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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
39/98

春節の宴 4

 昔のマウリスは、湿原と森の島であった。


 先住民である『タータ人』は、湿原にカヌーを浮かべ魚を捕り、森で狩猟をして、木に登り暮らしていた。


 旧大陸から移住してきた現マウリス人--我らの先祖--は、この地を侵略して国を起こした。

 これが、マウリス王国の始まり。


 とは言え、当初のマウリス王国は、小さな港町が一つだけ。

 この時期には、タータ人と友好な関係であり、建国の支援さえしてくれた部族もいた。


 タータ人との関係が悪化したのは、マウリス王国の規模が大きくなりはじめた頃。

 湿原に水路を開き、耕地とした。森の木を切り、薪にした。


 この為に、湿原と森は失われ。タータ人は生活の場を失う事となる。


 小さな諍いが数回起こり、マウリス王国とタータ人の一部族が交戦した。

 結果は、マウリス王国の圧勝であった。


 徐々にタータ人は北へと追いやられ、南の豊かな土地はマウリス王国の土地となった。


 この頃の戦争での王国主力は、重装甲騎士である。


 重装甲騎士とは、長距離移動が不可能な重い鎧を着た歩兵を騎馬によって行軍可能とした兵士で、その戦術行動は単独を基本としている。


 つまり、ほとんど身動きもままならない重装甲鎧を着こんだ歩兵が馬で合戦場所まで移動して接近してきた敵だけを切り倒してゆく戦をおこなっていたのだ。



 開拓された土地が少なく狭い上に、敵も素直にこちらの騎士に戦いを挑んでくれる頃には、この戦法で十分であった。

 しかし、湿原と森が減少し、広い麦畑があちらこちらに出現する頃になると、事態は変わった。

 敵対するタータ兵も、重装甲騎士に吶喊とっかんするのは自殺行為と等しいと気が付き、騎士には単独で近づかない戦いをするようになる。

 移動力の低い重装騎士が単騎では、多数のタータ兵に囲まれれて倒される事が多くなる。


 そこで、軽装騎士による騎兵集団突撃戦法が生まれる。

 それは、馬を武装した敵集団に突撃させる戦法だ。


 だが、馬は臆病な生き物。

 自分を襲う生き物から高速で逃げる事で生存してきた生物である。


 その馬を、武装したタータ兵集団に突撃させるには工夫が必要だった。

 その肝が集団突撃である。つまり、全速で移動する馬の左右を他の馬で埋めて進路変更の自由を奪うのだ。

 こうなると、馬はただ直進することしか出来ない。

 結果は、人馬は敵にぶつかり、敵は蹂躙される。


 しかし、敵は確実に粉砕できるが、味方にも相応の被害が必ず出る戦法の採用は、騎士集団に相互保障の精神を植えつける事となる。

 


 この戦法の成功により、マウリス騎士は国土の確保に成功する。

 また、独立心が強く経済的に孤立していた小領主でもある騎士達は、連帯と相互保障により集団化して、騎士団と貴族社会を形成して社会規模を拡大させた。

 これにより、マウリス社会は長い停滞期より脱して、次のステップへと躍進していった。




 さておき。 


 リンダ・グラットン伯爵のテントでの言い争いに、バーンズ・オズボーン伯爵が乗り込んできた。


「なるほど、双方とも領地の事を思っての行い。さらに、互いに譲れぬ矜持もあるのであるなあ」

 リンダ伯とランキン伯の言い分を聞いたバーンズ伯は、何度も深く首肯して呟く。

 バーンズ伯の顔は、筋肉ダルマには似つかわしくない哲学者のような陰りがある。


「しかぁしぃ! 王国に忠誠を誓う伯爵家の者がぁ、周囲も考えずに口喧嘩とはぁ、なんともぉ嘆かわしいぃ!」

 たしかに、春節の宴は近接する領主同士の親睦の場である。まあ、建前ではあるのだが。

 しかし。親睦の場で、当の領主が諍いでは困る。

「しかるにぃ、この場は、ユリアナ姫殿下にお裁きいただこう」

 バーンズ伯はいきなり私を指名してくる。


 いや、ちょっと。

 なんてムチャブリ!


「姫殿下っ。出番でござるよ」

 しかも、ゴザル貴族のジョン伯は小声でソレをあおる。


 いい大人が、子供に頼るものではないだろう?


