西の館
「これは姫殿下、ご機嫌うるわしゅう」
慇懃に、家臣の礼をとるのは、鉱山領を管理する代官のグレゴリオ。
王家に代わってガルムントを治めていた。
有能で誠実な理想の代官だ。
不正やら横領の一つもあれば従わすのは簡単だが、無理だろう。
私の監視も兼ねているのだろうから、用心しなければな。
「これから世話になる、グレゴリオ。お前の仕事の邪魔をしないように勝手にやるから、よろしく頼むぞ」
「……邪魔をしないように、勝手にですか?」
「うむ。そうだ、勝手にやる」
空中で私の視線とグレゴリオの視線が衝突する。
私も視線を外さないし、グレゴリオも外さない。
「あの、あの……姫様、お疲れですよね。ですよね」
ハンナがオロオロと声をかける。
「そうですな。長旅のお疲れも知らず、ご無礼をはたらきました。ご容赦ください」
一礼するとグレゴリオは下がってゆく。
さて、グレゴリオをコチラに引き入れないと、これからの事はやりにくい。
下手をすれば、本当に幽閉されてしまうかも。
グレゴリオの人柄を知る必要がある。
そんな事を考えながら、私の新しい住まいである西の館に向かう途中に、気になる小屋があった。
私は、後の事をハンナに任せて、その小屋へと入っていった。
その小屋は、独特な異臭があった。
「これは……病院なの?」
腕の無い者、足が腐った者、頭を包帯に包まれ虚ろな瞳で座る者。
石の床に干草を積んだベッドに二十人は居そうな病人が横たえられており、介護をする女たちが忙しく働いている。
「意外ね」
正直な感想が、唇からこぼれた。
側らに積まれた包帯を一つ取り上げ。
「ダメだな」
と呟き、介護の女を呼び止めて指示をだした。
「えっ! なぜ、そんな事を?」
訝しく思う女に。
「王族の命令が聞けんのか」
と、不本意ながら王家の威光を示して有無を言わさずに命令を下す。
「何をなさっておられるか!」
後ろから固い声がかかる。
「おお、グレゴリオか。早いな」
私がここを訪れたとの知らせを受けて、あわてて走ってきたのだろうグレゴリオの肩は激しく上下している。
「いや、ちょっと気になったので覗いただけだ。邪魔をした」
私は、ヒラヒラと手を振って病院を後にした。
「これは、やりようがあるやも知れんな」
と一人呟き、私は西の館へと向かった。