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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
16/98

年越し祭

 何かある度に、私はベッドで眠っているな。


 あの自爆テロでの被害は、西の館の崩壊と私の左足の複雑骨折だった。

「折れた骨の先が皮膚を破っておりましたな。太い血管が破れなかったのが幸いしましたが、危ないところでしたな」

「姫殿下の足が変な方向に曲がっていましたぞ」

「ですから、私が代わりますと」

「お嬢様ぁ! もうイヤでございますからね。からね」

 ああ、うるさいな。

 皆が一斉に話すものだから、誰が何を言っているのか分からないぞ。

 と言うか、分かりたくない。

 ちなみに、最初のセリフがアレクサンドロ、次がコンラート伯爵、グレゴリオ、ハンナの順だ。

「ほほほほほ。ちゃんと暗殺者を落とし穴に落とせば、こんな事にはなりませんでしたのに」

 うう、グレタの指摘の通りなのだ。


 私は、崩壊した西の館から領主館へ移り、やっぱりベッドで横になっている。

 周囲には、アレクサンドロ以下五名。

 

 私は、宮廷医師コノリー・チノンに成り代わった暗殺者が火薬による自爆を行うと予想を立てた。

 ここまではイイ。

「やはり、私に相談してもらえれば、もっとスマートに事態を処理できたと」

 コンラート伯爵である。

「私の言葉を、あの時点で無条件に信じたか?」

 と、反論すると。

「いや……まあ、多少時間をいただければ……」

 とかコンラート伯爵は言うが。

「暗殺者が、お主の側におるかぎりは、方法は限られておる」

「ですが、暗殺者の目標が姫殿下であるならば、姫殿下から出来るだけ離れた場所での処理が最上です」

「奴も目的は、火薬製造の阻止だ! 私の暗殺は方法の一つにすぎない。暗殺するのは、お主でも良かったのだぞ、コンラート」

 火薬製造の邪魔をするだけならば、私を殺す事も必要ないのだ。

 いや、私を殺すことが出来るならば、それが最善手ではある。

 暗殺者が組織で動いており、自らの命を捧げる覚悟があるのならば。爆発が事件になりさえすれば、後は情報操作で火薬製造の邪魔は出来る。

 実のところ、コンラートを道ずれに自爆される可能性が高かった。

 そこで、私は、出来るだけ早く暗殺者を連れたコンラートに会うようにしたのだ。

 暗殺者が、最も効果の高い、私の暗殺をしたくなるように。

 安全に自爆の被害を限定するには、北の間にある『落とし穴』を使うのが最善であると判断した。

 深い穴の底でならば、爆発が起こっても、その爆風のほとんどは穴から上に噴出すだけ。

 館の天井は吹き飛ぶだろうが、人的な被害は無いだろうと思ったのだが。

「落とし穴の仕掛けを、事前に確認しなかったのは、手落ちでしたね」

 まあ、そうなのだが。

「普通は、スイッチを押せば作動すると思うじゃろう?」

 そうなのだ。

 あの、落とし穴の仕掛けは、スイッチである床から飛び出した金属の鉤を押しただけでは作動しない仕掛けだったのだ。

 あの時点では、安全装置が外れただけ。

 その後、足をスイッチから離さないと、落とし穴の蓋は落ちない。

 つまり、グレタが私の身を庇うために押し倒してくれたことで、私の足がスイッチから離れて落とし穴が作動したのだ。

 グレタの行動が遅れたならば、北の間に居た全員が死んでいただろう。

「お嬢様は、私たちに事情も話してくださいませんでしたわ。でしたわ」

 ハンナの愚痴が続く。

 被害を限定するために、コンラート伯爵らが北の館に来た時に、私はメイドや料理人たちを伯爵の歓迎の宴を領主館でするから準備の為に領主館に行けと命じた。ハンナも領主館へ移動した。

