鉱山事故
しばらくグレゴリオは何も言ってこなかった。
私が王都から大勢の職人やら大量の工具やらを西の館に持ち込み、怪しげな事を連日に続けているにも関わらず。
「用心をしているようだな、グレゴリオ。そんな心配は必要ではないのだが……。まあ、この貴重な時間を有効に使わせてもらうとしよう」
鉱山とは危険な場所だ。
二十一世紀でも、鉱山やトンネル工事では落盤や水没などの事故が多く発生して、死傷者は後を絶たない。
二十一世紀でも、そうなのだ。
この世界では、どれほどの人柱の上に鉱山を開発しているのかは知れない。
そして、二十一世紀との最大の違いは、人の価値だ。
この世界では、人の命は安い。
タダ同然なのだ。
平民を使い捨てにするのが、貴族の常識。
だが、この鉱山では代官が直接管理する病院がある。
代官は準貴族である。
そのグレゴリオは、意外にも平民を大切にしている。
彼のような者は、王都では異端だ。
「まあ、なればこそ、ここへ送られたのだろうな」
私は、試作品の一つを急いで完成させた。
当たって欲しくは無い予想だが、コレがすぐに必要になるだろう。
コレで、グレゴリオを懐柔できるかもしれない。
そして、その予想は意外に早く訪れた。
「姫様、事故でございます。ございます」
侍女のハンナが鉱山事故の報告を持ってきたのは、朝食の後だった。
「仔細は?」
「それが、坑道に水が湧いたようですわ。ですわ」
水没か。
そして、逃げ遅れて坑道に閉じ込められた者が一名。
利用できる状況だ。
「では、グレゴリオの手並みを見に行くか」
私は、件の試作品の用意を命じて、ハンナが邪魔をしないようにして、鉱山へと向かった。
坑道の入り口は、混乱していた。
「水を汲み出せ!」
木造の手押し汲み上げポンプを、四人の屈強な男たちが必死にこいでいる。
一人が疲れると、次の者がポンプに取り付き、ポンプは休み無く大量の水を汲み上げていたが。
「ダメだ! 水位が下がらんぞ」
「これでは他の坑道も水没します」
部下の報告を耳にするも、グレゴリオは一言も言葉を発せずに坑道口を睨んでいる。
このような時は、水没した坑道を埋め閉ざして、他の坑道を救うのが常套であるが。
だが、グレゴリオは躊躇している。
「坑道に閉じ込められた者……貴き血の者か?」
私は、グレゴリオの部下に声をかけた。
「いえ……それは……」
「平民の移民ですが。有能な者です」
グレゴリオが答えた。
「ほお、平民か。なれば坑道を救うを優先させよ」
私の言葉を聴いたグレゴリオが、怖い顔で一瞬睨む。
おお、その顔は大層怖いぞ、グレゴリオ。
「まあ、普通の王族ならば、こう言うであろうな」
私は、探るようにグレゴリオを見つめた。
「私は物狂いの姫だ。そんなことは言わないが、出来もしないことで思い悩むのも嫌な性質なのだ。グレゴリオよ。そちに状況を収める手段はあるかな?」
グレゴリオは少し目を瞑ると。
「手立てはございません。姫殿下」
吐き出すようにでた言葉に苦悩がにじんでいる。
「では、そなたの苦悩を解決するに、少し骨を折ろうか」
私が手を上げると、私が王都から連れて来た工房の者たちが、奇妙な鎧を運んできた。
「これは?」
「人が水底を歩くためのカラクリよ。われは『潜水具』と名をつけた」
私が、その潜水具を身につける様子を見ていたグレゴリオが大声をだす。
「バカな! 人が水中を行くというだけでも狂気の沙汰だ。その上に、それを行う方が王族の姫とは……私が行きます!」
「バカはお主だ。このカラクリが使えるのか。原理は分かるのか?」
「そっ……それは、ですが……」
言いよどむグレゴリオに、王家の紋章で蝋印した羊皮紙を渡す。
「これは……まさか、遺書?」
「うむ、この世に飽きたので異世界に旅立つと書いた。これがあれば、私は立派な物狂いだと証明できよう。この件で万が一があっても、お主らに累が及ばぬように保険として使え」
私の覚悟と準備を知ったグレゴリオは、何も言わなかった。
本当に物狂いと思ったのかも知れないが。