守護騎士騒動
その時、ダーズベーダーのテーマが流れたように思えた。
「ユリアナ殿下! この騒ぎは、どうした訳ですか!!」
大地が揺れたかと思えるほどのミランダの怒声が西の館に響く。
ライアを守護騎士に任じたと告げてハンナが倒れ。呆然としている私の元に、次々と来客が訪れた。いずれも、守護騎士任命の祝いを持った有力商人やら貴族の家令である。
先ほど任じたはずなのに、守護騎士の件をガルムント中の人々が知っているようだ。
それに、たかが守護騎士を決めただけで、何故に祝いを持って来る?
その答えを知っているはずのハンナは倒れて意識が戻らない。
私に、この事態を解決せよと言うのか?
すまないが。否と返事をしよう。
何が起こっているのかすら、分からない。
そこに現れたのがミランダ・パニアである。
病院を抜け出してきたのか、両手は包帯のまま、外套の裾は乱れている。
倒れたままのハンナとその側らで呆然とする私を見て、先の怒声となった。
「大きな声で怒るな。我にも分からんのじゃ」
と答えるが。
「では、分かることを順にお話くださいまし」
と、一歩も引かないミランダ。
しかたがないので、昨晩から今朝に事を順に話した。もちろん、グレタとの事は誤魔化して。
そして、話が守護騎士任命の件になると、私の言葉をさえぎって。
「それでは……ライアを守護騎士に任じたのですか?」
と問うので。
「そうじゃ」
と答え。
「王室専用の羊皮紙で文書を書いたのですか?」
と問うので。
「そうじゃ」
と答え。
「それを、ライアに渡したのですか?」
と問うので。
「そうじゃ」
と答えた。
そこでミランダは。
「はあ~なんて事を~~」
と、脱力したようなため息を吐き出した。
これでは、私が何かとんでもない事件を起こしたようではないか。
「ちょっと待て。我は護衛の為にライアを必要としただけじゃぞ。有能な人物を守護騎士に任じて何が悪いのじゃ」
私の反論を聞いたミランダは、天を仰いで。
「ああ~~、私がチャンと教育してこなかったから、このような無知になってしまわれた。
王に合わせる顔がありません」
と、力強く言い放たれた。
うわぁ、無知って言われた。
「とにかく、事態を収拾する為には、情報の共有が必要です」
とミランダが事態を説明してくれた。
守護騎士とは、近衛を持たない女性の王族が身辺の警護に任じる騎士の総称だ。
身分は近衛騎士に準じるが、正式に近衛騎士団には属さない。
ここまでは、公式情報である。
さて、守護騎士の実態とは?
実は、愛人予備軍または愛人そのものである。
つまり、姫が守護騎士を任じるとは。
愛人を決めたと同じ意味となる。
「ええ~!」
ミランダの説明を聞いた私は、絶叫した。
「はあ~、もうご存知と思いましたのですが……意外に奥手でございますね」
いや、いや。ちょっとまてよ。
「ミランダ。そちの話が本当ならば、アマンダ伯母様と守護騎士のガルバルディー男爵は……男女の仲なのか?」
私がおそるおそる聞くと、ミランダは。
「はい、男女の仲でございます」
と、キッパリと答え。
「だが、アマンダ伯母様の旦那は存命だぞ」
「そうでございますね」
「問題にならんのか? 相続とか、血縁とか、愛情とか……」
「問題にしないための、守護騎士でございます」
ミランダはキッパリと言い切った。
守護騎士は、下級貴族の子弟がなるものらしい。
守護騎士の申請は騎士団から、教会と王に提出される。
今回は私が、王家専用の羊皮紙で書いたので、申請は教会だけ。
そして守護騎士任命を申し出ると審査されるのだが。
家柄や身分になどによって、教会または王から差し戻される事もあるらしい。
ミランダによると、一部の貴族に権力が集中しないための措置であるとか。
また、守護騎士は子孫を残さないための外科的な処置を施される。
いわゆるパイプカットだ。
これは、教会がやるのが本当らしいが、今は病院でもやるらしい。
(過去には、教会が病院を兼ねているのが普通だった。今は、教会と別に病院があることが多い)
また、未婚の女性王族が相手の時は、処女性をキープしたままで快楽を与える特別講習が設けられるらしい。
これは、王家から専門家が派遣される。
(誰なんだ、その専門家って?)
守護騎士が守護対象の処女性を保てなかった場合は、過程の如何にかかわらず処刑だ。
「これで、相続やら血縁の問題は解決です。愛情の問題ですが……そんなものは気にしないのが貴族でございます」
うわあぁ……言い切ったよ。ミランダさん……。
いや、それでいいのかもしれないけど。
なまじ隠すから問題なのも分かるけど。
でも、愛人の地位が正式文書で記録されるシステムって……どうなんだろう?
これでは、セリア軍内部の愛人予備軍問題なんか、可愛いものではないか。
「では……私が守護騎士を任じた事は」
「愛人を選んだと世間に知らしめたと同じ事でございます」
「では……私の元に祝いを持って来た商人たちは」
「当然、ライア殿の元へも使いを出してしょうね。王族のおこぼれにあずかるために」
商人とは利に聡いと言うが、ここまでするものか?
「ここまでするのが、商人です」
ミランダが答える。
下級貴族の子弟から選ばれるならば、有力貴族で辺境伯の息子では、守護騎士から外されるはずだが。
「グロッケン伯は子沢山でございます。御兄弟が多く存命でございますから。問題はございません」
ああ、そうなるのか。
となると……
「騎士団に使いを出して、任命書を回収するのが最善手でございます」
そうなるな。
「万が一、教会で承認されると、少々やっかいな事になります」
ミランダの言葉に、私が使いを出すように命じようとした所へ、グレゴリオが現れる。
「おお、良いところに来たな。騎士団に急ぎ使いを出したい。回収したい書状が……」
と、私が言いかけた時。
私は、グレゴリオの手にある羊皮紙が目に留まる。
「グレゴリオ……その書状は……」
私が問うと。
「出すぎた真似かと思いましたが、私の一存で差し止めました」
やはり、グレゴリオの手にあるのは、私が書いた守護騎士任命書だった。
よかった。
私が、グレゴリオに礼を述べようとすると。
「申し訳ございませんでした」
グレゴリオは深く頭を垂れる。
「なにをするのじゃ……我の方が礼を言わなくてはいけないのじゃぞ」
「いいえ。この度の騒動は、私の手落ちでございます」




