販売活動
また車椅子生活に戻った私は、引きこもり生活に戻った。
いや、日本では無職になってから引きこもっていたから、引きこもりはプロのつもりなのだが。
「しかし、本当に動けないと……なんとも苦痛じゃなあ」
インターネットが無いと、こんなにも『暇』が苦痛とは思わなかった。
しかたがないので、試作品の砲隊鏡で周囲の風景を眺める事にした。
砲隊鏡は、塹壕に入りながら周囲の状況を調べられる一種の潜望鏡型の双眼鏡だ。カニ眼鏡とか塹壕鏡とも呼ばれている。
双眼鏡なのだが、大型で手で保持するのは困難。
なのでマウントに固定して使う。
「ふむ……あまり、他人の家を覗いては失礼であろうなあ」
とか言いながら、焦点を西の館の現場へと合わせる。
爆発で半壊した西の館は、現在修復中だ。
基礎の一部も壊れているので、ほとんど新築と変わらないのだが。柱などの構造建材は再利用されるようだ。
「なんだか、余計に手間がかかりそうなものだが……」
しかし、職人の手間より建材の方が高価な世界である。この対応は、正解なのだろう。
「まあ、なんにしろ……壊して、ごめんなさい」
一人で謝っているあたり、どうなんだろうか?
気の滅入る物ばかり見ていてもつらいので、周囲の風景でも楽しもうと見回したが。
ガルムントの街から外れると山ばかりだった。
「うむ~ぅ。鹿とか猿でもいれば……」
何か動くものでもないかと見回したが……何もなかった。
「はあ……電柱以外は木ぐらいしかないなあ」
しかたなく、砲隊鏡を片付けるかけるが……
えっ? 何か変じゃないか。
……電柱?
それは、電気を送る設備だ。
なぜ、マウリスにある!
慌てて砲隊鏡を組みなおし、先ほどの地点を仔細に観察する。かなりの遠距離なのではっきりとは見えないが、電柱にしか見えない木の棒が規則的に並んでいる。
「やはり、電柱だ。さすがに電線までは見えないが……遠すぎるな」
電線が見えれば、三相交流なのかくらいは分かるのだが。
「しかし、なぜここにある?」
磁石で方位を計り、地図にプロットしてみる。
「ふむ……これは……なぜ空白なのだ?」
地図は、電柱がある付近から空白になっている。
ちょうど地図の継ぎ目付近なので、続きの地図を探すのだが。
「見つからんぞ」
付近の地図をつなぎ合わせると、結構な面積が空白のままになっている。
「測量していない? 測量できないか。それとも、意図的に地図にかかないのか?」
地図は、最重要戦略物資である。
この事実を知らない者が多い。
日本の地図は、実際の地形を忠実に描写しているが、こんな国は珍しい。
戦略的に重要な場所は、情報を隠蔽したり改ざんするのが普通なのだ。
鎖国時代の日本では、地図を海外に持ち出すことはご法度とされたきた。しかし、これが普通なのだ。
マウリスの地図にも、隠蔽すべき情報があるのかもしれない。
「とは言え、これは調べてみるか」
ゲルダがいれば調査を依頼するのだが、このところ姿を見ない。
「ゲルダたん!」
大声で呼んだが出てこない。
付近には居ないらしい。
「まあ、そのうち帰ってくるだろうが」
となれば、グレゴリオに聞くのが良いのだろうが、グレゴリオは王都へ行っている。
「しかたがない。しばらく、おあずけじゃな」
そんな事をしていると。
「お嬢様!」
突然に部屋に入ってきたハンナが、ドアも閉めづに、悲鳴のような声で怒鳴る。
「なんだ? 大声をだすな」
私の文句に。
「まだパジャマのままなのですか、ですか! 今日はお客様がいらっしゃるのですよ、ですよ」
ああ、そうだった。
普段ならグレゴリオが対応してくれるが、今は不在だ。仕方が無いので、引きこもりを中断して対応をする予定だったのだが。
「しまった。忘れていたぞ」
「忘れていたではありませんわ、せんわ」
と言う訳で、ハンナの号令の元、メイド一個連隊が私の部屋に突入し、私は自堕落モードからお姫様モードへと換装させられた。
素晴らしい連携プレイだ。
まるでF1レースのピットクルーの動きのようだ。
……と、言うのは言いすぎ。
実際には、三人のメイドが入ってきて服を着替えさせられて髪をとかしてもらった。
「はあ~、ちゃんとしていれば、お美しくていらっしゃいますのに、のに」
トレードマークのツインテールを結いながらハンナはグチをこぼす。
鏡に写った自分の姿を改めて見直す。
青白く光るような銀髪のツインテール。
白磁のような肌は、うっすらと桜色が浮かび上がるよう。
普段は、目つきが悪いと言われるが、がんばって目を見開くと、目もパッチリとしている。
骨格も、整っている。
まあ、言えば顎のラインが細いのが気になるが、許容範囲ないだろう。
たしかに私は美人といってもいいかも知れない。
いや……かなり美人じゃないか?
