表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
34/98

青銅の巨砲 ふたたび

 製鉄工房を後にした箱馬車は、ユーイル市城壁外の貧民街を抜けコンラート城へと向かった。

 コンラート伯爵の居城は、ユーイル市内から少し外れた小高い丘の上にある。

 ユーイル市を囲む市城壁とは別に独立した城壁を持つ方形の城で、城壁の一部が市城壁と繋がっている。マウリスでは一般的な構造だ。

 この城は、正式にはユーイル城なのだが、市外を囲むユーイル市城壁と混同を避けるために、城主にちなみコンラート城と呼ばれる。


 ユーイル市城壁は増築中である。

 新城壁が完成すれば、ユーイル市の広さが二倍になる。しかし、貧民街の拡大の速度は、それを遥かに上回っているようだ。


 さて、私と伯爵を乗せた箱馬車は、コンラート城の大門へと向かっていたのだが、門に入る直前に城壁を回るように迂回して、城の裏にまわる。

 土塁と空堀に挟まれた細い道の先には、木製の柵で区画された広場があった。


 そこには装輪砲架のガルムント式軽野戦砲が並び、ユーイル小銃を模した木銃を掲げた平民兵が行軍訓練をしたいる。


「ほう、これがおぬしの平民軍か?」

 私は、箱馬車から降りる私へ手を差し出してエスコートするコンラート伯爵に問う。

「はい。ユリアナ様の平民軍を真似てつくりました。まだまだ、未熟ではございますが」

 と、謙遜をするが。

「いやいや。なかなかのものだと思うぞ」

 教官にメアリーアンや旧セリア王国軍人がついているとは言え、短期間に形だけでも近代軍に見える組織を構築したのだ。賞賛に値する仕事と言える。

 そんなふうに、感心している私の目にトンでもない物が飛び込んできた。

「……なんだ?」

 それは、かつてセ連の商人が売り込んできた青銅の巨砲ことオルバン砲だった。

「コンラート、これを買ったのか?」

 あきれる私に。

「いや、お恥ずかしい! 大幅値引きをすると言われまして……つい」

 私から目線をそらせてハハハと軽く笑うコンラート伯爵の頬は引きつっている。

 私に売り込むつもりで、ここまで運んできたのだろう。

 その当てが外れたものだから、持って帰るわけにもいかず。ここで叩き売りをしたのだろうが。

 オルバン砲は、未装填の砲身の重量だけで二〇トンを超える超重量兵器。その目的は攻城。

 つまり、城壁の破壊だ。

「おぬし、誰とどんな戦をするつもりなのだ?」

「いやぁ、あはははは」

 コンラート伯爵の空しく響く。

 このマウリスで、この巨砲が必要なほどの防御力の城壁といえば、マウリス王都の大城壁しか無い。

 こんなものを所有すれば、王都に弓引く恐れありと言われるかもしれないのだ。

 その辺のところを分かっているのだろうか?

「それでユリアナ様のご相談なのですが……」

 一転、コンラート伯爵が真剣な表情で迫ってきた。

「なっ……なんじゃ?」

「この大砲を壊してガルムント砲に鋳直せませんか!」

 なるほど、この巨大な大砲を壊して青銅の塊とし。それを材料にガルムント砲をつくるのか。

「可能じゃ。よい考えじゃな」

 ガルムント砲の材料は大半が青銅だ。

 そしてガルムント砲は要塞砲か野戦砲だ。

 つまりは、防衛戦か野戦で使う大砲だ。王都の大城壁を目標に運用する兵器では無い。

「それはよかった」

 と、肩の荷が下りた風に喜ぶコンラート伯爵。

 しかし、この巨砲。目前で見ると、その迫力は比類が無い。

「だが、ただ壊すのは少々もったいないのぉ」

 私は、巨砲を前に呟いた。


「ユリアナ様ぁ。こちらでしたかぁ~」

 平民軍の軍装に身を包んだグレタが私の名前を叫びながら走ってきて。

「グレタ、準備は……」

 と言いかけた私に、グレタは凶悪とも言える熱いハグをかけてきた。

「ユリアナ様、ユリアナ様、ユリアナ様ぁ~。グレタは、とてもとても寂しかったです~ぅ」

「こら! ばか。コンラートが見ているぞ。離れろ」

 と制する私に、グレタは頬をグリグリと擦り付けて甘えてくる。

「嫌ですぅ。あと十秒は離れません~」


 で、十秒後。


「お待ちしておりましたユリアナ姫殿下。新型小銃の試射準備は整っております!」

 綺麗な大陸式敬礼をビシリと決めたグレタ。

 きっかり十秒間熱烈なハグをしたグレタは、私から身を離すと、軍人の見本のように振舞う。

「よろしい。試射にかかれ」

「サーマムサー」

 言うと、後ろに引いた足を軸に体を回すと、ユーイル小銃を肩に担いで射場へと走ってゆく。


 なんだ、この疲労感は?


 今ので、私の生命エネルギーとかをグレタに吸われたのではないだろうか?


「あの……ユリアナ様。あの者は……」

 恐る恐るの風にコンラートが問う。

「グレタ・ジェイだ。私の傍に仕える。メアリーアンの同期ゆえ、銃の扱いにも長けておるぞ」

「ああ、それなら安心ですね……いや、そうではなく」

 どうやら、コンラートの疑惑は、私とグレタのプライベートな関係らしい。

「おぬしは、私のベッドの中での楽しみに興味があるのか?」

「ああ……いや、そんなつもりは……めっそうもない!」

 なんか、納得して、あわてて、混乱しているなコンラート。

「私の楽しみは、内密にせよ」

「はっ、心得ております」

 少し安心したようなコンラート。

 何を安心しているのかな?


 グレタは、土嚢で区画された射場の一角に片膝で座ると試射をする銃をグルリとまわして点検し異常が無いことを確認した。

 そして、回転弾倉の前を覆うカバーの一部をスライドさせて開き、弾倉に開けられた穴の一つに粒状の火薬を入れ、その上から球形の鉛銃弾を押し込んだ。

 そして、回転弾倉を少し回して次の穴にも同じ事をする。

 それを六回繰り返すして前カバーを戻し、銃の下にあるレバーを押し下げる。これも、弾倉を回しながら六回。さらに、回転弾倉の後ろのカバーに開いた切り欠きに点火用の信管を入れる。

 これも回転弾倉を回しながら六回。

「ユリアナ姫殿下。新型小銃、射撃準備完了しました」

「よろしい。立ち撃ち、はじめ!」

「サーマムサー」

 敬礼をしたグレタは、ヘルメットに装備されたゴーグルで目を覆うと、五〇mほど先の標的に向き直ると頬付けで銃を構え、引き金を引いた。


 乾いた射撃音が、春の空に響いた。

五月五日 改定 

青銅の巨砲をオルバン砲として重量を二〇トンに訂正。

同日 以後の展開を鑑み、貧民街を設定。

平民兵が訓練に使っている銃をユーイル小銃を模した模擬木銃に変える。

今回でてきたガルムント砲を、要塞砲と区別して軽野戦砲とする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