東の砲台
ガルムントの城壁は、本格的な城壁では無い。
土と石に丸太を組み合わせた簡易城壁だ。 高さは、高いところで五m、低い所は三m。
城壁の外は、周囲を一mほど掘って空堀とし、その掘った土は空掘の外に1mほど盛り上げて土塁としている。
よって、城壁の低い所と土塁との高低差は二mとなる。
二mの高さだけならば馬でも飛べるのだが、その間には六mほどの距離がある。
この距離を飛ぶとなると、相当の……いや、天才級の馬術技量が必要だ。それも、鞍に余計な荷物を乗せているとあっては。
「ら……ら……らめぇえ~~ぇ!」
その余計な荷物である私は、恥ずかしい悲鳴を上げていた。
城壁から騎馬で飛んだ私たちは、見事に土塁の上に着地し、勢いをそのままに道に降りるとそのまま駆けていった。
「おうおう、上手にできたんだな」
丸顔の騎士は、嬉しそうに笑っている。
上手くてきたって……失敗するかもしれなっかたのか!
いや、最短で急げと言ったのは私だ。
今、最重要なのは時間だ。
少々の危険ならば、冒す価値はある。
だが……次は、事前にちょとは相談して欲しい。
ちょっと……漏れたし……。
いや……いいけど……。
城壁の周囲を回る道から、東の砲台が見える位置まで来たところで、私は騎士に停止を命じた。
「姫様は、急いでるのではないのかな?」
丸顔の騎士が言うが。
「急ぐゆえじゃ」
と言い放ち、懐から信号弾銃を取り出す。
「おう、それは鉄砲なんだな?」
「そうじゃ」
本当は、ちょっと違うが。まあ、同じようなものだ。
「お主とこの馬は、銃声は大丈夫か」
「おうおう、大丈夫なんだな」
ガンシャイの有無を聞いたが、心配は無いようだ。
「ならば、安心じゃ」
言うと、私は信号弾銃を天に向けて放つ。
大砲や銃のとは違う、軽い音が響く。
銃口から煙を引いて信号弾が天に向かい、天中で『パン』と大量の煙を伴って爆ぜる。
「おう? 鉄砲とは、違うんだな」
丸顔の騎士が信号弾を見て呟いたので。
「合図のための特別な鉄砲じゃ」
と、答える。
さて、すでに東の砲台が見える地点まで来ている。ここからならば、すこし進んだ道から十分とかからずに東の砲台へ着けるだろう。
「待たせてのう。では、東の砲台へ急げ」
「では、行くんだな」
丸顔の騎士が馬を進めるのだが。
「おい! どこへ行く」
丸顔の騎士は、馬を東の砲台への道へ向けず。なんと、道から外れ雪原の方向へと向かう。
たしかに、直線距離ならば、その方向が最短距離だ。しかし、まだ深い雪が残っている。
いかに馬の走破力があろうと、深い雪の中では立ち往生する。
少々遠回りでも、除雪をしている道を進むほうが早い。
「なにをしておる! 道にもどれ」
騎士を怒鳴るが。
「大丈夫なんだな」
と、平気な顔。
だが、私の心配を他所に、馬は雪に沈む気配が無い。
「……なに?」
馬は少しだけ蹄を雪に沈め、まるで固い大地を踏みしめるように軽快に駆けてゆく。
どういう事だろうか?
深い雪があると思ったのは、私の思い違いだったのだろうか?
ここには、薄い雪しかないのか?
だが、周囲の木の様子からは一m以上の積雪があるように思える。
「ええい! 早く着けるのならば、かまうものか」
そうだ。
いま重要なのは、東の砲台に一刻も早く着けることだ。
なんと、私は工房から五分ほどで東の砲台に着いていた。
「責任者は誰か!」
「自分であります」
突然の訪問にも関わらず、砲台の指揮をしている士官が迎えた。
「臨戦待機とは、何事でありますか?」
私が先に打ち上げた信号弾は各部署に『臨戦待機』を命じるものだ。
「敵を討つ。砲をリンドナ峠に向けよ」
「なっ……了解しました。リンドナ峠へ砲口を指向いたします」
「それと、城門に通信だ」
リンドナ峠はガルムントと外界を繋ぐ唯一の道。
それ以外の道は、深い谷と断崖によって閉ざされている。
「旋回はじめぇ!」
指揮官の声が響くと、砲台に設置されたボイラーからの蒸気が蒸気ピストンに導かる。
重い唸りをあげて蒸気ピストンのロッドが歯車を押し、大砲を支える巨大なリング状の台座を回す。
ゆっくりと大砲の砲口が演習場の方向から峠の方向へと動く。
「姫殿下、城門からの通信であります」
「うむ」
私は、平文に解読された通信文を読む。
まだ電気が実用していないこの世界では、通信は、伝令を走らせるか手旗や発光信号が主になる。
ガルムントの各要所は腕木信号機が備えられ、通信を行う。
腕木通信機は、手旗信号を機械仕掛けで行うカラクリである。
こちらから送った通信は。
『ユリアナの命である。城門を閉ざせ。騎士団はシュミット商会の者を拘束せよ』
である。
そして、その返事が今届いた。
『城門閉鎖完了。シュミット商会はすでに出発している。騎士追撃準備中』
すでに出ているか。
想定内だが、やはり素早いな。
「城門に通信じゃ『騎士はシュミット商会をの身柄を確保。生死不問』と送れ」
その言葉を聞いた通信兵が、数本のレバーを操って腕木信号機を操作している。
私は、分厚い扉をくぐり砲塔内に入る。
砲塔内には二基の大砲が据えられている。
一基は、セリア共和国軍が使う十八ポンド野砲のコピー品。
青銅製の先込め式、ライフリングの無い滑腔砲である。砲弾は鋳鉄球を使う。
野砲として使うならば車輪を付けた砲架に乗せて運用するのだが、要塞砲として使うので試作の駐退復座機に乗せている。
双眼鏡で峠道に人影が無いことを確認して、私は峠の木橋を指し。
「あの橋を落とせ」
と命じた。
「よろしいので?」
一応、指揮官は確認してきたが。
「国の大事じゃ。急げ」
「了解しましたぁ!」
私の命を受けた指揮官は、声高に命令を下す。
「十八ポンド砲用意! 目標、峠の木橋。方位確定、測距はじめ」
観測員が測距儀で距離を測定し、歯車計算機で仰角を算定する。照準手が砲の方位を固定。その間に距離から算定された砲薬包が砲口から装填され、続いて砲弾が込められた。
私は指揮官に促されて退避壕へ行く。
摩擦信管をセットすると。
「込め方よろし」
「信管よろし」
「照準よろし」
「砲撃準備よろし!」
気味の良い声が響く。
「撃ち方はじめ」
十八ポンド砲が吼えた。
重い発射音を響かせた砲は、砲弾を発射した砲身が反作用で後方へと砲座のレールに乗って後ろに下がる。
だが、その力はバネと油によって徐々に減速して止まる。
駐退復座機は上手く作動しているようだ。
「着弾、いま!」
深い谷に隔てられた峠道の木橋が、砲弾を受けて粉々に砕けた。
「ほう、初弾を当てるか」
「距離も近いですから」
「それにしても、見事じゃ」
私の言葉に指揮官の顔が綻ぶ。
その時、山影から馬車が姿を現した。
その馬車には、シュミット商会の紋章が見えた。




