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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
22/98

辺境伯の息子

 砲撃を終えて、私と丸顔騎士はリンドナ峠が見える所まで出てきた。

 峠では、なんとか落ちた橋を渡った追撃の騎士たちが辺りを捜索している。

 すぐに見つかるだろうと思ったセリア密偵の遺体はなかなか見つからなかった。

「直撃を受けて蒸発した?」

 とか独り言を言ってみたのだが。

 そんなはずはなかった。

 密偵の乗っていた馬の死体はすぐに見つかったのだ。

 密偵が死んでいるなら遺体が見つかるはずだ。


 ……死んでいるなら、か……嫌な予感がするなあ。


 いかん!

 私の嫌な予感は妙に当たるのだ。

 こんな事で『嫌な予感』が働いては、本当に密偵が生きていることになるではないか!

 まあ、私の予感で死体が生き返るわけではないのだが。

 などと埒も無いことを考えていると。

 私の横で、丸顔騎士が雪を掘り返していた。

「何をしているのじゃ?」

 頭に雪を乗せた丸顔騎士は。

「おうおう、あったんだな」

 と、自分の掘った雪穴を指差している。

 どうやら、私に雪穴を覗いて見て欲しいようだ。

「ふむ……何かあるのか?」

 こんな所を掘っても地面しか見えないと思うのだが。

 覗いてみると、雪穴の底には茶色の地面と小さな黄色い花があった。

「なんと! 雪の下で花がさいていおるぞ」

 私が驚いて丸顔騎士の方を見ると、ニコニコ笑顔の丸顔騎士は。

「ユリアナの花なんだな」

 と言う。


 ユリアナ?

 それは私の名前だが……

 もしや、私の名前の元になった花か?


 私の名前は、亡き母がつけてくれたらしい。

 私が生まれた時の産辱で母は死んだので、私には母の記憶は無い。

 日本での「おかあちゃん」の記憶は、もちろんあるが。

 ユリアナは、日本の福寿草に似た花だ。

 マウリスの北方地方や山岳部に自生し、深い雪の下で花を咲かせる。

 北方部族では、春を告げる花として愛されている。

 北方部族出身の母は、この花が好きだったらしい。


「この花を、見せたかったのか?」

 丸顔騎士がこくこくと首肯する。

「そうか……はじめて見たぞ。可憐だが力強い花じゃな。見せてくれて嬉しく思うぞ」

「おうおう」

 丸顔騎士の声も弾んでいるよう。


 まだ捜索の続く峠を見ながら、私は丸顔騎士から貰った丸パンを食べていた。

 茶色い丸パンは少し固いが、噛んでいるとほのかに甘みがあった。

 

「ところで、先ほどの魔術の種を教えてはくれぬか?」

 私が聞くと、丸顔騎士は「何のこと?」と言う風に首をかしげる。

「あれじゃ! 雪の上を馬で走った秘密じゃ」

「おうおう。あれは雪の上じゃないんだな」

「何? 雪の上では無い?」

「おう、杭の上なんだな」

 杭の上?


