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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
30/98

春の夜の出来事

 ライアを身辺警護として使う件を伝えるために、騎士団へ使いを出した。

 とりあえずだが、ライアは私の部屋の隣室で寝起きをしてもらう事にした。

「あの……お嬢様。この件は、もう少しお考えになったほうが、よろしいですわ。ですわ!」

 ライアを身辺警護に使うと家中の者に告げると、ハンナが頑固に反対をしてきた。

「我が決めた事だ」

「ですが、ですが」

「反論は聞きたくないぞ」

 と、口を閉ざさしたが。

 なぜ、あそこまで反対するのかが分からなかった。

 剣の腕も、馬術の技能も超一流であるライアを、王族の身辺警護に使うのは当然だと思うのだが。


 夕食の後、書類に目を通す。

 普段ならば一人で過ごす時間なのだが、警護の為にライアが側にいる。

 なんとはなしに、つい言葉が口からこぼれた。

「居合い剣術……どこで習った?」

「なんの事かな?」

 

 私も、戦術の研究から騎士の戦い方については知っているつもりだったが、騎士が居合いを使うのは知らなかった。

 

「居合いだ。お主が使った剣術じゃ」


 もしかしたら『居合い』とは違う名前で呼ばれているのかしれない。


「僕の剣は、我流なんだな……騎士として習った剣じゃ無いんだな」


 我流?

 そんな事はないだろう。

 あの構えや足裁きは、私が良く知っている居合い抜刀術だ。

 多分、居合い抜刀術を修めた剣豪の天恵を受けた者から受け継いだ業だと、私は推測していた。


 私が、しつこく答えを強請ると。


「本当に我流なんだな。騎士団じゃ使わないんだな」

「……本当か?」

「本当なんだな」


 騎士の戦いは、抜刀して構える所から始まる。

 剣を鞘に収めたまま戦闘をすることはない。


「では聞くが、お主の剣の腕は、騎士団ではどの程度なのじゃ?」

「一番ヘタクソなんだな」

「なに?」


 一般的な剣術では、ライアの腕は酷いものらしい。


「練習しなかったから、しかたないんだな」


 だが、それならば、他の疑問が生じる。


「本当に我流なのか? だれかに習った剣ではないのか?」

「習ってないんだな」


 習わずに居合いの剣を身に付けられるものか?

 もちろん、天才はいる。

 事実、馬術ではライアは天才だ。

 だが、居合い術は、地球のものに近すぎる。


 私は一つの可能性に気が付いて、ライアに質問した。


「その剣を思いついたのは、お主が何歳くらいの時じゃ?」


 しばらく考えたライアは、十歳と答えた。


「その頃に、高熱を出して寝込んだ事は無いか?」

「あったんだな。あの時は、死んじゃうかと思ったんだな」


 もしや……これは……

 そんな事を考えていると。

 

 空気が動いた。


 ライアが腰の剣を構えなおして、私から少し離れる。

 抜刀した剣の軌道に、私が入らないように間をとったようだ。

 その動きは、洗練されすぎている。

 実戦から生まれただけの動きではない。

 高度に練りこまれた動きだ。


「グレタ・ジェイ。姿を現したらどうだ?」


カタンと窓の掛け金が外れる音がして、カーテンが揺れた。

 カーテンの影から長身の女が現れ、私に近づいてきた。


「ユリアナ……様……わたくし……」


 グレタの双瞳からは涙が溢れ流れている。それを拭う仕草すら無い。

 尋常な様子ではなかった。


 鍔鳴りの音がした。

 ライアが、臨戦態勢に入ったようだ。


「それ以上は近づくな。ライアの剣は速いぞ」


 だが、グレタの動きは止まらなかった。


 グレタの姿は、病院の病人着のまま。

 そんな格好で、どこで過ごしていたのかと考えたくなるような薄着だった。もちろん、武器を隠せるような服ではない。両手にも何も持っていない。

 一見は、無防備無武装に見える。

 だが、暗器の例を言うまでも無く、無手に見えても隠した武器とはあるものだ。

 いや、暗殺と言うならば、グレタは狙撃をこそ選択すべきではないのか?

 元セ連総帥の秘書官であった女だ。

 狙撃銃の扱いくらいは出来るだろう。

 それとも、姿を見せて殺すことに意味があるのか?

 いや、薬による妄想で、正常な判断が出来ない可能性も大きい。


 ヒュンと空気を切る音がした。

 ハラリと、グレタの袖が切れて、袖が赤く染まった。

 ライアの剣がグレタを切った。

 だが、出血の量は少ない。

 皮一枚を切っただけのようだ。


「もうよせ、目的は何じゃ!」


 私はグレタに向かった叫んだ。


「……目的? ああ……それを……わたくしの口から言えと申されますか? なんと……残酷な方」

 クレタは絞るような声で言うと、体を震わせて跪き、床板に爪を立てている。


 なんだ? この動きは?