Tda式ミク級と言ってもいいかもしれん!
胸は……いや、いい。
「なにやっていらっしゃるんですか、ですか?」
ハンナが冷たい声で呼びかけた。
「……いや……ちょっとモーションのチェックを」
私は髪を持ち上げ、体を鏡から斜めにしてしなをつくり、ちょっとウインクしたりしてみた。
……すみません。
……出来心です。
見かけは取り繕ったので、待たせている客の対応へと出かける。
また車椅子で移動なのだが。
領主館の応接間に待っていたのは、ゲルダから紹介のあったセリア王国の商人である。
この後には、セリア共和国の商人も来る予定だ。
彼らとは、火薬の取引をすることになっている。
ガルムントの唯一の産業たる硝石採掘。
だが、この硝石が大陸の戦争で使われていると判明。ゆえに、硝石輸出は制限する事となった。
だが、ガルムントには多くの人が住む。
その生活は、硝石を売った金で支えられていた。硝石の販売が規制されれば、人々の生活は破綻する。
さて、そこで火薬の販売となる。
一見すると、硝石を売るもの、火薬を売るのも、同じであるように感じるかもしれない。
それが、大きく違うのだ。
まず、我々マウリス側の心構えだ。
肥料を売るのと、武器を売るのとでは意味が違う。
ちなみに、以前のマウリスでは、硝石は肥料くらいにしか使っていなかった。
そうなのだ。
我々は『武器商人』となるのだ。
人が人を殺す商品を売るのだ。
国が国を滅ぼす品を商うのだ。
買い手を選ばなくてはならない。
売った後を、考えなくてはならない。
武器商人とは、そういう商人なのだ。
なにより、加工によって商品価値は跳ね上がる。
大量の硝石を売ったのと同じ金を、少量の火薬は稼いでくれる。
これは、硝石採掘を制限しても、地域の経済を支えるに十分な収入となる。
さらに、火薬の製造を独占できれば、他国の戦争もコントロールできる。
愛や平和を大声で叫んでも、戦争は終わらない。
だが、火薬を使う戦争は、火薬が無くては戦えない。
この意味も含めて、マウリス王都では『(仮)火薬・硝石の輸出に関する規制委員会』が設立されようとしている。
この委員会(実のところ元老院が仕切るのだろうが)の絡みで、グレゴリオは王都へと行っている。
また、火薬は、実は戦場でだけ使うものでは無い。
意外に、使い道が多いものなのだ。
簡単なところでは、少量の火薬を袋に詰めたものを『着火剤』として販売する予定だ。
これは地球でも、同じものが売られている。
また、火薬と金属粉を混ぜて紙の筒に入れて固めたものは『発炎筒』になる。
もちろん『花火』も火薬の加工品だ。
これらのものも商品化をしてゆくつもりだ。