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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
20/98

東の砲台

 ガルムントの城壁は、本格的な城壁では無い。

 土と石に丸太を組み合わせた簡易城壁だ。 高さは、高いところで五m、低い所は三m。

 城壁の外は、周囲を一mほど掘って空堀とし、その掘った土は空掘の外に1mほど盛り上げて土塁としている。

 よって、城壁の低い所と土塁との高低差は二mとなる。

 二mの高さだけならば馬でも飛べるのだが、その間には六mほどの距離がある。

 この距離を飛ぶとなると、相当の……いや、天才級の馬術技量が必要だ。それも、鞍に余計な荷物を乗せているとあっては。


「ら……ら……らめぇえ~~ぇ!」


 その余計な荷物である私は、恥ずかしい悲鳴を上げていた。


 城壁から騎馬で飛んだ私たちは、見事に土塁の上に着地し、勢いをそのままに道に降りるとそのまま駆けていった。

「おうおう、上手にできたんだな」

 丸顔の騎士は、嬉しそうに笑っている。

 上手くてきたって……失敗するかもしれなっかたのか!

 いや、最短で急げと言ったのは私だ。

 今、最重要なのは時間だ。

 少々の危険ならば、冒す価値はある。


 だが……次は、事前にちょとは相談して欲しい。


 ちょっと……漏れたし……。


 いや……いいけど……。


 城壁の周囲を回る道から、東の砲台が見える位置まで来たところで、私は騎士に停止を命じた。

「姫様は、急いでるのではないのかな?」

 丸顔の騎士が言うが。

「急ぐゆえじゃ」

 と言い放ち、懐から信号弾銃を取り出す。

「おう、それは鉄砲なんだな?」

「そうじゃ」

 本当は、ちょっと違うが。まあ、同じようなものだ。

「お主とこの馬は、銃声は大丈夫か」

「おうおう、大丈夫なんだな」

 ガンシャイの有無を聞いたが、心配は無いようだ。

「ならば、安心じゃ」

 言うと、私は信号弾銃を天に向けて放つ。

 大砲や銃のとは違う、軽い音が響く。

 銃口から煙を引いて信号弾が天に向かい、天中で『パン』と大量の煙を伴って爆ぜる。

「おう? 鉄砲とは、違うんだな」

 丸顔の騎士が信号弾を見て呟いたので。

「合図のための特別な鉄砲じゃ」

 と、答える。


 さて、すでに東の砲台が見える地点まで来ている。ここからならば、すこし進んだ道から十分とかからずに東の砲台へ着けるだろう。

「待たせてのう。では、東の砲台へ急げ」

「では、行くんだな」

 丸顔の騎士が馬を進めるのだが。

「おい! どこへ行く」

 丸顔の騎士は、馬を東の砲台への道へ向けず。なんと、道から外れ雪原の方向へと向かう。

 たしかに、直線距離ならば、その方向が最短距離だ。しかし、まだ深い雪が残っている。

 いかに馬の走破力があろうと、深い雪の中では立ち往生する。

 少々遠回りでも、除雪をしている道を進むほうが早い。

 

「なにをしておる! 道にもどれ」

 騎士を怒鳴るが。

「大丈夫なんだな」

 と、平気な顔。


 だが、私の心配を他所に、馬は雪に沈む気配が無い。

「……なに?」

 馬は少しだけ蹄を雪に沈め、まるで固い大地を踏みしめるように軽快に駆けてゆく。

 どういう事だろうか?

 深い雪があると思ったのは、私の思い違いだったのだろうか?

 ここには、薄い雪しかないのか?

 だが、周囲の木の様子からは一m以上の積雪があるように思える。


「ええい! 早く着けるのならば、かまうものか」

 そうだ。

 いま重要なのは、東の砲台に一刻も早く着けることだ。

 

 なんと、私は工房から五分ほどで東の砲台に着いていた。

「責任者は誰か!」

「自分であります」

 突然の訪問にも関わらず、砲台の指揮をしている士官が迎えた。

「臨戦待機とは、何事でありますか?」

 私が先に打ち上げた信号弾は各部署に『臨戦待機』を命じるものだ。

「敵を討つ。砲をリンドナ峠に向けよ」

「なっ……了解しました。リンドナ峠へ砲口を指向いたします」

「それと、城門に通信だ」

 リンドナ峠はガルムントと外界を繋ぐ唯一の道。

 それ以外の道は、深い谷と断崖によって閉ざされている。

「旋回はじめぇ!」

 指揮官の声が響くと、砲台に設置されたボイラーからの蒸気が蒸気ピストンに導かる。

 重い唸りをあげて蒸気ピストンのロッドが歯車を押し、大砲を支える巨大なリング状の台座を回す。

 ゆっくりと大砲の砲口が演習場の方向から峠の方向へと動く。

「姫殿下、城門からの通信であります」

「うむ」

 私は、平文に解読された通信文を読む。

 まだ電気が実用していないこの世界では、通信は、伝令を走らせるか手旗や発光信号が主になる。

 ガルムントの各要所は腕木信号機が備えられ、通信を行う。

 腕木通信機は、手旗信号を機械仕掛けで行うカラクリである。

 こちらから送った通信は。

『ユリアナの命である。城門を閉ざせ。騎士団はシュミット商会の者を拘束せよ』

 である。

 そして、その返事が今届いた。

『城門閉鎖完了。シュミット商会はすでに出発している。騎士追撃準備中』

 すでに出ているか。

 想定内だが、やはり素早いな。

「城門に通信じゃ『騎士はシュミット商会をの身柄を確保。生死不問』と送れ」

 その言葉を聞いた通信兵が、数本のレバーを操って腕木信号機を操作している。

 私は、分厚い扉をくぐり砲塔内に入る。

 砲塔内には二基の大砲が据えられている。

 一基は、セリア共和国軍が使う十八ポンド野砲のコピー品。

 青銅製の先込め式、ライフリングの無い滑腔砲である。砲弾は鋳鉄球を使う。

 野砲として使うならば車輪を付けた砲架に乗せて運用するのだが、要塞砲として使うので試作の駐退復座機に乗せている。

 双眼鏡で峠道に人影が無いことを確認して、私は峠の木橋を指し。

「あの橋を落とせ」

 と命じた。

「よろしいので?」

 一応、指揮官は確認してきたが。

「国の大事じゃ。急げ」

「了解しましたぁ!」

 私の命を受けた指揮官は、声高に命令を下す。

「十八ポンド砲用意! 目標、峠の木橋。方位確定、測距はじめ」

 観測員が測距儀で距離を測定し、歯車計算機で仰角を算定する。照準手が砲の方位を固定。その間に距離から算定された砲薬包が砲口から装填され、続いて砲弾が込められた。

 私は指揮官に促されて退避壕へ行く。

 摩擦信管をセットすると。

「込め方よろし」

「信管よろし」

「照準よろし」

「砲撃準備よろし!」

 気味の良い声が響く。

「撃ち方はじめ」

 

 十八ポンド砲が吼えた。


 重い発射音を響かせた砲は、砲弾を発射した砲身が反作用で後方へと砲座のレールに乗って後ろに下がる。

 だが、その力はバネと油によって徐々に減速して止まる。

 駐退復座機は上手く作動しているようだ。


「着弾、いま!」


 深い谷に隔てられた峠道の木橋が、砲弾を受けて粉々に砕けた。


「ほう、初弾を当てるか」

「距離も近いですから」

「それにしても、見事じゃ」

 私の言葉に指揮官の顔が綻ぶ。


 その時、山影から馬車が姿を現した。

 その馬車には、シュミット商会の紋章が見えた。

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