 事件の性格上、事情を知るものは少ないほうが良かった。

「この頃、爆発ばかりおこりますな」

 アレクサンドロは、西の館での爆発音を聞いて現場に駆けつけたのだ。

 事故の度に迷惑をかけて、申し訳ない。


「ですが、火薬と言う物の威力。この身で感じまするに、凄まじいの一言」

 コンラート伯爵は唸りながら呟いた。

「姫殿下が、なにやら錬金術に夢中と聞いていましたが……火薬とやらの威力を知ると、これを重大と思うは道理と納得いたしましたぞ」

「火薬の本領は、単純な爆発には無いぞ」

 私の言葉に。

「それは……件の大砲とか言う兵器でございますな」

 コンラートは返し。

「然りじゃ」

 と、首肯する。

「それを、ぜひに見てみたいですな」

「天候が回復次第に演習を再開するゆえ、しかと目に焼きつけよ」

「御意でございます」

 私の言葉に、今度は忠実な家臣がするように頭を垂れた礼を返すコンラート。

 少しは信頼されたと思ってよいのだろう。

「しかし、よくコノリー・チノンの遺体を見つけたものです」

 と、続けるコンラートに。

「そんなものは知らぬぞ」

「……はぁ?」

「まあ、はったりだな」

「……ははは、はったりですか」

 あきれるコンラート。

「それらしい遺体は見つかりましたが。損傷が激しく確認にはいたりませんでした。ですが、コノリーが偽者であり、本人が行方不明であることは確かです」

 と、グレタ。

「この犯行は複数犯か、もしくは組織のものだ。その手がかりでも得ようと思ったのだが。……なかなか、上手くはいかんな」

 私の愚痴のような呟きに。

「いや、手がかりはございますよ」

 コンラートが述べる。

「犯人が末期に叫んだ言葉です」


 確か『名も無き騎士の名誉は永久に!』だったか?


「無名騎士団の事ですか?」

 グレゴリオが答えた。

「そうだ。あの言葉は無名騎士団の誓いの言葉」

 コンラートが返すが。

「なんだ、その無名騎士団とは?」

 私には何の事か分からなかった。


 コンラート説明を要約すると。

 

 貴族が、組織内闘争を繰り返し社会を省みなくなり、腐敗した世界。

 その中で、貴族の名を捨て、不正と戦い世を正す名も無き騎士たちがいた。

 それが『無名騎士団』!


 と言う、小説が過去に出版されたらしい。

「小説? 架空の話であろう」

「そうなのですが、実際に無名騎士団をつくった者もおりました」

 

 つまり、コンラートが学生時代に大ヒットした小説に『無名騎士団』と言う作品があったらしい。

 その作品の影響を受けて、実際に無名騎士団を組織した者たちが複数いた。

 彼らは、地球で言うボランティア活動から王政の不備を暴くような事までしていたらしい。

「中には過激な連中もいまして、闇討ちとかも……」

 なんだ、それでは中二病患者ではないか。

 どんな世界にも、迷惑な連中がいる。

 まあ、自分の事は棚にあげて言っているのだが。

 

 つまりは、薔薇十字団のようなものか。

 架空の存在が、実在の組織になる。


「いや、懐かしいです。あの頃は暴れたなあ、グレゴリオよ」

「はあ、そうですね。コンラート伯爵……」

「なにを他人行儀な。一緒に王立学院で学んだ仲ではないか」

 聞くと、コンラート伯爵とグレゴリオは、王立学院で同期との事。

「暴れたとか言っておったが……まさか、お主ら……」

 私がコンラートとグレゴリオを睨むと。

「いやいや、時効でございますよ。姫殿下」

「お恥ずかしいしだいで……」

 まったく、次期伯爵と王家家令が、何をやっているのだか。

 いや、自分の事は棚に上げているぞ。


 そんな中二病組織が現在でも実在して、私の活動を阻止しようとしているのか?

 セリア共和国絡みであろうか?


「実のところ、アルベルト王の事件でも無名騎士団を名乗る者がおりましたとか」

 アルベルト王の事件?

