ミランダの告白
「おおう! このパンは美味しいんだなぁ」
モグモグとパンをほおばるライアの姿には、先ほどの守護騎士の面影は無い。
件の襲撃の直後。
腹が減ったと言うので、私用の食事のパンを渡すと、ライアは喜んで食べだした。
なんとも奇妙な男だ。
「姫殿下……ご無事で……なにより……」
兵に支えられながら二階に上ってきたミランダは、私の姿を見ると土下座してしまった。
ミランダは、どうやら両手指の骨を折られているようだった。
「ひどい姿じゃな。すぐに医者が来る、礼儀は良いから横になれ」
「そうは……まいりません。……グレタ殿がホワイトフェイスに連れ去られ……」
痛みの為か、ミランダの声は震えたている。
「やはりか。となると」
私は、ホワイトフェイスが現れた方向にある作り付けのクローセットへとむかい、その扉を開いた。
そこには、手足を縛られ猿轡をされたグレタが転がっていた。
グレタは震えて汗をかき、目の焦点も合わない様子。
これは、毒か?
なにやら薬を盛られたようすだが、素人には手が出せない。
とにかく、縄だけでも解こうとグレタの体に触れると。
「うううぅ!」
と猿轡の奥で激しく呻き体を硬直させる。
これは、こまったな。
なんの薬を使われたんだ?
「グレタ殿! グレタ殿はぁ」
ミランダが震えた声で叫ぶ。
「大事は無い! 安心せい」
と、適当な事を言ってミランダを睨み。
「私は事を治めにはいる。お前は、ここで医者を待て。報告は、後で聞く」
と言いおき。念押しに。
「軽率な事はするな! 私はお前の報告が必要なのだ」
と言って一階へと降りる。後からパンを咥えたままのライアが、ドカドカと騒がしい足音を立てて降りてきた。
この男、先ほどの居合い剣士と同じ男なのか?
一階には、平民軍の士官がいた。先に酒蔵の入り口を見晴らせていた男だ。
「姫様!」
男は私の姿を見るなり土下座しそうになる。
「ようやったぞ!」
私は、男が土下座するより早く褒美の言葉を投げかけた。
「へ?」
というように、マヌケな顔の士官に。
「酒蔵の異変に気づきながら、よく私の言葉を守ってくれた。これで敵の正体が判明したぞ」
よくやった、よくやった。と、私は士官を褒めた。
怪訝な顔だった士官も、何度も褒められて安心し、少し得意げな表情で。
「いえ、自分は命令を忠実に実行しただけであります」
と、鼻息も荒く敬礼をした。
よしよし、ここまでは成功だ。
「逃げた敵に追跡はどうなった?」
と、問うと。
「お屋敷の外に待たせておりました兵に追わせました。念のために、屯所にも応援を出し、城門へも使いを出して閉めさせました」
「うむ、そこまでやれば上等じゃ」
と、また士官をほめておく。
これで、厄介な事態が二つ解決した。
一つは、ホワイトフェイスの追跡。
これは捕縛の為ではなく、追い払ってガルムントの安全を確保する為だ。
もちろん捕縛できればよいが。今までの経緯から、傷を負わせたとは言え捕縛は無理だろうと判断した。
もう一つは、事件に巻き込んだ平民軍の処遇だ。
普通なら、守れと命じられた部屋の中で味方が負傷して敵が逃げ出したのだ。
その士官や兵が、責任を感じて、思い余って味方を粛清したり、自殺とかも考えられる。
だが、私の命令を冷静に考えれば、今回の事態に彼らが責任を感じる必要は欠片も無い。
そこで私は『とにかく褒めておけ』作戦にでた。
あまり褒めすぎて増長されるのは問題だが、そこはアフターフォローで対応する。
「ユリアナ様!」
赤毛の白衣が屋敷に飛び込んできた。
アレクサンドル医師だ。
「2階じゃ!」
と私が言うのと。
「止まれ!」
と士官が銃を構えるのが同時だった。
「この男は良い」
と、士官を抑え。
「一人は複数の指を骨折、一人は薬を使われておる。他は不明じゃ」
「分かりました。湯と水をたくさん用意してください」
と言い。アレクサンドロ医師は二階へと駆け上がる。
私はハンナを呼び、湯と水を二階へと運ばせた。
そんな風にあわたしくなった廊下の中で、あの士官はやっぱり銃を構えていた。
「これ、お主」
私が士官に声をかけた。
「はっ! なんでありましょうか姫殿下」
「そんな風に廊下の真ん中で立っておっては邪魔であろう?」
と、端へ寄れと命じると。
「失礼いたしましたぁ!」
と敬礼をして、廊下の壁に背中を張り付けるように下がった。
