潜水具
私は金属と皮で密封された潜水具の中に、背中の圧縮空気缶から圧力調整した空気を送る。
同じく手には圧縮空気缶から調圧空気を送られたカンテラに火を入った。これが真っ暗な坑道内での明かりになる。それと、予備の簡易潜水具が一セット、背嚢に入っている。
それでは行くとしよう。
潜水具とはいっても、二十一世紀のアクアラングのような性能は無い。
どちらと言えば、巨大なバケツに空気を送りながらそれを被って水中を歩くようなカラクリだ。空気圧の調整もバネとハンドルの簡単なもの。
「中庭の池では試したが、ほとんどぶっつけ本番だな。我ながら命知らずな事よ」
浮力を調節する為の錘が重かった。
男だったころの意識があるせいか、体力を過信していたが、私は小柄な十三歳の乙女なのだ。水中行動はかなり苦しい。
「これは、水没区画が長いといけないかもしれんな」
少々、無茶をしすぎたかと反省しだした頃。
水没区画を過ぎて、頭が水から飛び出した。
「なんだ、意外に短かったな」
カンテラの光で周囲を照らし、潜水具ごしに声を出した。
「助けに来たぞ。生存者は居ないか?」
返事はすぐにあった。
「助けてください」
腰まで水に浸かり、助けを求める金髪碧眼の美女がいた。
なんだ、鉱山に女なのか?
と、思いながら。
「生存者はお主だけが?」
「はい、私一人ですけど……この被り物は何ですか?」
「潜水具だ。使い方を説明するぞ。お前も被れ」
と、私は予備の潜水具を美女に渡し、使い方を説明した。
「すごい。水中で呼吸が出来る仕掛けなんて、信じられないわ」
と言いながらも、躊躇無く潜水具を身に纏いだした。
理解も早いし行動的だ。単に死にたくないだけかもしれないが。それでも、こちらは助かる。
「少し急ごうか。ここはちょっと寒いぞ」
私の言葉に頷く美女。
「ああ、そうだ。名前を聞いておこう。私はユリアナだ」
「メアリーアンと申します」
「では、メアリーアン、楽しい水中散歩の時間だ」
「はい、ユリアナさん」
私とメアリーアンが坑道から出てきた時、周囲では歓声が沸き起こった。
「メアリーアン!」
その喧騒を押しやるような大きな声が響く。
「グレゴリオ!」
メアリーアンが声の主の名前を呼ぶ。
走りより抱き合う二人。
「なんだ、堅物かと思ったら、やるではないか。グレゴリオ」
そんな喧騒を他所に、潜水具を脱ごうとジタバタしていると。
「お嬢様!」
ハンナの怒声が背後から響いた。
「おお、早かったな。ちょっと手伝ってくれないか」
ハンナは、まだ体にロープを纏わりつかせたままだった。私の邪魔をしないように縛って置いてきたのだが、自力で脱出したらしい。
意外に逞しいな、ハンナ。
「また、危ない遊びをなさいましたね。しましたね。もう、ハンナは心配で心配で心配で」
「ああ、分かったから。後ろのボタンを外してくれ」
「分かっていませんわ。いませんわ」
「こらハンナ、痛いぞ」
「辛抱なさいませ。なさいませ」
「やれやれ、人助けの善行をした褒美がこれでは、たまらんな」
「何が善行ですか! ですか!」
私とハンナが、そんな漫才のような掛け合いをしていると。
グレゴリオがメアリーアンを伴って現れ深く頭を下げた。
「大切な部下をお救いいただき、ありがとうございます。ユリアナ姫殿下」
私の身分を聞いたメアリーアンの方は。
「ええ、姫様……」
目を丸くして驚き。
「失礼をいたしました姫殿下」
と、背をピンと伸ばして肩から腕を水平に伸ばし肘を曲げて伸ばして手のひらを額に当てた。
士官の礼だ。
これは、メアリーアンの素性も気になるな。
「ユリアナ姫殿下、質問をお許しください」
頭を上げたグレゴリオが私を見つめている。
「いちいち姫殿下とか呼ば無いならば、許す」
「……では、ユリアナ様。質問してよろしいか?」
「許す」
一拍置いて、息を整えたグレゴリオは言った。
「あなたは何者ですか」
おお、いきなり本質に切り込むか。
「その問い方、なかなか心地よいな。しかし、それに答えるには、この場はふさわしくない。それに、私は疲れている。ハンナ!」
「はい、お嬢様」
「一時間後にグレゴリオ殿とメアリーアン殿を招いて茶会をする。準備せよ」
「はい、お嬢様」
特上の笑顔で答えたハンナは、スカートをつまんで一礼すると西の館へと走っていった。
「馬鹿者! 主を置いてゆく奴がおるか」
私は工房の職人たちに担ぎ上げられると西の館へと丸太でも運ぶように移動させられた。
一国の姫としては……どうなんだろうか?
この扱い。