銅をめぐる思惑
西の館に騎士が飛び込んできた。
「報告いたします。ホワイトフェイスと思われる者が自爆して果てましてございます」
騎士は跪くと、そう報告した。
「うむ。仔細を聞こう」
「はっ!」
その騎士が報告したセリア連邦の破壊工作員ホワイトフェイスの最後とは。
追い詰められたホワイトフェイスは工房に入ると大砲用の薬包--薬包とは、火薬を布で包んだもの--を盗み、演習場まで逃げるが、周囲を騎士と兵に包囲されると盗んだ火薬に火をつけて自爆した。
で、あった。
「そうか。ご苦労であったな」
と騎士に労いを言い返した。
わざわざ周囲に被害が及ばない場所まで逃げて自爆した?
そんなバカな話があるか?
自爆は目くらましだ。
目的は『新型大砲用薬包』だ。
まんまと、我が新型火薬--緩燃焼褐色火薬の秘密を盗まれた。
さて、火砲の基本を学び直そう。
火砲の基本は投射兵器だ。
『石を敵に投げつける』と同じ事をやっている。
石ころが砲弾に変わり、腕が砲身に、筋肉が火薬に変わっただけ。
その威力や射程は『腕から離れた瞬間の石ころの重さと速度による』と考えられる。
射撃前の砲弾は、砲腔後部--推薬が詰め込まれる薬室の直前にある。
今の段階においては、推薬と火薬は同じと考えてよい。
さて、火薬の燃焼を見てみよう。
圧力を加えずに、疎らにばら撒かれた火薬に着火しても、激しくは燃えるが爆発はしない。
火薬の燃焼速度は、燃焼時の密度と圧力により変化する。
金属の密閉容器に圧力を加えて充填された火薬の燃焼は、ほとんど瞬間に終わる。
これが火砲の薬室で起こると、砲腔内部の圧力は瞬間に最高となるが、砲弾は薬室直前にあり速度はゼロだ。
砲弾は、この火薬燃焼の圧力を受けて徐々に動き出す。その速度の最高点は、砲口から砲弾が離れた直後となる。
まあ、実際は砲口から少し離れた空間で砲弾は最高速度を得る。砲口での砲腔内部ガス圧力は最高点の二〇%程度が一般的だ。
さて、今回は砲弾の最高速度に注目しよう。
砲弾の最高速度を上げるには、より大量の火薬を薬室に装填して砲身を長くすればよい。
とても、簡単な答えだ。
だが、現実には、この方法で火砲を造るには限界がある。
より高い圧力に耐える為に、大砲は重く大きくなってゆく。
戦場での運用が可能な重さで大砲を鋳造すれば、装填できる火薬量は、大砲の砲身が耐えられる最高圧力に依存し、その最高圧力によって口径長--つまり大砲の長さが決まる。
それによって、砲弾の最高速度は決まる。
さて、大砲の重さを出来るだけ変えずに、より砲弾の最高速度を上げる方法はあるのか?
答えは『長砲身化』だ。
コレでは答えになっていないと、多くの方は怒るだろう。
もっともな話だ。
長砲身化とは見かけだけの話なのだ。
長砲身化のもっとも肝心な話は、火薬の燃焼速度にある。
『火薬の燃焼速度は、燃焼時の密度と圧力により変化する』と定義した。
ならば、薬室内部の火薬が燃焼する速度を最適化すれば、燃焼ガスの最高圧力を抑えて効率よく砲弾を加速できるのではないか?
そこで、私のやった工夫の一つは、製造時に火薬に圧力を加えて固め、これを適当な大きさの粒に加工する事だ。
粒になった火薬は、その隙間による空間の為に『燃焼時の密度と圧力』が粗になり、燃焼速度が落ちる。
つまり、全ての火薬が燃焼し終わる前に、砲弾が圧力で動き出すのだ。
そして、砲弾の後ろの空間は広くなって、高圧の燃焼ガスが発生しても、圧力が上がりにくくなり、さらに燃焼速度が落ちる。
こんな理屈だ。
こうして同じ火薬でも燃焼時間を長くすれば、最高圧力を抑えられる。ならば、同じ砲身でも、薬室を大きくして多くの火薬を装填できる。多くの火薬を装填すれば、砲弾が得る運動エネルギーは増え最高速度は上がる。
そして、火薬の燃焼時間が延びた分、燃焼ガス圧力が最高圧力の二〇%になるポイントは、当然の事だが伸びる--つまり、口径長を伸ばして『長砲身化』する事が必要となる訳だ。
これが『長砲身化』の正体だ。
私は、さらに燃焼時間を延ばすために、火薬に『未炭化木炭』を加えた褐色火薬とした。また、取り扱いの簡便を図るために、火薬を包む薬包布を絹とし。さらに縫い糸も絹糸を使っている。
この絹糸はすばやく燃えて燃えカスを残しにくい。
つまり、大砲内部に燃えカスが残らないので、次弾装填が行いやすいのだ。
転んでもタダでは起きないとは、流石に伝説級の密偵だな。
さりとて。
「まあ、こちらにも成果はあったのだ」
と、独り言が唇からこぼれた。
私は、ホワイトフェイスから奪った変装用のシークレットブーツの底を破った。
そこには、暗殺銃用の金属薬莢が収められている。
「さて、これから分かる事は……」
カートリッジとも呼ばれる金属製薬莢は、弾丸と推薬に雷管を一つのパッケージにしたもの。金属製の薬莢は一般に銅が使われる。
