迫撃砲
ガルムント演習場に『ボフン』とも『ポン』ともつかない、かわいらしい砲声が響く。
かわいらしい砲声を立てた小さな火砲からは、後ろに鰭が付いた流線型の砲弾が天高くへと飛んでいった。
高く放物線を描いた流線型砲弾は、後ろの鰭が空力抵抗となり、その先端から地面に突き刺さるように落ちる。
その先端には衝撃で発火する着火薬が装填され、砲弾の中は黒色火薬が詰まっている。
砲撃の音とは比べ物にならない爆発音が響き、大地から剥ぎ取られた土砂が吹き上がる。
「うむ、試作迫撃砲もいい仕上がりだな」
と私は上機嫌である。
「着弾は二百mくらいですね」
メアリーアンが双眼鏡を覗きながら呟く。
「最小射程百m、最大射程は五百くらいじゃな」
私は、設計時に想定したデータを言う。
「歩兵直援としては理想的ですわ」
「騎兵砲としても良いのではないか?」
私が言うと。
「ええ、これが騎兵砲になるんッスか?」
ピョートル騎士団長は嫌そうな表情だ。
「なにか不満か?」
「だって、なんか頼りないッスよぉ」
団長は単なる金属筒にしか見えない迫撃砲の砲身を指して文句を言う。
「ガルムント砲に比べれば、頼りないがのう。この軽便さが良いのだじゃよ」
「騎士を乗せた馬での運搬を考えると、あまり重い砲は使えませんよ」
私とメアリーアンの言葉に。
「そりゃあ、そうッスけど~」
と呻くピョートル団長。
「それとも、騎士団の馬で装輪砲架を引くか?」
「ええ、荷馬がわりは勘弁ッスよぉ」
と、納得できないまでも、大砲を馬で引くよりマシかと考えている様子。
「別の砲も試作しているゆえ。今はコレの運用を考えてくれんか」
「別の砲って、カッコイイっスか?」
と、団長は玩具をほしがる子どものような表情で言うので。
「おお、カッコイイぞ! 一騎で運んで一人で使えるぞ」
「うおお! イイッスねえ。それ、期待してるッスよぉ」
まあ、なんとか誤魔化せたな。
火砲は大きく分けるとカノン砲・榴弾砲・迫撃砲と3つに分けられる。直接照準射撃で点目標を撃破することを目的に開発された火砲がカノン砲だ。カノン砲と同じ程度の射程を持ち、間接照準射撃で面目標を制圧するものが榴弾砲。これより短い射程で面目標に対して運用されるものが迫撃砲。
迫撃砲は古くは臼砲とも呼ばれていた。
古い迫撃砲の形状が、餅をつく臼に似ていたのだ。
迫撃砲は、カノン砲のような迫力は無いが、使い勝手が良い火砲である。
数人の兵で運搬・射撃・撤収ができ、威力もそこそこだ。
小型の迫撃砲は一人でも運用可能で、擲弾筒とも呼ばれる。これは、手榴弾では届かないくらい離れているが、迫撃砲を使うには近すぎる距離での交戦で有効な兵器。
迫撃砲の威力は、古くは砲弾の重さ、新しくは砲弾内炸薬量で決まる。
つまり、威力が砲弾の初速に依存しない火砲だ。
ゆえに、簡便な設計ですませられ、軽量に出来る。
演習場では、他にも初期のロケット兵器の実験も始まっている。
「とは言え、これは使えんなあ」
「ですねぇ」
ロケット花火を大型化したロケット兵器初号機は、演習場の上空で迷走している。
火薬を詰め込んだ容器に噴射口を付けて、そこに火をつけて飛ばすのだ。安定は火薬筒に縛り付けた安定棒で重心を下げているだけ。
誘導も照準も関係が無い仕様だ。
「あてにしては、いなかったのだがなぁ」
とは言え、この迷走飛翔はいかがなものか?
