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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
42/98

春節の宴 7

「さて、悲観的な話ばかりしていては気が滅入るのお。ここからは、現状の打開策を考えようではないか?」

 私が一同を見渡してた。

「とは言え、民が増えるのを防ぐとなると……皆目検討がつかんでござるよ」

「昔は姥捨てや間引きがあったとは聞いているが……」

「それを今やるのは無理であろう。それに、私が反対する」

「やるなどとは言ってはおりません。しかし……」

 まあ、方法が無いわけでは無いが……ここでの発表するには不適当な内容だ。

「なれば、流民を防ぐ手立てを考えようではないか」

 私の意見にバーンズ伯が。

「それにはケーニヒス公爵が政を変えるしかないのである。変えぬなら……戦であるな」

 と述べ。

「それでは内戦になります。しかも、こちらに大儀がない」

 対してランキン伯が返す。

「大儀が無いならつくればよい! 奴隷法の改正じゃ。マウリス民の奴隷所有を禁止する」

 と、私が述べるが。

「しかし、それでは我が国のガレー船やタグ船も使えなくなります」

 と、ランキン伯が返す。


 ガレー船は、奴隷がオールを漕いで進む大型船。

 外洋航路では帆走船が主流だが、沿岸海防ではまだガレー船が多くある。

 ゆえに、マウリス海軍でもガレー船の漕ぎ手として外国籍奴隷を所有している。

 また、タグ船は湾内での作業や運河で荷船を曳航する小型船。これも奴隷がオールを漕いで進む。


「まあ、それに関しては手があるゆえに安心いたせ」

 と答えて、話題を変える為に。

「ではコンラート伯よ。今後のユーイル開発計画は、どうなる?」

 と、コンラート伯に問う。


 質問の形をとっているが、コンラート伯とは事前に打ち合わせていた内容だ。


「はい。まず、市城壁の工事は中止といたします。代わって、簡単な杭と特殊な針金の柵を使い市街地を囲います。柵は二重といたします。これにより、市街地区画は近日中に終わる見込みです」

 コンラートは流れるように説明を続ける。

「次に、流民の就業対策として、平民軍への勧誘を進めています。また、軍属を嫌う者には、道路工事や水路開闢などの公共事業を斡旋いたします」

 ここまでの説明で。

「コンラート伯。市城壁は必要でござろう。杭と針金では、羊でも越えられるでござる」

 もっともな言い分だが。

「ユリアナ姫殿下が考案された特殊な針金です。狼でも越えるには難儀するでしょう」

「狼は難儀しても、侵略の軍勢を防げるのであるかな?」

 バーンズ伯の質問に。

「では、私が旧来の城壁がいかに役に立たず、新しい柵が有効かを証明しよう」

 私は宣言した。

「それは、いかな手立てによってでありますかな?」

「演習が適当であろうなあ。明日の狐狩りの変わりに、我が平民軍の演習をご覧に入れよう」

 バーンズ伯の言葉を受けて、私が一同に宣言した。


「それでは、明日の狐狩りは中止とし、平民軍の演習といたしますが。ご異存ありませんでしょうか?」

 確かめるようにコンラート伯が会場内を見回すが、反対意見は無かった。

「では、詳細は追って使いを出します」

 この言葉を待って私は立ち上がると、続いてヨアヒムも立ち上がり。コンラートが取次ぎに指示を出す。

「ユリアナ姫殿下。ヨアヒム公爵子。ご退場であらせられます!」

 取次ぎの口上で、一同が立ち上がる。

「よい夕餉でした」

 と、私が言う。

 ヨアヒムは私の手を取ってエスコートしながらの退場となるが。

 私はスカートの裾を踏んでよろめいた。

「……っ!」

 声にならない悲鳴を上げそうになる私をヨアヒムが受け止めたが。勢い余って、そのままお姫様だっこの格好になってしまった。

「……!」

 それを見ていた一同の驚きが響いたような気がしたが……たぶん気のせいだ。

 

「……ご無礼いたしました」

 と、平然とした顔で謝ったヨアヒムは、私を降ろそうとするので。

「よい。このまま我の天幕テントまで行ってはくれぬか?」

 どういう訳か、私の口がとんでもない事を言ってしまった。

 いや、何を言っている私!

「喜んで。ユリアナ様……」

 ヨアヒムは私をお姫様だっこしたまま、歩き出した。


 ちょっと待て。

 なんて事を言うのだ私の口。

 それに、なぜ私の言う事に従うのだヨアヒム!