この薬莢も銅製だ。
鉄製の薬莢もあるが、希少金属の銅を節約する為の代用品として開発された。また、高度な合金製造力と金属加工技術がないと代用薬莢は造れない。
さて、銅を希少金属と定義した。
これは一般常識とは少し食い違う。
しかし、銅は鉄に比べると、はるかに希少な金属なのだ。
地球における銅の埋蔵量は鉄の一千分の一以下。ニッケルよりも少ないと言えば、驚く者も多いかもしれない。
文明維持に必要な銅の消費量から見ると、それは希少金属と呼んでもよい埋蔵量だ。
この世界の銅の産出量も鉄より遥かに少なく、地球と同じと考えて良いと思う。
「これから金属薬莢を使うつもりならば、銅の確保は急務だが……」
薬莢以外にも銅の使用範囲は多い。
真鍮も銅の合金だ。
この時代の大砲や銃の部品も、多くは銅合金である砲金製だ。
他にも船の金属部品はシルジン青銅を使う。
荷馬車の軸受けも青銅だ。
この世界でも重要な基幹金属たる銅は重要な物資だ。
これから訪れるであろうで電気文明においては、銅線などの需要も多くなり、さらに重要となる。
「しかし、セリア連邦は銅の確保に失敗している」
私の唇は、思わず緩んだ。
「銅鉱山でございますか?」
久しぶりにガルムントへ戻ってきたメアリーアンを迎えて西の館での茶会を催し席で、銅鉱山の実情を質問してみた。
「銅山と言えばレン銅山ですね」
レンは、ウルオン帝国の銅山で、世界の銅の半分が埋まっていると噂される大銅山だ。
ウルオン帝国は強国である。
国土の広さだけを見ても、セ連全土よりも広い。
しかも、ウルオン帝国は大陸の東にある。
陸路で、セ連からはウルオンを攻略するとなれば、万年雪をたたえる南北ムナル山脈か大陸中央地峡のナール大湿原を超えなければならない。ここを超えての戦は、歴史に無い。
海路をゆくとしても、途中にはセリア王国が支配するマルア海を超えるか、一年の半分が氷に閉ざされた北海を抜けてマウリス領のジンタル海峡を通ることになる。
つまり、同じ大陸にあっても攻略が難しい土地なのだ。
「次がアルマ島ですね」
アルマ島は、セリア王国の支配地だ。
「その次は、ワンドレイ銅山……って、これはユリアナ様の方がお詳しいのでは?」
ワンドレイはマウリス領内、北の辺境にあり、ライアの父であるグロッケン辺境伯が治める土地だが、元は北方民族の聖地だ。
「ほかにも小さな銅山は多くありますが、銅が出ると言うだけもものがほとんどです」
話し終わったメアリーアンは茶を一口飲んだ。
つまり『この世界では銅が産出する土地は大陸の東側に偏っている』のだ。
現在のセ連領内には銅鉱山が無い。
「セ連には、戦争を継続できるだけの銅があると思うか?」
私はさらに質問してみた。
「セリア王国時代にアルマ島の銅を大量に運び込んでいます」
「銅の備蓄があると?」
「はい、これですわ」
メアリーアンは小さな銅貨を懐から出した。
「なるほど、銅貨か」
これならば、大量に保有が可能で、管理も楽だ。金貨や銀貨ほどには国境を越える事も無い。
「セリア内戦時にも、銅貨は回収されました。現在のセ連では通貨は紙に代わっています」
紙幣と金属貨幣を交換して、国家の金属保有量を増やした訳だな。
「その策は、我が国でも使えるな」
私の唇が緩む。
「とは言え、銅貨の回収にも限界はありますわ。銅を使った金属薬莢を全軍で使うとなれば……回収しての再利用も考えても……全力会戦二回分くらいでしょうか?」
この件は、詳細に資料を集めて研究する必要がある。
「セ連の継続戦闘に限界があれば、つけいる隙もあろうと言うものだが」
「ですが、あえて銅資源の乏しいセ連が、銅を大量に消費する金属薬莢を積極的に使うでしょうか?」
もっともな質問だが。
「資源が乏しい故に、あえて資源を消費する戦をする、と考えるのだよ」
私は苦い表情で答える。
「それは『天恵の知恵』ゆえにですか?」
メアリーアンの質問に。
「そうじゃ」
とだけ、答えた。
アスランはその言動から、私と同じ日本人の知恵を天恵として受けている、と推測される。
そして、日本人ならば、愚かであるのは承知の上で、資源を求めての戦いを選択する。
資源が無いゆえの緩やかな敗北に、ただ耐える事は出来ないのだ。
そして、アスランが選択する戦略は。
「セ連は、東へ領土を広げる戦略をとる……と予想されるな」
私の言葉にメアリーアンは首肯し。
「はい。すでにセリア領内では船舶増産や港の拡張が始まっていると聞きます。次の戦は、海となるでしょう」
「うむ。アルマ海かジンタル海峡だな」
アスランは、アルマ島かワンドレイの銅山を狙うと予想される。
海でも、次の戦では火砲が使われるだろう。
「さて……モニターか……ドレッドノートか……」
だが、私の思いとは裏腹に、マウリス海軍には意外な危機が訪れていた。
10/22 誤字修正




