副団長
先の峠砲撃から数日が過ぎた。
アスランの密偵を探すべく命じた山狩りであったが、思ったような効果は無かった。
「流石と言うべきか……ここまで完璧に姿をくらますとはなあ」
「ここいら辺りは、オラッチの庭みたいなもんスけど、見つからねえスよ」
ピョートル騎士団長が、相変らずのヤンキー調で話しかけてきたが、その顔は不機嫌そうだった。
「オラッチの街で好き勝手しやがったスパイを逃がしたなんて、くやしいッス!」
まあ、私の気持ちも同じだ。
領主館に集まった騎士団と平民軍士官一同。
騎士団は山狩りの結果を報告し、平民軍は峠の修復状況の報告に来ていた。
「遅れていた橋の改修の目処はたちました。仮橋で物資の輸送は何とかなっています」
平民軍の士官の報告の通りに、橋が落ちてから止まっていた物資が、昨日からガルムントに届きだした。ついでに、嫌なものまで届いたが。
「ユリアナ様、演習用の砲台建設は許可しましたが、その砲台から峠を攻撃できるなどとは聞いてはいませんぞ」
久しぶりに聞くグレゴリオの声は、やっぱり怒っていた。
「まあ、瓢箪から駒とか棚から牡丹餅とか結果オーライとか、そんな感じじゃな」
そんな私の軽い言葉を聞いたグレゴリオは深いため息をついて。
「ねらってましたね」
まあ、そうなのだが。
いいじゃないか。
このガルムントは、マウリスの将来を担う最重要拠点なのだぞ。
それなのに、コンラート伯爵とかに遠慮して、防衛陣地の一つも築かない方がおかしいだろう。
「コンラート伯爵には、私が説明に伺いますから……くれぐれも、これ以上余計な事はしないでください!」
うわあ……怒ってるなあ。
「いや、コンラート伯爵には……私から新型砲をプレゼントしたらイイかなとか……」
「ユリアナ様!」
はい、黙ります。
何もしません。
なんか、ごめんなさい。
「この上に、新しい砲台を造りたいとか?」
睨みながら問うグレゴリオに。
「複数の砲台からの十字砲火は、もっとも効果的な攻撃手段じゃ」
怖い顔のグレゴリオに、なんとか気押されないように睨み返して言い返すと。
「ユリアナ様は、このガルムントを難攻不落の要塞にするつもりですか?」
「実際に難攻不落の要塞などは無い。要塞の目的は『敵の戦意の抑止』と『敵の進行速度の制限』くらいじゃな」
「ごまかさないでいただきたい。このガルムントを要塞として、父上に弓を引くおつもりですか?」
なんだ、そんな事を心配していたのか?
「我が要塞としたいのは、マウリス全土じゃ」
「なっ……なにを言っておいでですか? このマウリスを侵す者なぞ」
「密偵がいたのだぞ? 宣戦布告無き侵略ではないか?」
「詭弁でございます!」
「では、何故このマウリスは外国に港を開いている?」
「なんの事です? 国と国との交流は大事でございますぞ」
「本当にそうか?」
戦争とは出会いの一種である、と言った者がいる。
まさに、そうだ。
自分と異なる者との出会いの一形態が戦争だ。
戦争によって互いの理解を深め、平和的な交流に至る出会いもあるが。戦争という出会いの結果が『異なる者の殲滅』であることも多い。
と、言うより多くの戦争の目的が『異なる者の殲滅』である事が多いのだ。
戦争を軍人の愚行に過ぎないと考える人の多くが『自分と異なる者を消したい』という人間の本質的な願望を無視している。
これは、人間の願望というよりは、生物の本質の一つかもしれない。
とはいえ、平和や平等を掲げて、自分と異なる考えの者を情報的に殲滅しようと行動するのは『情報による戦争』ではないのだろうか?
さておき。
異なる者の排除と同じく暮らす者の保護が集団単位の目的であるならば、集団単位の大きさは情報伝達の速度に依存する。
かなり乱暴な仮説だ。
だが、今はこれを採用する。
ゆえに、情報伝達速度の低い時代には、集団単位は小さくなる。
情報伝達速度の上昇が、集団単位を大きくする。
余談だが。
こう考えると、国家が封土の単位で行政をおこなってきた封建社会とは、情報伝達速度が低かったので最適な集団単位が小さかった。
それだけでは無いのだろうか?
さて、このマウリスにおける情報伝達速度であるが、国土の全てに早馬による伝令組織があり、王都の情報は最速三日以内で全ての貴族に伝わる。
普通の情報で一週間くらい。
服の流行とかでも一ヶ月で伝わる。
つまり、マウリス全土は一集団単位と考えて良い、と言える。
ひるがえって、マウリスと諸外国との情報伝達速度であるが。これが、かなり遅い。
大陸の戦争の勝敗情報でも一週間以内で伝われば上々で、ひどい時には一ヶ月以上のタイムラグがおこる。
他の情報はなおさらで、服の流行なぞは伝われないと考えてもよいくらいだ。
なれば、マウリスと諸外国は一集団単位とは考えられない。
さらに考えなくてはならないのは、マウリスの社会が成立する為に必要な物資はマウリス国内の生産で成立するのか? である。
答えは、成立する。
ここまで考えると、マウリスがとる最適な外交政策は『鎖国』である。
「まさか鎖国などの野蛮な事をお考えとは」
「他国を侵略しない。他国に侵略されない……平和でよい政策とは思わんのか?」
「国際情勢から取り残されますぞ」
「開国をしておっても、国際情勢とやらは伝わってこないではないか? 情報が必要なら、出島と領事館を置けばよい」
「乱暴すぎます」
「乱暴なのは、我が国の港に来訪する外国船の方ではないのか?」
などとグレゴリオと話していると。
「ただいま戻りました」
と、捜索の騎士の一団が戻ってきた。
「おい、どうしたッスか?」
ピョートル騎士団長が戻ってきた一団の一人に声をかけている。
どうやら相手は、以前に酒場で暴れた酔っ払いの副団長らしい。副団長は腕に包帯を巻いている。
「足を滑らしまして……面目ない」
「らしくないッスよ。大丈夫ッスか?」
「応急の手当てはしましたが、後で先生に診てもらいますよ」
先生とはアレクサンドルの事だろう。
「それより、奇妙な物を見つけました。どうも大陸の品のようで」
と、何かを取り出した副団長は、それをピョートルに見せるのだが。
「なんッスか、これ?」
「いや、私にも分からないので……」
と二人して困り顔であった。
「どうした? 何か見つけたのか」
私が声をかけると。
「いや、これなんですが」
副団長がピョートルの前に出て私に近づ件の品を見せた。それは手のひら収まるほどの小さな金属の筒であった。
なんだ?
万年筆のようでもあるが?
私は、よく見ようと体を前にだした。
すると、副団長が自然な仕草で、その金属筒を握りなおし、開口部を私の方に向けてくる。
その開口部には、はっきりとライフリングが見えた。
その時。
「おおおおううぅ!」
私の横で、熊が吼える様な絶叫がおこった。
それは丸顔騎士ライアの声であった。




