春節の宴 7
「さて、悲観的な話ばかりしていては気が滅入るのお。ここからは、現状の打開策を考えようではないか?」
私が一同を見渡してた。
「とは言え、民が増えるのを防ぐとなると……皆目検討がつかんでござるよ」
「昔は姥捨てや間引きがあったとは聞いているが……」
「それを今やるのは無理であろう。それに、私が反対する」
「やるなどとは言ってはおりません。しかし……」
まあ、方法が無いわけでは無いが……ここでの発表するには不適当な内容だ。
「なれば、流民を防ぐ手立てを考えようではないか」
私の意見にバーンズ伯が。
「それにはケーニヒス公爵が政を変えるしかないのである。変えぬなら……戦であるな」
と述べ。
「それでは内戦になります。しかも、こちらに大儀がない」
対してランキン伯が返す。
「大儀が無いならつくればよい! 奴隷法の改正じゃ。マウリス民の奴隷所有を禁止する」
と、私が述べるが。
「しかし、それでは我が国のガレー船やタグ船も使えなくなります」
と、ランキン伯が返す。
ガレー船は、奴隷がオールを漕いで進む大型船。
外洋航路では帆走船が主流だが、沿岸海防ではまだガレー船が多くある。
ゆえに、マウリス海軍でもガレー船の漕ぎ手として外国籍奴隷を所有している。
また、タグ船は湾内での作業や運河で荷船を曳航する小型船。これも奴隷がオールを漕いで進む。
「まあ、それに関しては手があるゆえに安心いたせ」
と答えて、話題を変える為に。
「ではコンラート伯よ。今後のユーイル開発計画は、どうなる?」
と、コンラート伯に問う。
質問の形をとっているが、コンラート伯とは事前に打ち合わせていた内容だ。
「はい。まず、市城壁の工事は中止といたします。代わって、簡単な杭と特殊な針金の柵を使い市街地を囲います。柵は二重といたします。これにより、市街地区画は近日中に終わる見込みです」
コンラートは流れるように説明を続ける。
「次に、流民の就業対策として、平民軍への勧誘を進めています。また、軍属を嫌う者には、道路工事や水路開闢などの公共事業を斡旋いたします」
ここまでの説明で。
「コンラート伯。市城壁は必要でござろう。杭と針金では、羊でも越えられるでござる」
もっともな言い分だが。
「ユリアナ姫殿下が考案された特殊な針金です。狼でも越えるには難儀するでしょう」
「狼は難儀しても、侵略の軍勢を防げるのであるかな?」
バーンズ伯の質問に。
「では、私が旧来の城壁がいかに役に立たず、新しい柵が有効かを証明しよう」
私は宣言した。
「それは、いかな手立てによってでありますかな?」
「演習が適当であろうなあ。明日の狐狩りの変わりに、我が平民軍の演習をご覧に入れよう」
バーンズ伯の言葉を受けて、私が一同に宣言した。
「それでは、明日の狐狩りは中止とし、平民軍の演習といたしますが。ご異存ありませんでしょうか?」
確かめるようにコンラート伯が会場内を見回すが、反対意見は無かった。
「では、詳細は追って使いを出します」
この言葉を待って私は立ち上がると、続いてヨアヒムも立ち上がり。コンラートが取次ぎに指示を出す。
「ユリアナ姫殿下。ヨアヒム公爵子。ご退場であらせられます!」
取次ぎの口上で、一同が立ち上がる。
「よい夕餉でした」
と、私が言う。
ヨアヒムは私の手を取ってエスコートしながらの退場となるが。
私はスカートの裾を踏んでよろめいた。
「……っ!」
声にならない悲鳴を上げそうになる私をヨアヒムが受け止めたが。勢い余って、そのままお姫様だっこの格好になってしまった。
「……!」
それを見ていた一同の驚きが響いたような気がしたが……たぶん気のせいだ。
「……ご無礼いたしました」
と、平然とした顔で謝ったヨアヒムは、私を降ろそうとするので。
「よい。このまま我の天幕まで行ってはくれぬか?」
どういう訳か、私の口がとんでもない事を言ってしまった。
いや、何を言っている私!
「喜んで。ユリアナ様……」
ヨアヒムは私をお姫様だっこしたまま、歩き出した。
ちょっと待て。
なんて事を言うのだ私の口。
それに、なぜ私の言う事に従うのだヨアヒム!