城壁上では、気楽な見物客が喜んでいる。
祭りにでも使えば良いのかもしれない。
しかし、現時点で使えないとして開発を中止するわけにもいかない。
ロケット兵器は将来の戦場では主役になる、研究を続けられるように支援をしていかなければいけない。
「はぁ~。金が幾らあっても足りんなぁ」
火薬販売による収益も上がっているが、兵器開発は金喰い虫だ。いや、戦争自体が、資産の浪費以外の何者でもない。
それでも、人は戦争を放棄できない。
戦争の一面は、人の本質、そのものだからだ。
「業の深い事じゃ」
演習を続けるメアリーアンと別れて、私は市内へと戻る。
演習場から市内に戻るのに、蒸気トレーラーを使った。
蒸気トレーラーは、蒸気機関を使った重量物牽引車だ。
現代地球ではほとんど見られなくなったが、過去の地球では、世界各地で使われたものだ。
「意外に静かじゃなあ」
それに、思った以上に速い。
「どうですか? なかなか快適でしょ」
開発した工房長が直々に運転手を務めている。
「よい仕上がりじゃが、重量が問題じゃな」
この重量では、道路の石畳を砕いてしまうかもしれない。
「それでは、重い砲を引いては走れませんよ」
「やはり、道路の整備が必要か」
十分に整備された道路ならば、重い牽引車が砲を引いて走っても大丈夫なのだが。
「鉄路を使った方がよろしいのでは?」
鉄路とは、鉄道の事だ。
本格的な鉄道は別だが、軽便鉄道ならば、道路を整備するより簡単に造れる。
「民生ならよいが、兵器となると汎用性が必要じゃ」
とは言え、鉄道の輸送力は船に次いで優秀だ。
鉄道網の整備も将来の課題だ。
「鉄道といえば、例の機関車はどうじゃ」
私が問うと。
「ああ、無火蒸気機関車ですね。いいですよ。鉱山側は二号機関車を欲しがっています」
「おお、そうか」
工房長の言葉に、私は大きく頷いた。
無火蒸気機関とは、蒸気機関車から石炭を燃やす火室を取り除いたものだ。ボイラーの代わりに高圧蒸気を貯めるタンクを積んでいる。
タンク内の高圧蒸気でピストンを駆動して動く機関車なのだ。
煙を吐く火室が無いので、狭い坑道でも使えるし、構造も簡単ので安価で小型化しやすい。欠点としては、行動時間が短いのだ。
しかし、運行を適切に管理すれば問題は無い。
などと思いを巡らしていると、蒸気トレーラーが急停車した。
何事かと見ると。
試運転をはじめたケーブル路面鉄道が私の乗るトレーラーの前を横切る。
ケーブル路面鉄道は、地面の下に仕込んだケーブルに引っ張られて進む車両。
ケーブルの動力は、離れたところにある蒸気機関だ。
今はテスト中だが、夏までには乗合交通機関としてガルムント市内と鉱山をつなぐ予定だ。
ガルムント城壁内の市街地は、いま空前の建築ラッシュだった。
産業構造の変化と収益の増加から、あちらこちらで新しい建物が建設されている。
それに追い討ちをかけるように、新交通システムが導入され、市内には祭りのような熱気を帯びた空気がただよう。
「バブル……なのかのう」
この景気は、産業構造シフトの一部なのだが、熱気だけが先行しての過剰投機ばかりとなると、経済状況はバブルとなる。
たいした娯楽もない鉱山街に、私が加えた変化は、過剰な反応を引き起こすかもしれない。
「すまんが、ここで降ろしてくれ」
私はガルムント城門をくぐり大通りに入ったところで工房長のトレーラーから降りた。
そこは、足場材が縦横に汲み上げられた建造中の建物があった。
これが完成すれば、ガルムント病院となる。
アレクサンドロ医師の新しい仕事場だ。
痛み出した足を庇うために杖を使うと。
「王家の人が一人でいるのは、良くないんだな」
と馬上の騎士が声をかけてきた。
「ライアか」
私は、騎士の丸顔を見て笑った。
どうやらライアは城門の騎士団詰め所にいたようだ。私がトレーラーから一人で降りたのを見て駆けてきたようす。
「僕も暢気だけど、姫さんは僕以上なんだな」
そんな事は無いだろうと反論しかけたが、思い当たることは一杯あるので止めておいた。
「すまんが、エスコートしてくれんか?」
「姫の頼みを断る騎士はいないんだな」
ライアは馬から下りて私の横に立つと、懐からパンを取り出して食べ始めた。
いや、その行動はエスコートナイトとしてアレだろう。
「何処へ行くのかな?」
ライアの問いに。
「あそこじゃ」
私は、建設中の病院の向かいにある、古びた診療所を指差した。
10/22 誤字修正




