春節の宴 6
「マウリスの人口が増えている…… その為に、この国は傾きつつある…… いや、滅びだろう」
私は言い放った。
「お恐れながら姫殿下。民が増えるは国の栄と申すでござるよ」
とジョン伯が忠告するが。
「さて、それはどうじゃろうなぁ?」
私はコンラート伯に向き。
「ジョナサン・コンラート伯よ。そなたの領地における民の増加を申せ」
「この一年で二倍でございます」
「なんと……そこまで」
コンラート伯の言葉にリンダ伯が呟いた。
「自然に増えた民か?」
「それもありますが。多くの者は南からの流民でございます」
「そういえば、私の領地にも流民が流れてきています……」
「某の領地にもである。多くは王都に流れておるが、ユーイルに居つく者も多かったのであるか」
「いや、流民も多いが。子供が増えているのは確かです。我が領地は荒野を開拓せねば、数年後には飢える民がでます」
「そうでござる。拙者の処でも妙に子供が多くなっておるでござるよ」
皆は口々に、この数年で子供が増ええていると言う。
「毎年産まれる子供の数に変わりは無いじゃろう」
「それでは、なぜ、子供が増えるでござるか?」
ジョン伯の言葉に私はこう返した。
「死ぬ子供の数が減ったのじゃ」
医療レベルが低い時代や地域では、子供の生存率は低い。
新生児が成人できる確率は五割以下だろう。
もし、何らかの原因で子供の生存率が突然に上がれば……十数年で人口爆発が起こる。
「アルベルト王の医療改革が……原因じゃ!」
我が父、アドルフ王の兄である先王アルベルトは、現代地球の医療の知識を持っていた。
そして、王の地位と財力で、この地の医療レベルを驚異的に上げたばかりでなく、教会や豪商と協力して無料の医療院まで各地につくっていった。
アルベルト王狂乱事件により、この医療技術は表立っては封印されている。
しかし、一度受けた医療サービスを突然に打ち切ると人心が離れる危険があることから、教会や領主・豪商が勝手に医療サービスをするのは自由にしている。
ガルムント鉱山においても、代官であるグレゴリオが医療院を開いていた。
この医療サービスにより、人口は突然に増えだした。
しかも、南部地方からの大量の流民である。
全てのインフラが人口増加に追い付いていない。
私の説明に、一同は沈黙した。
「いずれ飢饉が起こりますね」
ポツリとランキン伯が呟く。
「だからこその農地開拓です。これまで以上に開拓を急げば……」
「無理ですよ……土地は無限ではありません」
「貴殿は領民が飢えるのを見過ごしにするのか!」
また、リンダ伯がランキン伯にぶつかっている。
「私は、外国から麦を買うことを計画していました。硝石で外貨を稼げれば可能でした……ですが、空気から硝石の代用ができるのであれば……それも、無理でありましょう」
「……そなたは、そこまで考えていたのか」
ランキン伯の考えにリンダ伯は絶句する。
「コンラート伯、ユーイルの民の増加に対する対応は?」
私が問うと。
「はい。まず、市城内に入れない流民が多いのです。市城内も人口増加でパンク寸前でしたから」
私は、先日に見た城外の貧民街を思い出した。
「城外に勝手に小屋を建てて住むありさまですが。このままでは、盗賊やら人食いの獣を呼び込みます。そこで、簡易の城壁を築き、貧民街を取り囲む工事を始めました。工事には、流民を工夫として雇い工事を進めましたが……流民の増加が多く間に合っていません」
両手を挙げて降参ポーズのコンラート。
「流民は南部から言うが、どの領地からが多いのじゃ?」
「デンネンダル伯領が一番多いようです」
私の問いにコンラート伯が答える。
「デンネンダル伯爵ですか……かの地では相続争いがあったとか?」
ランキン伯の意見に私は、ヨアヒムに向いて。
「ヨアヒムはデンネンダル伯領に赴いておったのであろう。様子はどうであった? 教えてはくれぬか」
