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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
21/98

ガルムント砲

 峠道を一両の黒い馬車が進む。

 シュミット商会の馬車であるが、乗っているのはセリア共和国の破壊工作員である。

 一本道のリンドナ峠には、わき道や迂回道は無い。

 その一本道の橋を、私は砲撃で落とした。

 そして、後ろからは騎士団が追撃をしている。

 もはや、破壊工作員に逃げ道は無い。

 無いはずなのだが……


「なんだ、この気分は?」


 こんな事では、あのスミスと名乗る男を止めることが出来ないと、私は感じていた。

 縁起でもない予感だが、双眼鏡が捉えたシュミット商会の馬車の様子を見ると。どうやら、予感が当たりそうだ。

「あの馬車、止まる様子がありませんな」

 私の横で、同じように双眼鏡を構える砲台指揮官が言った。

 そうなのだ。

 先の道が無くなっているのは見えているのに、シュミット商会の馬車は止まる様子がない。

「なんと! 馬車から馬に飛び移って……馬車を捨てるのか?」

 馬から切り離された馬車が谷に落ちて砕けた。そして、馬車を捨てた御者は馬の速度を上げている。

 そして、その速度で跳躍し、橋の壊れた部分を飛び越えてしまった。


 やってくれる。

 さすが、アスランの手駒だ。


「新型砲の用意をせよ」

 私は砲台指揮官に命じる。

「ガルムント砲を、お使いになるのですか?」

「使う。新型砲弾も用意しておけ」

「了解であります」

 指揮官は敬礼をすると、向き直り。

「ガルムント砲用意はじめぇ!」

「イエス、サー!」

 兵の声が砲台に響いた。


 ガルムント砲と呼ばれる新型砲は、長砲身先込め施条砲である。

 地球では『ライット・システム』と呼ばれる大砲を、私が模倣して造った砲だ。

 日本ではナポレオン砲とも呼ばれていた。(日本が幕末に使ったものは、ナポレオン砲をライットシステムに改造した大砲なのだが)


「砲弾込め方はじめ!」


 巨大なドングリのような砲弾が運ばれてくる。

 この大砲は、球形の円砲弾ではなく椎の実形の長砲弾を使う。


 さて、流体の中を物体が高速で移動する時には、その形状によって抵抗が変わる。

 抵抗は、物体の持つ移動エネルギーを奪う。

 砲弾においては、この抵抗が大きいと、射程が短くなり威力が小さくなる。

 球形とは、実は抵抗の大きな形状なのだ。

 さらに、大砲の威力とは、砲弾が金属の塊である実体弾であるなば、つまり運動エネルギーなのだ。

 運動エネルギーは「速度の2乗×質量」。

 だから、砲弾は重い方が良い。

 ならば砲弾は、球形よりも円筒形の方が重くする事が可能であるので有利となる。さらに、流体抵抗の低い流線型を取り入れたい。

 必然的にドングリのような形の円筒形砲弾が出来上がる。

 ところが、この砲弾を滑腔砲で撃つと、砲弾が横倒しになって飛翔してしまう。そのために、射程は短くなり着弾地点は大きく乱れる。

 はっきり言って、球形砲弾の方がマシなのだ。

 これは、長弾の空力中心が質量中心より前にあるので起こる現象だ。


 改善方法は二つある。


 一つは、空力中心と質量中心のバランスをとる方法。

 これは、紙飛行機の先を重くすると真っ直ぐに飛ぶようになったり、弓矢の矢には羽がついていると同じ原理だ。

 もう一つは、砲弾を回転させて安定させる方法。

 これは、回転するコマが倒れないジャイロ効果である。


 前者の方法は、現代地球では「APFSDS」で現実している。

 後者が施条ライフリングだ。

 砲腔に斜めの溝を刻み、砲弾をこの溝に沿って回転させる事で、火薬からの運動エネルギーの一部を回転運動に変換して、砲弾にジャイロ効果を生じさせ砲弾の姿勢を一定にする。

 ガルムント砲には、この施条砲だ。

 さて、この施条に沿って砲弾を回転させる方法である。

 砲尾(砲口の反対)から砲弾を詰める元込め砲なら、砲腔にピッタリの砲弾を込められ、摩擦抵抗で砲弾は回転する。軟らかい金属を砲弾の一部に使い、ライフリングに食い込ませて確実に回転させる方法もある。