まあ、これでアフターフォローも良いだろう。
ライアは食堂で、やっぱりパンを食べていた。
「一つ貰うぞ」
と、私もパン籠の丸パンを一つ取るとかぶりついた。
「お嬢様! お行儀が悪いですわ、ですわ」
ハンナが茶を給仕しながら注意するが、聞き流しておいた。
「なんで、戦うって言うのかな?」
ライアが問うてきた。
「なんじゃ? 先のホワイトフェイスとの問答の件か」
「そうなんだな。親書を受ければ、姫様は危なくなかったと思うんだな」
どうやらライアは気配を消して廊下に控えており、私とホワイトフェイスの会話を聞いていたようだ。
朴訥なようで、芸が細かいではないか。
「まあ、その通りでもあるがな。あれを受けては、マウリスとセリア王国の関係が悪くなる」
「黙っておけばいいんだな」
ほう、一応は外交を理解しているな。
「あの場には、セリア王国の密偵もいたのだ」
セリア王国の密偵とは、グレタの事。
それを聞いたライアは、しばらく黙ってから。
「あの男……厄介な奴なんだな」
「まったくだ」
私は、喉につかえたものを茶で飲み込んだ。
これまでの不可解なホワイトフェイス=セリア連邦の行動は、この事態を起こすために仕組まれたようだ。
今回のセリア連邦の目的は『セリア王国とマウリスの関係の悪化』と思われる。
その為の第一弾が『密輸疑惑事件によるセリア王国商人の摘発』であった。
これにより、セリア王家情報部とマウリス王家情報部にパイプが出来たのだが。反面、セリア王家の商人が拘束され市場が止まったのは事実だ。
以後の両国の市場を円滑にするには国家レベルのフォローが必要となる。
その状況を利用してガルムントに潜入したホワイトフェイスの目的は私だった。
それは、私の命を奪う事では無い。
私とセリア王家の関係に楔を打ち込む事だ。
私にアスランからの親書を渡し、セリア王家関係者が聞いている状況で、私とセリア連邦の密約を交わさせる。
それが、脅迫や暴力を伴ったものでも、密約を交わした事実があれば、それ以後の関係はギクシャクしてしまう。
「ユリアナ姫殿下」
しわがれた声であった。
「治療は終わったか?」
ミランダであった。
ミランダの両手は包帯が巻かれて三角巾で吊られている。
「応急治療だけです。痛みも強い鎮痛剤で抑えているだけで、手術が必要です」
と、アレクサンドロ医師が答える。
そこまでミランダの傷は深いのか。
「ミランダ、傷を治せ」
有無を言わせず命じたのだが。
「いえ、姫殿下。私は、報告し懺悔しなくてはなりません」
ミランダの声は、深い重い響きがあった。
「よい。報告せよ」
私は椅子に座りなおすと、ミランダに向き合った。
両手が痛むはずのミランダは、それでも膝を折って家臣の礼をふみ。
「私は、アドルフ王様より使わされユリアナ姫様の下にまいりました」
そうだ。
父であるアドルフ王は、私を監視する為にミランダを使わした。
「アドルフ王様は私に、ユリアナ様の為に働けと命じられたのです」
なに?
「その命令に背いたのは私の私心でございます。私はアドルフ王様に使えたかったでございます。わたしは、あの方のお側を離れたくなかった!」
「ウソだ!」
私は、自分が叫んで事に驚いた。
だが、私の唇からこぼれる言葉を止めることができない。
「ウソだ。父は私を疎んじていた。側に置きたくなかった。嫌っていたのだ! 私はぁ!」
「いいえ!」
震えるしわがれた声が、私の叫びを止めた。
「いいえ、ちがいます」
そう言って、ミランダは倒れた。
「……なにを言っているのだ? どうして、そうなる?」
倒れたミランダを抱えてアレクサンドロが飛び出していった。
たぶん、ミランダを病院へ急送するのだろう。
アレクサンドロに続いてライアも出ていき食堂に扉を閉めた。
食堂には、私とハンナだけが残った。
「どうして……どうして、あんな酷いウソを言うのだ……」
「ミランダ様は本当の事をおしゃったのだと思いますわ、ますわ」
いつの間にか、ハンナが私を抱きしめていた。
「ハンナ……なにをしている?」
「だって、お嬢様は泣いていらっしゃいます」
私の目から涙が溢れていた。
どうして溢れるのか、私には分からない。
でも、幼い時の様にハンナに抱かれていると、このまま泣いていてもよいと思えた。
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