北の間
北の間には、すでにコンラート伯爵と従者の騎士二名、そして縄をかけられたコノリー。その後ろにグレゴリオにこちらの騎士が三名。
そこへ、私とメイドが入る。
合計で十人。
北の間は、王家の者が貴族と謁見する為の部屋であるが。
同じつくりの『南の間』もある。
南の間は、普段使いの謁見の部屋だ。
北の間は、普段は使うことの無い、特別な部屋。
私は、メイドに支えられながらの入室し。
「待たせたな、一同」
と、王旗が下げられた上座へ向かう。
メイドに手を支えられながら、足元がおぼつかない風に装い、足元を探る。
位置を確認して、一同に向き直る。
「久しいな、コンラート伯爵」
「ユリアナ姫殿下にはご機嫌麗しく」
私の顔から目線を外さずに礼をする、コンラート伯爵。
グレゴリオよりも大柄。ブラウンの髪、青い瞳。
宮廷でも会っているはずだが、最後に会ったのはどこだったか。
そんな事を思っていると。
「ところで姫殿下。何故にと、お尋ねにならないのですか?」
コンラートが問う。
「尋ねるとは、そこの罪人の事か?」
「ほほう、罪人とおっしゃるか」
ここらあたりは、お互いに腹の探りあいだな。
「この者、確かに罪人でありましょう。しかし、証人でもありまする」
「ほう、何の証人であるのかな?」
「それを、これからお尋ねいたしたいのです。ユリアナ姫殿下!」
コンラート伯爵の言葉に、芝居がかった仕草が入る。
うん、意外に陶酔しやすいタイプだな。
さて、コンラート伯爵の弁だが、長いので要約する。
事の発端は、昨日の昼ごろ、コノリーがコンラート伯爵の役宅を突然に訪れ、当番の騎士に己の罪を告白したことから始まった。その当番騎士は、事の重大さから、すぐに伯爵に報告。
そして、伯爵はコノリーを自ら尋問する事となった。
さて、コノリーの告白とは。
『ユリアナ姫殿下は、毒を求められました。最初はお断りいたしましたが、再三の要請の上に、次第に私の周囲では不穏な動きがありました。ある日、私は暴漢に襲われ、命からがらに逃げました。しかし、この件が表ざたになることありませんでした。そればかりか、その日以来、私には監視が付いたのです』
ああ、そう言うシナリオか……本当の事が混ざっている分、始末が悪いな。
『私は、たまらず姫殿下に毒をさしあげました。姫は、痕跡が残らなず即効の猛毒をご所望でした』
と、言ったらしい。
「その毒とは、これです」
コンラート伯爵が、例の薬包を取り出し。
「姫殿下には、見覚えがおありでありましょうか?」
と問う。
「うむ、コノリーより、同じものを貰ったぞ」
と、あっさり答えた。
これに、少し肩透かしをくらったのか、コンラートは少し黙るが、大きく咳払いをすると、また語りだした。
「さらに、コノリーは姫殿下が国王殿下に何やら書を送られる様子である事が気にかかり、様子を探ったそうでございます」
少し間をあけたコンラート伯爵は。
「すると、国王殿下に宛てた書に細工がある事を発見した言うのです」
「ほう、どんな細工じゃ?」
「その書の封を開き読む者の指に、件の猛毒が染み込む細工です」
伺うようなコンラートの視線であるが。
ちょっとシナリオに無理があるな。
「興味深いな。その指に猛毒が染み込むような細工とは、具体的にどんな細工じゃ?」
「あっ……いや、それは……」
ああ、聞いてないのか。
「それに私は、父上に書を送ってなぞいない」
「しかし、ガルムントから王都へ使者が発したのは確か!」
「それは、グレゴリオが送った上奏の文じゃな」
コンラートがグレゴリオの方を向くと。
「まちがいございません」
と、グレゴリオが頷く。
「まあ、面白い物語ではあったがな」
大見得を切った分、身の置き所が無さそうなコンラート伯爵であるが、ここは畳み掛けるように話を進めるが吉であろう。
「私は、別の事を宮廷医師コノリー・チノンに問いたい。よろしいかな、コンラート伯爵」
「も、もちろんでございます。姫殿下」
コンラート伯爵の言葉を聴き、大きく頷く。
私を支えるメイドの手を強く握ると、
「……」
