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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
18/98

武器商人

「この度は災難に遭われましたとか。お見舞い申し上げます、姫殿下」

 私の前にいるのは、セリア共和国の商人ギース商会の番頭アンリである。

 なんだか、無駄にフェロモンを振りまく耽美な美中年男だ。


「新型火薬を開発上の事故じゃ。必要なリスクなのでな、気にするな。成果もあったのでな」

「それは……ようございました」

 少し食いついたようだ。

 新型火薬ってワードが効いたのだろう。

 

 この後、硝石の販売交渉となるが。

「この量では、セリアの農民は困ってしまいますよ。とても足りない」

「そうは言われてもなあ。我は委員会の決定に従うだけであるのでなあ」

 委員会とは、件の火薬・硝石の輸出に関する規制委員会。

 この決定によって、セリア共和国への輸出量は半分に減ってしまった。それも、猶予処分で、最終的には十分の一まで減る予定である。

「セリアの人口は増えています。食料の増産は急務なのですよ」

 肥料に使う硝石で火薬を製造していたくせに、よく言う。


 しかし、セリア共和国の人口が増えているのは事実らしい。

 戦争中の方が、平時より人口が増える事がある。地球の旧○連でも、大祖国戦争中に同じ事が起こった。

 戦争においては、兵士である国民の価値が上がる。ゆえに、国は国民を大切にする。

 実に分かりやすい。


 ここで火薬云々を出して交渉するのも手だが、それを出すのは、ここでは適当ではない。


「こちらとしては、委員会が承認した出荷分に関しての納期と品質に関してはお答えできぬのだがな」

「委員会の決定を変更する権限は、お持ちではないと?」

 ギース商会のアンリが探るように尋ねるが。

「残念ながら、その通りじゃ」

「とても残念そうなお顔には見えませんが?」

「表情が乏しいかのぉ。愛想を良くせよと、よく言われるのじゃ」

 私の軽口に乾いた笑顔で答えるアンリであったが。その目は笑っていなかった。

 これは、委員会のメンバーに圧力をかける算段でもしているに違いない。

「まあ、そんな訳での。納期と品質は今まで通りを約束しよう。我に出来るには、それだけじゃ」

「……そうですか。出荷量に関しては、帝都の委員会に交渉するとしましょう」

「うむ、そう願うしかないのぉ」

 ここで交渉は終わるように見えたが。

「ところで、私どももお売りしたい商品があるのですが?」

 と、アンリが切り出してきた。

「ふむ、我に売りたいと? 何じゃ」

「大砲でございますよ。姫殿下」

 そう来たか。

「ほう、それは興味深いな。詳しく聞かせてくれぬか?」

「喜んで!」



「ふむ、なかなかに参考になる話であるが……購買意欲を刺激してくれるような話では無いのぉ」

 しばらく、アンリの話を聞いた私は、ぼやく様に言った。 

「なんですと! 大砲に興味がお在りとばかり思っておりましたが」

 このアンリの反応も、当然のもの。

「もちろん、興味はある。我が手にしている大砲より優れた大砲があるのならば……で、あるがのぉ」

 しばらく、黙っていたアンリは。

「それは……あなたの持つ大砲の方が優れていると?」

「一概には、そうは言えんがな。兵器と言う物は、その総合的なバランスが大事じゃ。ただ威力があれば良いと言うものでは無い。お主が売り込む大砲の砲齢は、どれほどかな?」

