ガルムント砲
峠道を一両の黒い馬車が進む。
シュミット商会の馬車であるが、乗っているのはセリア共和国の破壊工作員である。
一本道のリンドナ峠には、わき道や迂回道は無い。
その一本道の橋を、私は砲撃で落とした。
そして、後ろからは騎士団が追撃をしている。
もはや、破壊工作員に逃げ道は無い。
無いはずなのだが……
「なんだ、この気分は?」
こんな事では、あのスミスと名乗る男を止めることが出来ないと、私は感じていた。
縁起でもない予感だが、双眼鏡が捉えたシュミット商会の馬車の様子を見ると。どうやら、予感が当たりそうだ。
「あの馬車、止まる様子がありませんな」
私の横で、同じように双眼鏡を構える砲台指揮官が言った。
そうなのだ。
先の道が無くなっているのは見えているのに、シュミット商会の馬車は止まる様子がない。
「なんと! 馬車から馬に飛び移って……馬車を捨てるのか?」
馬から切り離された馬車が谷に落ちて砕けた。そして、馬車を捨てた御者は馬の速度を上げている。
そして、その速度で跳躍し、橋の壊れた部分を飛び越えてしまった。
やってくれる。
さすが、アスランの手駒だ。
「新型砲の用意をせよ」
私は砲台指揮官に命じる。
「ガルムント砲を、お使いになるのですか?」
「使う。新型砲弾も用意しておけ」
「了解であります」
指揮官は敬礼をすると、向き直り。
「ガルムント砲用意はじめぇ!」
「イエス、サー!」
兵の声が砲台に響いた。
ガルムント砲と呼ばれる新型砲は、長砲身先込め施条砲である。
地球では『ライット・システム』と呼ばれる大砲を、私が模倣して造った砲だ。
日本ではナポレオン砲とも呼ばれていた。(日本が幕末に使ったものは、ナポレオン砲をライットシステムに改造した大砲なのだが)
「砲弾込め方はじめ!」
巨大なドングリのような砲弾が運ばれてくる。
この大砲は、球形の円砲弾ではなく椎の実形の長砲弾を使う。
さて、流体の中を物体が高速で移動する時には、その形状によって抵抗が変わる。
抵抗は、物体の持つ移動エネルギーを奪う。
砲弾においては、この抵抗が大きいと、射程が短くなり威力が小さくなる。
球形とは、実は抵抗の大きな形状なのだ。
さらに、大砲の威力とは、砲弾が金属の塊である実体弾であるなば、つまり運動エネルギーなのだ。
運動エネルギーは「速度の2乗×質量」。
だから、砲弾は重い方が良い。
ならば砲弾は、球形よりも円筒形の方が重くする事が可能であるので有利となる。さらに、流体抵抗の低い流線型を取り入れたい。
必然的にドングリのような形の円筒形砲弾が出来上がる。
ところが、この砲弾を滑腔砲で撃つと、砲弾が横倒しになって飛翔してしまう。そのために、射程は短くなり着弾地点は大きく乱れる。
はっきり言って、球形砲弾の方がマシなのだ。
これは、長弾の空力中心が質量中心より前にあるので起こる現象だ。
改善方法は二つある。
一つは、空力中心と質量中心のバランスをとる方法。
これは、紙飛行機の先を重くすると真っ直ぐに飛ぶようになったり、弓矢の矢には羽がついていると同じ原理だ。
もう一つは、砲弾を回転させて安定させる方法。
これは、回転するコマが倒れないジャイロ効果である。
前者の方法は、現代地球では「APFSDS」で現実している。
後者が施条だ。
砲腔に斜めの溝を刻み、砲弾をこの溝に沿って回転させる事で、火薬からの運動エネルギーの一部を回転運動に変換して、砲弾にジャイロ効果を生じさせ砲弾の姿勢を一定にする。
ガルムント砲には、この施条砲だ。
さて、この施条に沿って砲弾を回転させる方法である。
砲尾(砲口の反対)から砲弾を詰める元込め砲なら、砲腔にピッタリの砲弾を込められ、摩擦抵抗で砲弾は回転する。軟らかい金属を砲弾の一部に使い、ライフリングに食い込ませて確実に回転させる方法もある。
しかし、先込め式では、あまりタイトな方法は不着火や停弾(大砲の中で砲弾が止まる事故)の対応が難しい。