 しかし、先込め式では、あまりタイトな方法は不着火や停弾(大砲の中で砲弾が止まる事故)の対応が難しい。

 そこで、ガルムント砲ではライット・システムに習い、砲弾に突起を付けて施条にはめ込む方法を採用した。つまり、施条の溝をレールにして砲弾を回転させるのだ。

 この方法では、隙間があっても砲弾は回転するし。この隙間が装填を容易にし、事故弾の処理も簡単だ。

 だが、威力の点ではロスがあるのは確か。

 しかし、現時点のマウリスの技術力や兵の練度から見ても、この方法が最適と判断した。


 逃走者の騎馬が山影から出て、こちらから見える峠道にさしかかる。

「撃てぇ!」

 指揮官の号令で、ガルムント砲が吼える。


 今までの十八ポンド野砲とよりも、遥かに重く力強い咆哮が、空と大地を揺るがした。

 私の小さな体の中では、内臓が縮み骨が揺れた。

「さすがに……こたえるのぉ」

 私は、放たれた砲弾ではなく、射撃を終わったガルムント砲を見た。

 ガルムント砲は射撃位置から大きく後方へ移動している。

「駐退復座機は良好じゃな」

 後方へ移動したガルムント砲には、次の装薬包と砲弾が装填される。

「着弾いま!」

 観測員が叫ぶ。

 私が、あわてて峠道を見ると。

 峠道の手前の山の斜面で大きな噴火のような爆発が起こった。

「姫殿下、外しました。申し訳ございません」

 指揮官が頭を垂れるが。

「よい。二千m超えの長距離砲撃じゃ、初弾が当たるものか」

「おそれいります」

「照準そのままで次弾を撃て」


 放たれた次弾は、先ほどより高い弾道となり、峠道を越えて後ろの崖に当たる。

 岩にめり込んだ砲弾は、その運動エネルギーで崖を砕き、多数の土砂や岩を弾き飛ばした。それは、逃走者の騎馬の直前で起こり、逃走者には無数の岩と石が襲い掛かる。


「しとめたか!」

 と、一瞬思ったが。

 

 土煙が晴れると、騎馬は平然と走っていた。


「しぶとい」

 思わず、賞賛とも罵倒ともつかない言葉がこぼれた。

 かくなる上は、アレしかあるまい。

「爆裂弾を装填せよ!」



 ガルムント砲は長砲身砲である。

 長砲身は、普通の状態ならば重力で少し下に垂れ下がったように撓む。

 このズレは、目に見えない程の微小なものなのだが、精密砲撃の際には無視できない着弾の誤差となる。

 そして、一発目を撃ち終わった砲は、砲撃の熱で膨張する。この熱膨張で、垂れ下がっていた砲身は、真っ直ぐに伸びる。

 初弾よりも少し上に弾道がズレる。

 私が、照準の修正をしなかったのは、このズレを見越しての事だ。

 このズレを「熱ダレ」と呼ぶ。

 さて、この熱ダレによる着弾のズレ、3発目以降はどうなるだろうか?

 実は、砲によってズレ方が異なるのだ。

 同じ設計で同一時期に鋳造した砲身でも、異なるズレが起こる。

 つまり、全ての大砲には個性のようなズレが存在する。

 それゆえ、現代地球の砲兵や戦車兵は、使い慣れた砲を手放すのを嫌うのだ。



 ガルムント砲が三度吼えた。


 修正は、砲手によって行われた。

 今度の砲弾は、先ほどまでの実体弾ではなく、中に火薬が詰まった爆裂弾である。信管は着弾遅延発火。

 私は、双眼鏡を構えなおして峠道を走る騎馬の姿を捉えた。

 軽快に山道を疾走する騎馬の足元で光が起こったように見えた。

 次の瞬間。

 黒い塊が地面から膨らみ、馬を弾き飛ばすように空中に持ち上げる。

 その黒い塊は、ドンドンと膨らむと、次第に球形から無数の突起を伸ばして栗のイガのようになる。

 そして、突起に先が崩れはじめた時に、遠雷の様な着弾の爆裂音が響いた。


 土煙の晴れた峠道は大きく抉られたようなクレーターが出来ていた。

 そこには、動くものは無い。


「目標が消失しました」

 指揮官の言葉に。

「うむ、よくやった」

 と答えると。

「やったー」

「すごいぞ」

「うおー!」

 砲兵たちから歓声が上がった。



 リンドナ峠は、砲撃で数箇所が崩れ修復には数日が必要であった。

 追撃に騎士が爆裂弾の跡を調査したが、そこには馬の死体があるだけで人のものは無かった。

5/8 文末を変更しました。

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