コンラート伯のテントの外には下級騎士や従者が集まっていたが、私たちの姿を見るとギョッとした表情になり、道を開けるように数歩ひいた。
みつみる人垣が割れていき、私のテントまでの道が出来上がる。
まるで旧約聖書をテーマにした映画の一場面だ。
わあ~! なんで、こんな事になった。
左右に分かれた人垣の中央の一直線の道を、私を抱いたヨアヒムが進む。まるで、何もない荒野を歩くように……あるいは、歩きなれた散歩道を歩くように。
その確かな歩みを、私は、何故か悔しく思い……しかし、楽しく思えた……矛盾しているな。
私の天幕までの距離は、後どれほどだろうか? すぐだろうか? あるいは……
「重くはないか」
と、私の口が、また勝手に言葉を紡ぐ。
「いえ……軽くて……怖いくらいです」
ヨアヒムが答える。
ああ、もう少し、ちゃんと食事を摂った方が良いな、と思った。
取次ぎの者が天幕の裾を開いてくれた。
私とヨアヒムが入ると、天幕は閉じられた。
見知った私の天幕の中には、天蓋付き寝台に机が一つと椅子が二つ。
机の上には小さ炎を灯したオイルランプに香炉が乗っている。
床は天幕と同じ大きさの絨毯が敷かれいる。
ヨアヒムは、私を寝台に降ろすのだろうか? と期待していたが。
私は、絨毯の上に降ろされた。
降ろされてヨアヒムを見上げると、私の背の高さは、ヨアヒムの顎にも届いていない。
これでは、ヨアヒムが屈んでくれないと、届かないな……
……いや! 届かないって何! 何を考えている私ぃ。
正気にかえると、自分の恰好に気が付いた。
外套を着ていない!
多分、コンラートのテントに忘れてきた。
じゃあ、こんな肩を出した恰好で、ヨアヒムにお姫様だっこされて、衆人環視の中を来たのか? 来たのですか? 来たんですね!
これはマズい。非常にイケない。もしかしたら黒歴史が一頁追加されるぅ~。
などと、思考が暴走をしかけていると。
「また……戦になるのか……」
ヨアヒムが呟いた。
静かな深い声だった。
「……ケーニヒス公爵次第じゃ」
いや、確実に戦は起こると、私は考えている。
「私は……戦が……」
そこで、ヨアヒムは黙った。
黙って、ただ立っていた。
待っても言葉を続けない。
私が手を伸ばしてヨアヒムの顔を包むように掴んだ。
背伸びをして、やっとだった。
顔を、こちらに向かせるが。
その瞳は、私を見てはいなかった。
何を見ているヨアヒム。
「ヨアヒム、私を見ろ」
私が命じると、ヨアヒムの瞳の焦点が合ったようだ。
「ユリアナ……私は、戦が、怖い」
ヨアヒムは、そこまで絞り出すように言った。
そこまで言って、しかしまだ、何かを堪えているようだ。
「正解じゃ、ヨアヒム」
私は囁いた。
「……」
ヨアヒムの瞳に疑問が浮かぶ。
「一人前の男は、戦の怖さを知っている……戦を怖がるのじゃ」
そこまで言って、私はヨアヒムの肩に手を置き、体重をかけた。
ストンとヨアヒムの膝から力が抜けて、絨毯の上に膝立ちになる。
それで、やっとヨアヒムの顔は、私の顔くらいの高さになった。
私はヨアヒムの背に手を回して、体を合わせる。
「男になったな……ヨアヒム」
そう呟くと、ヨアヒムの腕が私を抱きしめた。
思わぬほどに、強い力に、私は息を吐き出してしまう。
息苦しい程の圧力に、体の芯が痺れた。
怖さもあった。
苦しさも感じた。
何故か、心地よく。
楽しかった。
今日は、自分の中に、たくさんの矛盾が見つかる日だった。
肩に、ポタリと熱いものが滴った。
その滴りは、次々に私の肩に滴り、私を濡らしてゆく。
それは、涙だった。
ヨアヒムの涙だった。
ヨアヒムは、泣いていた。
声を出さずに啼いていた。
私は、そのままに、ヨアヒムを抱きしめた。
ただ、ヨアヒムが、私の中で泪を流すのが、心地よかった。
10/22 誤字修正