 コンラート伯のテントの外には下級騎士や従者が集まっていたが、私たちの姿を見るとギョッとした表情になり、道を開けるように数歩ひいた。

 みつみる人垣が割れていき、私のテントまでの道が出来上がる。


 まるで旧約聖書をテーマにした映画の一場面だ。

 

 わあ~! なんで、こんな事になった。


 左右に分かれた人垣の中央の一直線の道を、私を抱いたヨアヒムが進む。まるで、何もない荒野を歩くように……あるいは、歩きなれた散歩道を歩くように。


 その確かな歩みを、私は、何故か悔しく思い……しかし、楽しく思えた……矛盾しているな。


 私の天幕までの距離は、後どれほどだろうか? すぐだろうか? あるいは……


「重くはないか」

 と、私の口が、また勝手に言葉を紡ぐ。


「いえ……軽くて……怖いくらいです」

 ヨアヒムが答える。


 ああ、もう少し、ちゃんと食事を摂った方が良いな、と思った。


 取次ぎの者が天幕の裾を開いてくれた。


 私とヨアヒムが入ると、天幕は閉じられた。


 見知った私の天幕の中には、天蓋付き寝台に机が一つと椅子が二つ。

 机の上には小さ炎を灯したオイルランプに香炉が乗っている。

 床は天幕と同じ大きさの絨毯が敷かれいる。


 ヨアヒムは、私を寝台に降ろすのだろうか? と期待していたが。

 私は、絨毯の上に降ろされた。


 降ろされてヨアヒムを見上げると、私の背の高さは、ヨアヒムの顎にも届いていない。


 これでは、ヨアヒムが屈んでくれないと、届かないな……


 ……いや! 届かないって何! 何を考えている私ぃ。



 正気にかえると、自分の恰好に気が付いた。


 外套を着ていない!


 多分、コンラートのテントに忘れてきた。


 じゃあ、こんな肩を出した恰好で、ヨアヒムにお姫様だっこされて、衆人環視の中を来たのか? 来たのですか? 来たんですね!


 これはマズい。非常にイケない。もしかしたら黒歴史が一頁追加されるぅ~。


 などと、思考が暴走をしかけていると。


「また……戦になるのか……」

 ヨアヒムが呟いた。

 静かな深い声だった。

「……ケーニヒス公爵次第じゃ」

 いや、確実に戦は起こると、私は考えている。

「私は……戦が……」

 そこで、ヨアヒムは黙った。

 黙って、ただ立っていた。

 待っても言葉を続けない。

 私が手を伸ばしてヨアヒムの顔を包むように掴んだ。

 背伸びをして、やっとだった。

 顔を、こちらに向かせるが。

 その瞳は、私を見てはいなかった。


 何を見ているヨアヒム。

「ヨアヒム、私を見ろ」

 私が命じると、ヨアヒムの瞳の焦点が合ったようだ。

「ユリアナ……私は、戦が、怖い」

 ヨアヒムは、そこまで絞り出すように言った。

 そこまで言って、しかしまだ、何かを堪えているようだ。

「正解じゃ、ヨアヒム」

 私は囁いた。

「……」

 ヨアヒムの瞳に疑問が浮かぶ。

「一人前の男は、戦の怖さを知っている……戦を怖がるのじゃ」

 そこまで言って、私はヨアヒムの肩に手を置き、体重をかけた。

 ストンとヨアヒムの膝から力が抜けて、絨毯の上に膝立ちになる。

 それで、やっとヨアヒムの顔は、私の顔くらいの高さになった。

 私はヨアヒムの背に手を回して、体を合わせる。

「男になったな……ヨアヒム」

 そう呟くと、ヨアヒムの腕が私を抱きしめた。

 思わぬほどに、強い力に、私は息を吐き出してしまう。

 息苦しい程の圧力に、体の芯が痺れた。

 怖さもあった。

 苦しさも感じた。

 何故か、心地よく。

 楽しかった。

 今日は、自分の中に、たくさんの矛盾が見つかる日だった。


 肩に、ポタリと熱いものが滴った。

 その滴りは、次々に私の肩に滴り、私を濡らしてゆく。


 それは、涙だった。


 ヨアヒムの涙だった。


 ヨアヒムは、泣いていた。


 声を出さずに啼いていた。


 私は、そのままに、ヨアヒムを抱きしめた。


 ただ、ヨアヒムが、私の中で泪を流すのが、心地よかった。

 

 


10/22 誤字修正

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