしたが、公爵領の地形に奇妙な特徴がある事に気がついた。

 私は、真円形の池と同心円形に連なる小山を見つめた。

 その中心、真円形池の中心に何かの建物があった。

「これは?」

「私では、お答えできません」

 コンラートは答えを拒否した。

 それで十分だった。

「すまない。手間をとらせたな」

 と、私は地図をビンセントへと返した。


 ビンセントは地図を納めると、私に向き直り。

「これは私事になりますが。ユリアナ姫殿下にお礼を申し上げたくぞんじます」

 と、深く一礼し。

「ヨアヒム様のお心を慰めていただいた事、深く感謝いたします」

 どうやら、ヨアヒムの落ち込みは酷いものだったようだ。

「デンネンダル領での戦は、壮絶と聞いているが」

「……まさに、地獄と言えます。あれは、もはや戦ですらありませんでした」

「その話、詳しく聞きたいが……」

 と、話していると。

 天幕の外が騒がしい。


 どうやら、昨夜のアレで苦情を言いに来た輩がいるようだ。


「またの機会にしよう。ヨアヒムに礼を言っておいてくれ」

 ビンセントは、また一礼して天幕を出ていった。


 天幕を出ると、そこにはジョン伯とランキン伯がいた。

10/22 誤字修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