 これでは、何かを懇願しているようではないか?


「お笑いください。浅ましい間者風情の思いと、この男とお笑いくださいまし!」


 えええ? なんだ? この展開は!


 ライアも困ったように、私の方を向いているが。困っているのは私も同じなのだ!


「わたくしは……わたくしは……ユリアナ様にお情けを……いただきたく……」


 ええっ……お情けって?


 耳まで真っ赤になったグレタが顔をあげて、私の顔を見詰めて。


「わたくしは、ユリアナ様を愛してしまいました」


 ええ!

 そっちだったのぉ。


 ギシェンの薬本来の方向に効いたのか。


 私は目配せをして、ライアに剣を修めさせた。

「いいのかな?」

 と聞いてきたライアに。

「よい。しばらく部屋から出てゆけ」

 と言うと。

 ライアは深く礼をしてドアから出て行った。


 これに驚いたのはグレタであったようだ。

 鳩が豆鉄砲といった風にキョトンとして床に座り込んでいる。

 私は、物入れから傷薬軟膏と絆創膏を取り出すと、グレタの横に座った。

「何をしている、腕を出せ」

 グレタは、傷の無いほうの腕をさしだした。

「怪我をした方じゃ」

 というと、反対の傷から出血している腕をさしだす。

 幸いとか、ライアの腕のおかげか、グレタの傷は浅く綺麗であった。出血が止まれば、後も残らずに治るだろう。

 私が軟膏を傷に塗ると、グレタの体が震えた。

「痛い思いをさせた。すまなかった」

 軟膏で出血は止まり、念のために幅の広い絆創膏で傷を押さえた。

「あの……」

 真っ赤な顔で震えるグレタは、何だか凄く可愛い。

「お主の、私への思い。ギシェンの薬によるものだと知っているか?」

 私の問いに。

「いいえ。この想いは、薬によるものではございません。……初めてお姿を目にした時から……その、素敵な方だと……」


 ええっ、一目ぼれだったのぉ!


「ですが、国も身分も違う身なれば、この想いは隠しておくつもりでありました。ですが……薬が……私の想いを燃え立たせたでございます」


 単に震えているだけと思っていたが、そう思って見てみると、なんだか尿意を我慢しているような動きだった。

 これは、たぶんアレなのか?


「私たちは女同士だ。その意味は分かっているのか?」

「あの……わたくし……はじめてじゃありません」

 聞き取れないほどの小声の告白だった。

「わたくし女子学校の頃に色々ありまして」


 ああぁ~ いろいろねぇ~。


「我は、この体では経験は無い」

 そう言って、グレタの顎に指をかけて、こちらを向かせた。

「だが、私は天恵の知恵を持っていることは知っていよう?」

 グレタは小さく頷く。

「一緒に、異世界の者の経験も受け継いだ」

 グレタが私の瞳を見詰めている。

「私の前世は、男だ」

 私は、これは秘密だと、付け加えた。




 翌朝は、快晴であった。

 ガルムントにも遅い春が訪れようとしている。

 そんな事を考えさせられような暖かな日であった。


 乱れたベットの上で目覚めると、グレタの姿は無かった。


「しまった。寝顔を見れなかったぞ」


 先に眠ってしまった事を悔やんでいると。


「姫様~、目が覚めたのかな?」

 と、眠そうなライアの声がドアの外から聞こえて来た。

「なんじゃ、眠らなかったのか?」

「身辺警護なんだな」

 ああ、そう言えば、解任していなかった。

 いや、ライアは手駒に加えるべきだ。

 臨時の身辺警護ではなく、正式な守護騎士に任じてしまえばいい。

 そうと決まれば、急いで手続きだ。

 私は羊皮紙を取り出して、任命書を書き印を押し。

「これを騎士団に出せ。お主は今日から我の守護騎士じゃ」

 と、ライアに手渡した。

「おうおう、僕が王族の守護騎士なんだな。凄いんだなぁ」

 ライアは喜んで書類を受け取ると飛び出していった。

 

 しばらくすると、ハンナが寝室に顔を出した深いため息をついていた。

 そして、恨みがましい目で私の方を睨む。


 いや、ベットを汚したのは悪かったが。

 そこまで、怒らなくても。

 いや、昨晩のグレタとの行いがバレたのか?

 そんなはずは……。

「ライア様を守護騎士にされるのですか?」

 そんな事を考えていると、ハンナが聞いて来たので。

「もう守護騎士にした。正式な叙勲は教会でやるゆえ、手配しておけ」

 私が、そう告げると。

 ハンナが倒れたしまった。

 

 ええっ? 

 ハンナぁ! どうしたんですか?


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