 先ほど丸顔騎士の馬が走った跡を雪をだけてみると、そこには確かに杭が立っていた。

 杭は、一定の間隔で演習場の外郭を取り巻いている様子。

 私は、雪が降る前の演習場の様子を思い出してみる。演習場の周囲には、柵がめぐらされていた。

 柵は、一定の間隔で地面に打ち込まれた杭に横木を組んでつくれれたいる。

「まさか……あの柵の杭の頭を駆けてきたのか?」

「おうおう」

 丸顔騎士は軽く返事をするが。

 それはとんでもない離れ業だ。

 雪が降る前の柵の上を馬で駆ける事も、神業と言ってよい。

 その柵が深い雪で埋まって見えないのに、その上を駆けるなぞ。

 なんととんでもない男だろうか。

「おぬし、名前を教えてはくれぬか?」

 私が丸顔騎士に名を問うと。

「おう。ライアなんだな」

「ふむライアか、良い名じゃ……家名は何じゃ?」

 騎士なら家名があるはず。

 と言うか、騎士なら必ず貴族なのだから家名があって当たり前なのだが。

「あう……ォヶ…ン」

 なんだが声が小さいな。

「すまないが、聞こえなかった」

「……グ…ォ…ン……」

「……言いたくないのか」

 なんだか異様に困った顔の丸顔騎士。

「おぬしも騎士ならハッキリと答えるのじゃ!」

 と怒鳴ると。

「グロッケン!」

 と答えが返ってきた。

「……まさか……グロッケン獅子辺境伯の息子なのか」

 困り顔で首肯する丸顔騎士ことライア・グロッケン。


 獅子辺境伯ことアントン・グロッケン辺境伯は、マウリスの重鎮である。

 辺境伯と聞くと、うだつの上がらない地方役人みたいだが、現実は違う。

 通信手段の限られた世界では、武力対立や反乱が起こりやすい辺境地の統治を担うには強い権限が必要となる。

 それは、ほとんど独立国家並みの権限である。

 事実、グロッケン家の保有する武力は王家を凌駕しているし、徴税権も保有し、派兵の拒否権すら持っている。

 それくらいの権限がないと、辺境は統治できないのだ。


「しかし……似とらんなあ」

 思わず、そんな言葉がこぼれてきた。

「おう~」

 ライア騎士の声も困っていた。


 獅子辺境伯ことアントン・グロッケンは、厳つい体格ではあるが彫の深いハンサム老人だ。

 メリハリの無い丸顔では無い。

「アントン父上は言うんだな……」

 とライアは身の上を語りだした。


 アントン・グロッケンは、優秀な貴族であった。

 貴族が、するべきことは徹底的に実行した。

 それは、子作りにも反映された。

 正室の他にも妾やら愛人やらがたくさんいた。

 その他でも、気に入った女性がいたら、とにかくやっちゃう人物だった。

 そして、その後のフォローもちゃんとする人物であった。

 やっちゃった女に子どもができたら、養育費を出して育てた。

 大きくなって素質があるようなら、養子にしていた。

 アントンの息子たちは、現在でも十五人も生存している。戦争や疫病で死んだ者もいれると二〇人以上いるらしい。


 さて、そんなやられちゃった内の一人が、ライアの母上であった。

 グロッケン家の馬丁の娘で、当時は十三歳であった。

 ちなみに、当時のアントンは五〇を超えていた。

 アントン! それは犯罪だろう。

 さておき。

 アントンがやっちゃった後に生まれたライアであるが、養育費が払われたらしいが、容姿が似ていないので種が違うんじゃないかと思われていたらしい。養子の対象ではなかった。

 しかし、ライアが乗馬で天才的な技量が示してくると話が違った。

「これほどの才能は、私の種に違いない!」

 と確信したアントンはライアを養子に迎えた。

 当時のライアは六歳。

 母上は十九歳。


 いろいろイカンと思うが、貴族社会では珍しい話でもない。


「でも、僕はあまり父上が好きではないんだな。お兄様たちも好きではないんだな。だから逃げ出したんだな」

 馬に乗って逃げるライアを、だれも捕まえる事はできなかった。

 しかし、逃げ出しても母親の所に逃げることもできず、結局は帰るしかなかったのだが。

 そんなライアは、十三になって元服するとすぐに騎士になり、グロッケン家から出るとガルムント騎士団に入った。

「いろんな騎士団に行ったんだな。でも、入れてくれなかったんだな」

 貴族になっても、貴族の生活が嫌で逃げ出してばかりいたライアは、騎士としてのスキルに足りないものが多かった。

 と言うより、馬術の才以外は、ライアは庶民と同じだった。

「ここの騎士団は、やさしいだな。ぼくを入れてくれたんだな」

 うれしそうに話すライアだが。

「それは多分、人手不足だったんだろう」

 とは思ったが、口には出さなかった。


 そんな話をしていると、もう日が傾いていた。

 だが、まだ密偵の遺体は見つかっていない

「これは、いかんな」

 呟いた私は、山狩りを決心した。

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