 しかたがないので一歩前に出て咳払いをして。

「おぬしら一同は馬鹿者だ」

 と、言ってやる。


「なんとおしゃるのですか、姫殿下」

 と、案の定の言葉を返すリンダ伯。ランキン伯は顔を歪めるが黙ったまま。

「おぬしも馬鹿の一人じゃ」

 とバーンズ伯を示す。

「ほほう。それがしも馬鹿でありまするか」

 面白そうに凄みのある笑いをつくるバーンズ伯。

「この場に必要なのは裁きでは無いのじゃ。問題提議をこそ必要とする」

 私の言葉に。

「問題とは、硝石高騰の件でござろう」

 とジョン伯は答えるが。

「そこで止まるから馬鹿者なのじゃぞ、ジョン伯」


「ええっ、拙者もバカでござるか?」

 いや、ゴザルなんて言ってる時点でバカだろう。


「リンダ伯、なにゆえに硝石を使って荒野を開拓する必要があるのじゃ?」

 私の問いに。

「もちろん、領民が飢えぬ為でございます」

 まあ、そうだろうが。

「今までの農地では足りぬのか?」

「足りません! 領民は増えているのですよ」

 とのリンダ伯の言葉に。

「そうか。人口増加ですね」

 口を開いてのはランキン伯。

「よろしいが、そこで終わりかな?」

 私の言葉に。

「……人口増加が問題では無いのですか?」

 と、ランキン伯。

「問題のきっかけじゃ。何故に人が増えたのか? 何故それで騒動が起こるのか?」

 私が一同を見回したところで。


「おや皆さん、お集まりでしたか」

 と、暢気な声がテントに入ってきた。

「夕餉の支度が整いました。拙い御もてなしではございますが、我が天幕にお越しください」

 と、ホスト役のコンラート伯は笑顔であった。


「おお、もうそんな時刻であったか。世話をかけるなコンラート伯」

 私はコンラートに労いをし。

「話の続きは……夕餉の後でどうかな?」

 と、提案をする。


「それは良いのである。腹が減っては戦が出来ぬ、である!」

 カラカラと大声で笑うバーンズ伯は、早々にテントを出て行った。


 何か雰囲気がおかしいのに気がついたのか。

「そういえば、集まっておられたのは何故ですか?」

 と、コンラートが聞いてくるので。

「硝石相場の事を話しておったのじゃ」

 かなり省略した事を伝えると。

「ああ、硝石が値上がりした件ですね」

 コンラートが返すので。

「そういえば、コンラート伯は硝石の買占めに成功したとか? かなり儲けたのではないか?」

 と、聞いてみたら。

「いやあ、お恥ずかしい」

 と、イイ笑顔が返ってきた。


 ジョン、リンダ、ランキンの三人が、一瞬だけ冷たい目でコンラートを睨む。




 さすがに旅装束で夕餉に出るのは王家の姫としてイカンので、着替えに帰ると、私のテントの前に群青色の旗を掲げた騎士たちがいた。

「……まずい!」

 あの旗印はエッセン公爵のもの。

 このタイミングで公爵家の使いが来ているならば、用件は夕餉へのエスコートの申し出であろうとは容易に予想できる。

 私は目立つ外套をグレタに託し、先にテントへ帰るように命じて、テントの影に逃げ込んだ。


 ああ、しまった。

 迂闊だった。


 この宴には、エッセン公爵家の長男であるヨアヒムも来ているだろうし。

 夕餉の席で話をすると一同に宣言をした手前は、体調不良やらを言い訳に逃げたす事も出来ない。

 このままでは、ヨアヒムと並んで夕餉の席に並ばされかねない。

 いや、確実に並んで座わらされるだろう。


 あの騒がしいガキの世話なぞ、まっぴらゴメンだ。


 慌てて藪を抜けようとしたところが。


「あっ、痛い」

 髪が枝に絡みついた。


 ハンナなどが「せめて髪は伸ばしてください」と言うものだから長髪にしているが、これは本当に動きにくい。

 立ち上げるときには気をつけないと、自分の髪を踏んで転びそうになる。


 私が絡みついた髪を解こうとしていると。


「御免」

 と、深い声が響いた。

 振り返ると、そこには大きな人影が。

 驚いて逃げようとするが、枝に絡んだ髪が引っ張れれてよろめく。

「動かないで」

 と、私を制した人影は、私の髪が絡んだ枝を手折り。

「どうぞ」

 と、手渡してくれた。

「これは……すまない」

 なんとも間抜けな言いようだ。

 少なくとも、この男は、難儀している私を助けてくれたのだ。

 もっと礼の言いようもあっるだろうに。

 と、自分の無作法に自分でツッコミを入れる。

 

 改めて男を見ると、騎士の装束であった。

 大柄な男ではあるが、まだ若い。

 体は大きく厚みがある。適度な脂肪と鍛えられた筋肉がありそうだ。

 髪は癖のある黒髪を総髪にして後ろで束ねているよう。

 太い眉と幼さが少し残る静かな瞳は、黒に見えて深い青だった。

 髭は……残念な事に、まだ薄い。

 最近、伸ばし始めたようで、私の好みから言えば、まだまだである。


 私が髭を見ていると、男は両手で髭を隠した。


「なぜ隠すのじゃ?」


「似合っていないので、恥ずかしい」


 少ない言葉だ。

 深い声質は、好みだ。

 バーンズ伯の声質とは違い、体の芯に響くが、静かで心地よい声だ。


 言葉が少ないのは、女性に慣れていないせいか?

