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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
31/98

守護騎士騒動

 その時、ダーズベーダーのテーマが流れたように思えた。


「ユリアナ殿下! この騒ぎは、どうした訳ですか!!」

 大地が揺れたかと思えるほどのミランダの怒声が西の館に響く。


 ライアを守護騎士に任じたと告げてハンナが倒れ。呆然としている私の元に、次々と来客が訪れた。いずれも、守護騎士任命の祝いを持った有力商人やら貴族の家令である。


 先ほど任じたはずなのに、守護騎士の件をガルムント中の人々が知っているようだ。

 それに、たかが守護騎士を決めただけで、何故に祝いを持って来る?

 その答えを知っているはずのハンナは倒れて意識が戻らない。

 私に、この事態を解決せよと言うのか?

 すまないが。否と返事をしよう。

 何が起こっているのかすら、分からない。


 そこに現れたのがミランダ・パニアである。

 病院を抜け出してきたのか、両手は包帯のまま、外套の裾は乱れている。

 

 倒れたままのハンナとその側らで呆然とする私を見て、先の怒声となった。


「大きな声で怒るな。我にも分からんのじゃ」

 と答えるが。

「では、分かることを順にお話くださいまし」

 と、一歩も引かないミランダ。

 しかたがないので、昨晩から今朝に事を順に話した。もちろん、グレタとの事は誤魔化して。

 

 そして、話が守護騎士任命の件になると、私の言葉をさえぎって。

「それでは……ライアを守護騎士に任じたのですか?」

 と問うので。

「そうじゃ」

 と答え。

「王室専用の羊皮紙で文書を書いたのですか?」

 と問うので。

「そうじゃ」

 と答え。

「それを、ライアに渡したのですか?」

 と問うので。

「そうじゃ」

 と答えた。

 そこでミランダは。

「はあ~なんて事を~~」

 と、脱力したようなため息を吐き出した。


 これでは、私が何かとんでもない事件を起こしたようではないか。


「ちょっと待て。我は護衛の為にライアを必要としただけじゃぞ。有能な人物を守護騎士に任じて何が悪いのじゃ」

 私の反論を聞いたミランダは、天を仰いで。

「ああ~~、私がチャンと教育してこなかったから、このような無知になってしまわれた。

王に合わせる顔がありません」

 と、力強く言い放たれた。


 うわぁ、無知って言われた。


「とにかく、事態を収拾する為には、情報の共有が必要です」

 とミランダが事態を説明してくれた。



 守護騎士とは、近衛を持たない女性の王族が身辺の警護に任じる騎士の総称だ。

 身分は近衛騎士に準じるが、正式に近衛騎士団には属さない。

 ここまでは、公式情報である。


 さて、守護騎士の実態とは?


 実は、愛人予備軍または愛人そのものである。


 つまり、姫が守護騎士を任じるとは。

 愛人を決めたと同じ意味となる。


「ええ~!」


 ミランダの説明を聞いた私は、絶叫した。


「はあ~、もうご存知と思いましたのですが……意外に奥手でございますね」


 いや、いや。ちょっとまてよ。


「ミランダ。そちの話が本当ならば、アマンダ伯母様と守護騎士のガルバルディー男爵は……男女の仲なのか?」

 私がおそるおそる聞くと、ミランダは。

「はい、男女の仲でございます」

 と、キッパリと答え。

「だが、アマンダ伯母様の旦那は存命だぞ」

「そうでございますね」

「問題にならんのか? 相続とか、血縁とか、愛情とか……」

「問題にしないための、守護騎士でございます」

 ミランダはキッパリと言い切った。


 守護騎士は、下級貴族の子弟がなるものらしい。

 守護騎士の申請は騎士団から、教会と王に提出される。

 今回は私が、王家専用の羊皮紙で書いたので、申請は教会だけ。

 そして守護騎士任命を申し出ると審査されるのだが。

 家柄や身分になどによって、教会または王から差し戻される事もあるらしい。

 ミランダによると、一部の貴族に権力が集中しないための措置であるとか。

 また、守護騎士は子孫を残さないための外科的な処置を施される。

 いわゆるパイプカットだ。

 これは、教会がやるのが本当らしいが、今は病院でもやるらしい。

(過去には、教会が病院を兼ねているのが普通だった。今は、教会と別に病院があることが多い)

 また、未婚の女性王族が相手の時は、処女性をキープしたままで快楽を与える特別講習が設けられるらしい。

 これは、王家から専門家が派遣される。

(誰なんだ、その専門家って?)

 守護騎士が守護対象の処女性を保てなかった場合は、過程の如何にかかわらず処刑だ。


「これで、相続やら血縁の問題は解決です。愛情の問題ですが……そんなものは気にしないのが貴族でございます」


 うわあぁ……言い切ったよ。ミランダさん……。


 いや、それでいいのかもしれないけど。

 なまじ隠すから問題なのも分かるけど。

 でも、愛人の地位が正式文書で記録されるシステムって……どうなんだろう?


 これでは、セリア軍内部の愛人予備軍問題なんか、可愛いものではないか。


「では……私が守護騎士を任じた事は」

「愛人を選んだと世間に知らしめたと同じ事でございます」

「では……私の元に祝いを持って来た商人たちは」

「当然、ライア殿の元へも使いを出してしょうね。王族のおこぼれにあずかるために」

 商人とは利に聡いと言うが、ここまでするものか?

「ここまでするのが、商人です」

 ミランダが答える。


 下級貴族の子弟から選ばれるならば、有力貴族で辺境伯の息子では、守護騎士から外されるはずだが。


「グロッケン伯は子沢山でございます。御兄弟が多く存命でございますから。問題はございません」


 ああ、そうなるのか。

 となると……

「騎士団に使いを出して、任命書を回収するのが最善手でございます」

 そうなるな。

「万が一、教会で承認されると、少々やっかいな事になります」

 ミランダの言葉に、私が使いを出すように命じようとした所へ、グレゴリオが現れる。

「おお、良いところに来たな。騎士団に急ぎ使いを出したい。回収したい書状が……」

 と、私が言いかけた時。

 私は、グレゴリオの手にある羊皮紙が目に留まる。

「グレゴリオ……その書状は……」

 私が問うと。

「出すぎた真似かと思いましたが、私の一存で差し止めました」

 やはり、グレゴリオの手にあるのは、私が書いた守護騎士任命書だった。


 よかった。

 私が、グレゴリオに礼を述べようとすると。

「申し訳ございませんでした」

 グレゴリオは深く頭を垂れる。


「なにをするのじゃ……我の方が礼を言わなくてはいけないのじゃぞ」


「いいえ。この度の騒動は、私の手落ちでございます」


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