「……砲齢ですか?」

 砲齢とは、大砲が撃った弾の数を言う。

 この数が一定を超えた砲は砲身の交換が必要になる。

 それは大砲が、射撃の度に砲身の内側が磨り減ってゆくからなのだ。

 大砲が一品造りの工芸品的な武器であるのならば、磨り減った砲身に合わせて砲弾をつくり、砲身が火薬の爆圧に耐えるられる限界まで使えばよい。

 だが、近代戦ともなると、大砲も規格が必要になる。

 古い砲でも、規格品の弾を新品の砲と同じくらいには撃てなくてはならない。

「それに、大口径に火薬を大量に詰め込めば、威力も増すがな。牛十頭で牽かなければ移動が出来ない重さでは、攻城にしか使えんぞ!」

 言ってしまえば、ギース商会が売り込んで来た大砲は『青銅の巨砲』こと『オルバン砲』。

 かのコンスタンチノープルの二重城壁を破壊した、重さ二〇t 全長四mの攻城砲。

 火薬仕掛けの破城槌である。

「これはしたり! この砲を知った方は、どなたも喜んでくださいましたよ」

「それは、そうだろう。貴族にとっては、得がたい兵器じゃからなぁ」

 アンリの嘆きを、私はさえぎった。


 貴族とは騎士を運用する組織だ。

 そして、騎士とは、開けた平地での戦闘で威力を発揮する兵器であり。実のところ、城を攻めるには不向きな兵器なのだ。

 ゆえに、貴族は効果的な城攻めの兵器を求める。

 それが強力な兵器でも、城攻めにしか使えないのならば、貴族の存在を脅かさない。

 実際、地球でも中世には攻城兵器としての大砲と野戦兵器としての騎士が共存していた時代がある。


「では、ユリアナ姫殿下が求める大砲とは、如何なものでありますか」

「我の求めるのは、野戦で騎士を蹂躪できる大砲じゃ」

「……それは……しかし」

 アンリが言いよどむが。

「セリアには、あるだろう?」

 と、畳み掛ける。

 実際に、私はセリア製の十八ポンド野戦砲を非合法に取得している。

 黙るアンリに。

「ああ、そうか。そちのだけの判断では、売ることが出来んかもしれんなあ。これは失礼をしたなぁ」

 私は、白々しくも相手の事を思いやるようなセリフをはいて。

「しかるべき筋に伺いをたててはくれぬかなぁ。我は、野戦で使える大砲が欲しいのじゃ」

 と、アンリにせまる。

「……このお話、持ち帰らせていただきたくぞんじます」

 苦しそうに呟くアンリ。

「そうか。よい返事を待っているぞ」

 そう言って、私はアンリを帰した。




 セリア共和国の商人アンリが帰った後、ハンナの入れてくれた茶を飲みながら、私は今の商談で得た情報を整理してみた。



 セリア共和国は、情報操作によって貴族をミスリードしようとしている。

 実のところ、マウリスに入ってくる大陸の戦争の情報も、偏りがあるのだ。

 セリア共和国アスラン総帥が新戦術と新兵器で大陸の半分を手中に治めようとしている。

 その新兵器の一つが大砲だ。

 大砲の威力は凄まじい!


 ここまでは良い。


 だが、具体的な大砲の使い方が流れてこないのだ。

 大砲は野戦兵器のようでもあり攻城兵器のようでもある。そんな伝わり方だ。

「いや、どちらかと言えば、攻城兵器のような伝聞が多いな」

 私の唇から言葉がもれる。


 曰く、○○城の強固な城壁を一撃で崩した。

 曰く、××市の城門を一夜で突破した。


 こんな話ばかりが伝わってくる。


 では、セリアは大砲を攻城戦を主として使っているのか?

 それは、否だ。


 攻城を目的にすれば、自ずと大砲は巨大になる。

 移動が困難なほどに重くなる。


 だが、ゲルダが贈ってくれた大砲は、機動性と威力のバランスが取れた、野戦で使うに十分なものだった。


「では、グレタが二重スパイで私に間違った情報を与えている?」


 それも、否だ。

 

 私とて、独自の情報網は持っている。

 そこから得られる情報とグレタからの情報を照合しても、グレタの情報に意図的な作為は感じない。


 なれば、セリア共和国は意図して、情報を操作している。

 そして、『大砲は城攻めの兵器だ』との思い込みを、周辺の貴族に刷り込もうとしているのだ。

 

「たちが悪いことをする」


 ある貴族がセリアの戦争を見て『戦が変わる』と意識した。

 それを意識しても『変わるのは城攻めだけだ』と思ったらどうだろうか?

『火薬の登場で変わるのは城攻めだけ。野戦を戦う騎士には関係ないから。騎士は変わらなくてよい』

 と思ったら?


 そう思った貴族は、せっせと城攻め用の大砲と火薬を購入する。

 せっせと、大砲を使った城攻めの演習をする。

 だが、騎士の演習は、あいも変わらず一列横隊のチャージだけ。


「騎士の本領が突破力であるとは言え、それだけではなあ」


 これは、少々急いだ方が良いかもしれない。


 真に購入すべき兵器を見誤り、真に見直すべき戦を見誤れば、得をするのは敵なのだ。


 そんな事を思っていると、今度はセリア王国の商人と会う時間が迫っていた。

青銅の巨砲をオルバン砲として重さを二〇トンに変更。

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