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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
33/98

ユーイル小銃

 巨大な丸鋸が蒸気機関によって回転している。

 その軸が固定されて回転している丸鋸に、腕木で支えられた木材が触れると、木屑を飛ばしながら木材は削られはじめた。

 木材を支える腕木は、ある木型に沿って動くローラーの動きと連動して動いている。


「ほう、上手く動いているな」

「ええ。これで量産の目処が立ちました」

 私の横には、笑顔のコンラート伯爵がいた

 


 私の目の前にある機械は、木型を基にして、別の木材を削る仕掛けだ。

 アナログ式の三次元コピーマシンか3Dプリンターとも言える機械。

 造っているのは銃の握り、つまりストックと呼ばれる部品。


 大量生産では、全ての部品の供給の安定が課題となる。

 材料素材の大量確保。

 加工機械と職人の確保。

 品質管理の体制。

 流通や保管の

 などなど。

 数々の課題を一つ一つ解決するのがロジステックである。日本語で言うと兵站だ。


 この自動鋸盤で加工された荒削りの銃握は、職人の手でヤスリかけされ、金属部品と接合して平民軍の小銃となる。


 平民軍の初の正式小銃であるユーイル小銃は、先込め式だ。

 出来れば金属薬莢を使用したボルトアクションライフルか自動小銃を採用したかったのだが、基礎技術が不十分なので見合わせた。

 さて、この小銃はユーイル銃と呼ばれる故は、コンラート伯爵領であるユーイルで造られているからだ。

 コンラート伯爵領のユーイルは鉄製品の生産が盛んな土地だ。特に軍用サーベルの生産を独占している。

 ユーイルでは、他の地での製鉄とは違い反射炉による製鉄が行われ、生産量と品質が安定している。

 その為に、マウリスで軍用の鉄製品は、ほとんどユーイル製である。

 そこで、私は平民軍の正式銃を製造をコンラート伯爵に依頼したのだ。


「しかし、ユリアナ様も酔狂な方ですね。検品ならば完成品を見れば良いではありませんか」

 コンラート伯爵が木工房を後にする時に私に尋ねる。

「我は現場が好きなのだ」

 と答えると。

「そのようですね」

 と返答してきた。


 次に伯爵がエスコートしてくれた先は製鉄工房だ。

 高い煙突が並ぶ製鉄工房では、鉄鉱石を精錬して銑鉄が作られる。

 この銑鉄から鋳造部品が造られ、切削加工などを施され組み立てられて小銃となる。


 製鉄工房では、複数の反射炉が稼動していた。


 木炭を炉の燃焼部分に放り込む見習いらしい若い職人たち。

 精錬部分の小さな窓では、多くの職人が鉄の棒を操って文字通りに鉄を練り上げる。

 そして、職人頭のような大柄な壮年の男が、小窓の隙間から白熱化する鉄の様子を鋭く観察していた。その男の右目は白濁し、右半分の顔は黒く汚れたようなシミが広がっている。彼は残る左目で鉄を観察している。


 凄まじい職場だ。

 彼らは、まさに身を削って鉄を造り上げていた。


「ちょいと退いてくださらんかな?」

 誰もいないと思っていた工房の隅から声が聞こえた。

 その隅に、ひとりの老人が座っていた。

 まるで、工房の設備の一部になったような老人だった。

「こら!」

 と、コンラートが老人をたしなめようとしたが、私が止め。

「すまなんだ。お仕事の邪魔をしたようじゃな」

 と、私は一歩下がった。

「ひゃひゃひゃ。そこに立たれるとなあ。音がよう聞こえんのじゃよ」

 歯の抜けた口で老人は笑った。

 見ると、老人の両目は白濁し視力は失われたいる様子。顔にも赤黒いシミが大きく広がっている。

「ご老人は、ここの長であられるか?」

「ひゃひゃひゃ、そんな大層なもんじゃぁねえよぉ」

 愛嬌のある笑顔だが、何か底知れない凄みを感じる。

「よい工房じゃ。見に来てよかった」

 老人に聞こえるように独り言を呟く。

「大砲狂いの姫さんがぁ無茶ばかりいいなさるでぇはぁ~。でえへんだぁ~わぁ」

「それは、ご苦労をかけた」

 私が答えると。

「ひゃひゃひゃ」

 と、老人は笑い。

「やっぱり、あんたが大砲狂いの大砲姫様かいな」

 大砲姫とは、私の事らしい。

「まあ、物狂いと呼ばれておる姫じゃ」

「ひゃひゃひゃ。ワシらは剣こさえろ言われりゃあ、剣こさえるぅ。鎧つくれ言われりゃあ鎧こさえるぅ。言われるおうに鉄を造ってきたぁ」

「我は、あなた方の献身があってこその我が国と思っておる」

「献身と言いなさるかぁ、ひゃひゃひゃ」

 老人はひとしきり笑うと。

「ワシは、自分らが造ったもんが後で何に使われるかは知らねえ。気にもしなかったぁ。けんど、大砲の姫さまの注文はぁ気にかかるぅ。お伺いしたいのじゃが、ええかのぉ~」

「私が大砲で何をするか? 聞きたいと申すか」

「ひゃひゃひゃ。分に過ぎたるご無礼は承知しえおるがのぉ~」

 それは確かに、平民の職人が貴族にする質問では無い。

「まさに過ぎたるモノ言いであるが……」

 私の言葉に。

 コンラートが慌てた様子だが。

 私はコンラートを手で制し。

「その質問を聞けたことを、私は喜びをもって記憶しよう」

 そうなのだ。その質問が出る事自体が私の目的でもあった。

 私の言葉に、コンラートも老人も驚いていた。



「いや、先ほどはご無礼を……」

 工房を後にした私に、コンラートは謝ろうとするが。

「あの老人の物言いは咎めないでほしい。私の行動の結果じゃ」

 と返答すると。

「平民が王家の姫に物申すことが、姫殿下の目指すものなのですか?」

 と、コンラートは怪訝な様子。

 無理も無いが。

「その一面じゃな」

 と、答えておいた。



 工房から伯爵の城へは、馬車での移動となる。

 黒塗りの箱馬車は、簡素な内装だが確かなつくりで居心地もよかった。

 ものづくりの街と名高いユーイルに相応しいと言える。


 その移動の時間を利用して、私はユーイル銃の量産初号を検分した。


「ふむ、注文どおりの出来だな」


 私の手の中には、貴族が使うものとは雲泥の差の粗雑な仕上げの小銃があった。


 銃身は鋳型のバリは取ってあるが、湯口の跡がはっきりと分かる。

 ストックも、刺が無いように磨いてあし、節の無い部分でつくられてはいる。しかし、材料は安価な杉材だ。


 高級なクルミ材のストックに鏡のように磨かれた金属部品を配した貴族仕様とはまったく違う。


 だが、その雑な仕上げの銃身は歪みや狂いが無く真っ直ぐ。杉材のストックは、その銃身をガッチリと固定して手になじむ。


 これこそが、国民の銃だ。


 私は、小銃に装填された回転弾倉を廻した。


10/22 誤字修正

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