 しかし、この年の騎士ともなれば、婚約者くらいいるものだが。


 そういえば、この騎士は、どこの家の者だろうか?


 服の仕立ては良さそうだ。

 騎士では無く、伯爵家の者だろうか?

 徽章は赤いラインで飾られた群青。

 エッセン公爵縁の者か?

 いや、徽章の象嵌に鷹の顔を持つ獅子--幻獣紋がある。

 ……エッセン公爵家の者?


「変わりましたね……ユリアナ」


 えっ、私がユリアナであると知っているのか?

 今の私は、外套を脱いで身分を示すようなものを身に付けてはいない。

 まさか……。


「おぬし……まさか」

 私の言葉を聴いて、男は呟いた。

「あの約束は、まだ、有効ですね?」


 あの約束?


 そう思っていると、男は……




「ユリアナ様、急いで着替えてください。もうすぐ見えられますよ」

 グレタの声が遠くに響いている。


 いや、グレタは、すぐ側にいる。

 すぐ側で、私の着替えを手伝っている。


 あの場所から、私は、どうやって自分のテントへ帰ってきたのか、覚えていない。


 気がついたら、テントに帰っていて、夕餉用ドレスに着替えていた。


 あまりの事態に、記憶が飛んでしまったようだ。


 ああ、なんと言う事だろう。


 女の身に転生したのだから、こんな日が来るかも知れぬと覚悟は……少しだけしていたが。

 いざとなれが、逃げだせば良いと、軽く考えてもいた。


 だが、その時になると、何も出来なくてされるがままだった。


 悔しい。

 なんとも口惜しい!

 

 ファーストキスだったのに。

 異性とは……


 私が思惑に沈んでいると。

「もっと肩を出しましょうか? 髪は結い上げる方がよろしいですね」

 グレタは私をドレスアップさそうと奮戦しているが。

「恥ずかしいから止めろ、肌を出しすぎじゃ」

 と、諌めると。

「ヨアヒム様」

 グレタが突然に言うので。

「ひやぃ」

 私は意味不明や叫びを上げて、傍らのクッションで体を隠すが……

 だれも、居なかった。

「だれもおらんぞ」

 グレタを睨むが。

「ヨアヒム・エッセン公爵子様が、先ほど夕餉のエスコートを申し出て参らえました……と、お伝えしましたかしら?」

 少し笑いながらグレタが言う。

「意地の悪い奴じゃな」

「婚約者であらせられるとか……ちょっとだけ、嫉妬でございますわ」

「……すまん」

「ユリアナ様のご身分では、しかたございませんわ」

 グレタが呟く。

「ヨアヒムとは、幼馴染じゃ……それだけじゃ」

 言い訳がましく呟くが。

 ヨアヒムの名を口にするだけで、脈拍があがり、体の芯がキュっとなる。

「そのわりには……お顔が紅いですわ」

 言われて、顔を隠す。

「意外に奥手でございますね」

 と、誰かに以前言われた台詞だった。


 

 結果、グレタのなすがままにドレスアップされてしまった。


「これは……やはり、肩を出しすぎじゃ」

 私は、姿見鏡の己の写しを見て叫んでしまった。

「いえいえ、お美しいですわ。これならヨアヒム様も一撃でございます」

 グレタはいい笑顔でサムズアップしていた。

 

「エッセン公爵子様がお見えでございます」

 と、取次ぎがヨアヒムの来訪を告げる。


「ご武運を、ユリアナ様」

 グレタは、夜用の外套を着せてくれた。

 肩が隠れて、少しホッとする。


 とは言え、この夕食会は、私にとって初めての会戦とも言える。


 夜会は、貴族の主戦場。


 なれば、威風堂々と前進するのみ。


 私は深く息を吐き、新しい空気を取り込む。

 姿見の己を今一度確認する。


 私は、戦えるか?

 

 私は己に問う。


 もちろん、戦える!



 私は、天幕を出た。

ヨアヒムが『微笑んだ』を修正しました。


痛恨のミスです!

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