メイドが、私にだけ聞こえるほどの声で、ある事を伝えた。
私は、足元の床にある、小さなスイッチの位置をつま先で確かめた。
もし、その瞬間が来たら、一瞬のためらいも無く、これを作動させなくてはならない。
私は、軽く息を吐いて。
「先日、エッセン公爵領で一体の身元不明の遺体が見つかった。遺体検分をさせたところ宮廷医師コノリー・チノンに間違い無しとの検分が出た」
エッセン公爵領は、王都からコンラート伯爵領の間にある土地である。
「ま……まさか!」
驚いて、自分が連れてきたコノリー・チノンを見るコンラート伯爵。
「グレゴリオ、この痴れ者の首を切れ! コノリー・チノン殺害の犯人じゃ!」
「はい、ユリアナ姫様」
無表情にグレゴリオは剣を抜いて前へ進む。
「お待ちください姫殿下、この者がコノリー殺害の犯人と決まったわけでは……」
「おどきくだされ、コンラート伯爵」
と言いながら、グレゴリオはコンラート伯爵の身を包むように抱くと、コノリーと名乗る者から離れ。
「グレタ!」
「御意っ」
私の傍のメイドが身を沈め、一動作で二本のナイフを撃った。
ナイフは男の左右の肩に食い込む。
だが、男は大きく口を開き。
「名も無き騎士の名誉は永久に!」
と叫び、そのままマントの止め紐に噛み付くと、紐を食いちぎる。
次の瞬間、男の背から火花が上がる。
やはり、火薬を仕込んでいたか。
私は、北の間の仕掛けを作動させる床の仕込み鉤を踏んだ。
それは、一瞬に作動するはずだった。
だが、火花を纏った男は、やはり部屋の中央で立っている。
そんな……作動……しなかった?
私の体が急に冷えて、体の芯から力が抜ける。
あの男は、どれほどの火薬を仕込んでいる。
この場で、私を殺せるくらいの量だろう。
なら、グレゴリオは助かるか?
コンラート伯爵は助かるか?
他の者は?
私は、失敗したのか。
他の方法を使うべきだったのか?
急速に回転を始めた思考が、グレタの声で途切れた。
「ユリアナ様。ご免!」
グレタが覆いかぶさった時。
ゴトンと床で重い物が動く音が響く。
次の瞬間、火柱の男の姿は消えた。
そして、時間が止まったように思えた。
ただ、グレタから香る潮の香りが心地よかった。
そして、爆発が起こった。
床の穴から噴出した巨大な火柱と爆風は、天井を破り、火炎と爆風の渦が北の間を駆け回る。
床板は、まるで嵐の海に浮かぶ小船のように踊り、誰一人として立っている者はいなかった。
叩きつけられ蹴り上げるられような衝撃が、幾度も私の体を駆けぬける。
燃える火の塊が、私の眼前で笑った。
どれほどの爆発であっただろうか?
はたして、私は死んでしまったのだろうか?
そんな思いを、耳の奥を締め上げられような痛みが、否定する。
「……」
何かの聞こえたようだった。
「ユリ……さま……」
ああ、耳が痛い。
「ユリアナ様!」
グレタであった。
「おお、どうやら生きていたか」
なんとか言葉を発した途端に咳が起こり止らなかった。
グレタに抱かれたまま、北の間を抜け出し、広間に出てきた。
そこも、暴風が蹂躙したような様であった。
「手ひどいな……」
「一体なにが……」
コンラート伯爵である。傍らにはグレゴリオもいる。
どうやら、無事らしい。
「ユリアナ様!」
壊れた扉からアレクサンドロが入ってきた。
「おお、アレクか。すまぬが……皆の怪我を見てくれぬか」
と言うと。
「しゃべらないで!」
と言い、私を元に駆け寄ってくる。
アレクサンドロの姿を見て、私の体が急に重くなる。
「私は……いい。他の……」
しゃべろうとするが、舌がもつれる。
「あなたが一番重症です!」
アレクサンドロの指が、真っ赤に染まってゆく。
あれは、私の血か?
私の意識は、そこで、消えた。
今、総合評価が二百ptを超えました。お気に入りを登録くださった方も七〇名を超え、うれしい限りです。
『総合評価二百超』は、一つの目標でした。
この作品で、達成できたことは驚きであり、喜びです。
次は総合評価千超を目指したく思います。
今後も、ご愛読のほどよろしくお願いします。