 そうなると、異世界の知識を持つ者である天恵者を狩る組織が『無名騎士団』である可能性が高い。


「無名騎士団と名乗る秘密組織がマウリスにあることは把握していますが、我らにも実態が分かりません」

 グレタが言う。

 どうやらセリア絡みは無いようだ。

 セリア王家の情報網でも実態の分からない組織か……厄介な奴らだな。


「まあ、それは良いとしてだ。なぜ、お主らは私の部屋に集まっているのだ?」

 私が一同を見回して文句を言う。

 今は、夜中と言ってよい時刻。

 もうすぐに、日付も変わる。

 コンラート伯爵なぞは、事件が終わってから一旦は自分の城に帰り、また今日ここに訪れたのだ。

「そうでした。今日のメインイベントを行いませんと」

 コンラートが大窓のカーテンを開ける。

「そうですわ、ですわ」

 ハンナが私にガウンをかけると。

「では、少し失礼をいたしますかな」

 アレクサンドロが私をヒョイと抱き上げ。

「ではこちらへ」

 グレゴリオが用意した車椅子に座らされ。

「おいおい、なんだこれは?」

 私は、車椅子に乗って大窓の側に移動した。

 この部屋は二階で、大窓からは広場の見える。

「おお、これは……」

 眼下の広場には、無数の光が見えた。


「おい、姫様だぞ」

「まあ、元気になられたようだわ」

「姫様ぁ!」


 それは、ガルムントの住人たちである。

 彼らは、手に手に小さなロウソクやカンテラを持ち、雪の積もる広場に集まっていたのだ。

「どうして、こんな夜中に集まっているのだ?」

 私が呟くと。

 教会の鐘が、突然に鳴り響いた。

「なんじゃ?」

 そして、遠くで何かの発射音が響き。

 空中を飛翔する風切り音。

 それは徐々に弱く、天空へと向かっている。


 空に向けて何かを発射した?


 そんな事を思っていると。

 空中で爆発が起こる。

 その爆発は、金属と火薬の反応炎を出す物質を四方八方へと飛ばす。

 空中に円形の光が華と開いた。

 遅れて、腹に響く爆発音。

「これは……花火か!」


 続いて、広場でも火薬が燃焼する音が。


「おお、なんと!」


 住人たちの手には、手持ちの花火が掲げられている。

 無数の光の華が、雪の広場をおおう。


「驚きましたでしょ、でしょ!」

「いやあ、苦労したかいがありましたわ」

「花火とは、美しいですな」


「これは……なんの」

 そこまで言って、私は今日が何の日か思い出した。

「年越し祭か?」


 年越し祭は、地球の大晦日とクリスマスを合わせたような祭りだ。

 

「良き新年を姫殿下」

「よき新年を、ユリアナ様」

「良い年を!」


 眼下の広場から、無数の言葉が飛び込んできた。

「例年ならば、教会前の広場に集まるのですがな。今年は、怪我で伏せておられるユリアナ様に、皆が何かをしたいと言ってきたもので」

「花火をしようと言い出したのはメアリーアンですわ。言い出しなので、打ち上げ班の責任者になってしまったのですけれど」

「いや、ユリアナ様に秘密で準備をするのが大変でした」

「花火と言うのはイイですな。来年は我が城でもやりますぞ」

「みんな、お嬢様の事を心配しておりましたわ、ましたわ」


 それでは、これは……

「私の、ためにか?」


 一同が、私に向かって静かに首肯した。


 私は、何かを、したのだろうか?


 だだ、勝手に騒ぎを起こしただけだ。


 こんな美しい風景を、捧げられる資格なぞ……


「私の言うとおりになりましたな」

 アレクサンドロが私の耳元で囁いた。

「だれもが、ユリアナ様の名前を呼ぶようになると」

 アレクサンドロは、微笑み。

「良き年を、ユリアナ様」


「ああ、良き年を、アレク」


 私は、涙をこぼさないように我慢をした。

 

 なぜ、我慢してしまったのかは、分からない。


 でも、やはり、今泣くのは相応しくないと思ったのだ。

10/22 誤字修正

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