そこで、ガルムント砲ではライット・システムに習い、砲弾に突起を付けて施条にはめ込む方法を採用した。つまり、施条の溝をレールにして砲弾を回転させるのだ。
この方法では、隙間があっても砲弾は回転するし。この隙間が装填を容易にし、事故弾の処理も簡単だ。
だが、威力の点ではロスがあるのは確か。
しかし、現時点のマウリスの技術力や兵の練度から見ても、この方法が最適と判断した。
逃走者の騎馬が山影から出て、こちらから見える峠道にさしかかる。
「撃てぇ!」
指揮官の号令で、ガルムント砲が吼える。
今までの十八ポンド野砲とよりも、遥かに重く力強い咆哮が、空と大地を揺るがした。
私の小さな体の中では、内臓が縮み骨が揺れた。
「さすがに……こたえるのぉ」
私は、放たれた砲弾ではなく、射撃を終わったガルムント砲を見た。
ガルムント砲は射撃位置から大きく後方へ移動している。
「駐退復座機は良好じゃな」
後方へ移動したガルムント砲には、次の装薬包と砲弾が装填される。
「着弾いま!」
観測員が叫ぶ。
私が、あわてて峠道を見ると。
峠道の手前の山の斜面で大きな噴火のような爆発が起こった。
「姫殿下、外しました。申し訳ございません」
指揮官が頭を垂れるが。
「よい。二千m超えの長距離砲撃じゃ、初弾が当たるものか」
「おそれいります」
「照準そのままで次弾を撃て」
放たれた次弾は、先ほどより高い弾道となり、峠道を越えて後ろの崖に当たる。
岩にめり込んだ砲弾は、その運動エネルギーで崖を砕き、多数の土砂や岩を弾き飛ばした。それは、逃走者の騎馬の直前で起こり、逃走者には無数の岩と石が襲い掛かる。
「しとめたか!」
と、一瞬思ったが。
土煙が晴れると、騎馬は平然と走っていた。
「しぶとい」
思わず、賞賛とも罵倒ともつかない言葉がこぼれた。
かくなる上は、アレしかあるまい。
「爆裂弾を装填せよ!」
ガルムント砲は長砲身砲である。
長砲身は、普通の状態ならば重力で少し下に垂れ下がったように撓む。
このズレは、目に見えない程の微小なものなのだが、精密砲撃の際には無視できない着弾の誤差となる。
そして、一発目を撃ち終わった砲は、砲撃の熱で膨張する。この熱膨張で、垂れ下がっていた砲身は、真っ直ぐに伸びる。
初弾よりも少し上に弾道がズレる。
私が、照準の修正をしなかったのは、このズレを見越しての事だ。
このズレを「熱ダレ」と呼ぶ。
さて、この熱ダレによる着弾のズレ、3発目以降はどうなるだろうか?
実は、砲によってズレ方が異なるのだ。
同じ設計で同一時期に鋳造した砲身でも、異なるズレが起こる。
つまり、全ての大砲には個性のようなズレが存在する。
それゆえ、現代地球の砲兵や戦車兵は、使い慣れた砲を手放すのを嫌うのだ。
ガルムント砲が三度吼えた。
修正は、砲手によって行われた。
今度の砲弾は、先ほどまでの実体弾ではなく、中に火薬が詰まった爆裂弾である。信管は着弾遅延発火。
私は、双眼鏡を構えなおして峠道を走る騎馬の姿を捉えた。
軽快に山道を疾走する騎馬の足元で光が起こったように見えた。
次の瞬間。
黒い塊が地面から膨らみ、馬を弾き飛ばすように空中に持ち上げる。
その黒い塊は、ドンドンと膨らむと、次第に球形から無数の突起を伸ばして栗のイガのようになる。
そして、突起に先が崩れはじめた時に、遠雷の様な着弾の爆裂音が響いた。
土煙の晴れた峠道は大きく抉られたようなクレーターが出来ていた。
そこには、動くものは無い。
「目標が消失しました」
指揮官の言葉に。
「うむ、よくやった」
と答えると。
「やったー」
「すごいぞ」
「うおー!」
砲兵たちから歓声が上がった。
リンドナ峠は、砲撃で数箇所が崩れ修復には数日が必要であった。
追撃に騎士が爆裂弾の跡を調査したが、そこには馬の死体があるだけで人のものは無かった。
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