と申し出たが。
「……」
押し黙って下を向いたヨアヒムは、庇うように首の傷に手を当てる。
これは、まだ戦闘の衝撃から回復していないようだ。
「おお、ヨアヒム。顔が赤いぞ。すまぬ、ワインを飲ませすぎたか?」
本当は青い顔のヨアヒムであるが、強引に酔っ払いにして。
「誰か、デンネンダル伯領の様子を我に話してはくれぬか?」
と、一同を見渡すと。
「僭越ながら、某でよろしければ」
と、青年騎士が立ち上がる。
「許す。名は?」
「ありがとうございます。エッセン幻獣騎士団副団長のビンセント・ブルックスと申します。男爵位を拝しております」
深い一礼をしてビンセントは語りだした。
「われら幻獣騎士団がヨアヒム公爵の命を受けて、南部に赴きましたのは昨年の秋、麦の刈入れも終わった頃でございます……」
ビンセントは、語りだした。
事の起こりは南部の一領主であるデンネンダル伯爵の死から起こった。
突然の病死で遺言を残さずに伯爵は死亡した。
通常であれば長男が家督を継ぐのであるが、南部貴族の重鎮であるケーニヒス公爵が次男を領主に、と横槍を入れてきた。
デンネンダルの長男はケーニヒス公爵の勧める『ある政策』に反対しており。対して次男は、その政策を強く支持していた。
「デンネンダル伯領に入りまして驚いたことは、流民の多さです。彼らの中には荷物も持たず着の身着のままの者までおりました」
ビンセントの言葉に。
「なんでござるか、それは! それでは、流民というより難民ではござらんか」
ジョン伯が咎めるように呻く。
「そして、デンネンダル伯の居城と穀物倉庫は燃えておりました」
「穀物倉庫までか!」
リンダ伯の驚きに、ビンセントは首肯し、報告を続ける。
「デンネンダルの街には住民の姿もなく。我らが街外れまで行くと、収穫を終えた麦畑で合戦がありました。我らは急ぎ駆けつけようとしたのですが……特殊な攻撃に会いまして……我らは一瞬に二割の兵を失いました」
「一撃で幻獣騎士団を二割も撃破でござるか!」
「それでは、壊滅ではないか」
一般に、軍が兵の二割を損じると攻撃力・防御力が著しく低下して敗走となる。
ビンセントの報告は続き。
「我らが王命を受けての仲裁で、ある事が分かりますと攻撃は無くなりましたが。その時には、合戦は終了しておりました。長男軍は壊滅……一兵の生き残りもありませんでした」
「皆殺しであるか……徹底しているのである」
これは、もはや相続争いの域を大きく超えている。
自分と意見が異なる勢力を根絶やしにするとは。
「しかし……食料も焼き、住民も流民としてはデンネンダル領には何もござらん。それでは、戦に勝っても領地が滅びるでござる」
ジョン伯の言葉にビンセントは。
「戦の後、多くの獣人奴隷が運び込まれておりました。彼らは、麦畑を壊しサトウキビを植え始めてました」
ビンセントの言葉に一同は驚き。
「獣人奴隷だと! 南のノス大陸から運んできたのか?」
「噂はございましたが、本当であったとは……」
「これは王法に反する行いではござらんか!」
との声が上がる中、バーンズ伯が呟いた。
「いや……ノスの獣人奴隷であれば。これは、合法かもしれんのである」
マウリス法では住民の奴隷化や奴隷の所有を禁じている。
しかし、奴隷制度がある国があるのだ。
その奴隷がマウリスに入った時点で開放されては困ることが多い。
ゆえに、外国籍奴隷は認められている。
しかも、外国籍奴隷をマウリスの民が所有する事は特に禁じられていない。
この法の抜け目を使って、ケーニヒス公爵一派は獣人奴隷を輸入して使っているのだ。
しかも彼らは、奴隷を使って商業価値の高い砂糖を生産している。
その邪魔になる者は、貴族だろうが平民だろうが排除しているのだ。
ケーニヒス公爵の勧める『ある政策』とは『獣人奴隷輸入政策』である。
十月六日 一部表現を直しました。
十月二十二日 誤字修正




