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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
13/98

秘密兵器

 今年の初雪は、早いと誰かが言っていた。

 その言葉の通りに、年越しの祭りの前に雪が降り始めた。

 そんな、雪降りの朝。

 砲術演習も数回にわたり行い、今日は休み。

 そんなゆっくりできる日の朝に、騎士団長が来た。

「馬っスよ。馬!」

 と、騎士団長が唐突に苦情を述べる。

「馬がヤバイんスよぉ。大砲にビビっちゃったんスぅ」

 なるほど、ガンシャイか。

 ガンシャイとは、砲声や銃声に対する恐怖症で、人や犬にも起こるが、馬で起こると戦場では致命的だ。

 元来、馬は臆病で繊細な生き物だ。

 馬は、ガンシャイを起こしやすいと言える。

「こればかりは、馴れと適正じゃ」

「馴れはイイっスけど。適正って事は……」

「うむ。砲声に馴れない馬もいる」

「それじゃ、困るッスよぉ。砲術演習、他所でやってほしいッス」

 まあ、当然の反応だが。

「これからの戦場は、大砲が使われる。それは分かっていよう」

 私の言葉に騎士団長は言葉に詰まる。

「なれば、砲弾の飛び交う戦場でも駆けられる馬こそが必要ではないのか?」

「そうッスけど……」

 しばらく、上を向いたり俯いたりして考えていた騎士団長だが。

「分かったス! 馬は何とかするしかないッスね」

「うむ、理解してくれて嬉しいぞ」

 私はテーブルに上に一丁の小型銃を置いた。

「これは……銃ッスか?」

「うむ、試作品だがな。片手で使える銃だ。馬に乗りながらでも撃てるぞ。お前にやろう」

 騎士団長は、その銃を手に取り。

「すごいッス! これからは騎士も変わるッスよぉ」

 と、上機嫌である。

 私が騎士団長に渡したのは、空気銃職人に作らせた試作品のフリントロック式短銃だ。もちろん、ライフリングも無いし、弾も先込め。リボルバーやオートの拳銃に比べれば比較できない程に不便な銃である。

 しかし、騎士の機動力に銃を組み合わせれば戦術を広げられる。

 なにより、騎士に銃を持たせることにより、彼らが火器の扱いや対応を肌で感じることの意味は大きい。


「ところで、ユリアナ様?」

「なんじゃ?」

「俺の名前、呼んでくれないッスね」

 うっ……気づかれたか。

「もしかして、わすれたんスか!」

「いや、覚えておるぞ……ちょっとだけ」

「なんスか、ちょっとだけって」

 ええっと……確か……

「ピ……ピ……ピーター?」

「違うッスよぉ! ピョートルでスよぉ」

 ああ、そうだったな。

 たしか、ピョートルという名が本人のイメージと違いすぎて、ちゃんと憶えられなかったのだな。


 いや、私が人の名前を憶えるのが苦手とかではないぞ。


 違うぞ、違うんじゃぁ。


 いや、その……


 正直に告白します……


 人の名前を憶えるの、苦手です。


 すぐに憶えられる名前はいいのだが、憶えられないと……とことん、ダメ。


「うむ、分かった。今度は憶えたぞ。ピ……ピョートル」

「頼むッスよぉ、姫殿下」

「姫殿下とか言うな!」

 快活に笑うピョートル騎士団長であった。

 うん、ちゃんと憶えた。

 ……たぶん?




 積もるかと思われた雪は、路面を濡らす程度で止み、午後は風の無い晴天となった。

 散歩がてらに病院へ行くことにした。

 呼べば、アレクは来てくれるのだが。

 そうしては、病院に医師が居なくなる。

 よって、私の方から行くのが合理的というものだ。

「お嬢様、そんな風に歩いてはお洋服が汚れますわ。ますわ」

 と、付き添いのハンナ。

「おお、すまぬな」

 どうも、浮かれているようだな、私は。

 ……私は、何に浮かれているのだ?


「ユリアナ様、言ってくだされば私が館へ行きましたのに」

 アレクサンドロは、怪我人の治療中だった。

「いやなに、試作品のストーブの調子が気になったのでな」

「ああ、そうでしたか。調子はいいですな」

 私は、順番を待つ間に、ストーブにあたることにした。

 このストーブは、技師長に頼んだチョッとしたモノの正体だ。

 二十一世紀では『ロケットストーブ』と呼ばれる高効率のストーブで、燃えるものなら何でも燃やせる優れものだ。


「これ、姫様がつくってくれたの? とても暖かいよ」

「ホント、助かるわ」

 病院の患者や看護士にも好評のようだ。

 これなら、量産して安価で販売してもよいだろう。

「少しの薪や木切れでも暖かくなるしねえ」

 病院の手伝いをしている老婆が、ロケットストーブの上で何かを煮ていた。

「それは何じゃ?」

「ああ、これはクルムですよ」

 クルム?

「荒野に生える苔の事ですわ。ですわ」

 とハンナ。

「苔を食べるのか?」

「いいえ、油を採るそうですわ。ですわ」

 聞くと、ガルムント周辺に自生する苔を煮ると上澄みに香りの良い油が浮かぶそうだ。

「軟膏になるんですよ」

 と、上澄みの油を手に塗ってくれた。

「おお、これは良い香りだな」

 この油は、保湿成分があるらしい。香りも良い。

 この油を採った後の苔の滓は乾燥すると良く燃えるらしい。

 見ると、ロケットストーブの燃料も、乾燥した苔だった。

 油を採る前の苔は、乾きにくく燃料に適さないが、油を抜いた後なら乾燥しやすく、簡単に燃える。

 

 これは、使えるやもしれん。


 などと思っていると、私の順番が来た。

「本当に、ちゃんと順番を待つのですな」

 アレクサンドロが、驚いた風に言う。

「礼儀正しいであろう?」

 私がおどけて返すと。

「そうですな」

 と、アレクサンドロは笑った。


 一通りの診療が終わると。

「良いですな。適度の運動と十分な睡眠を心がけてください」

「そうですわ、ちゃんと寝ないといけませんわ。せんわ」

 とは、ハンナである。

 よけいな事を言わんでもよい。

「ユリアナ様は、お忙しいそうですな」

「うむ、まあ。余計なことばかりしておるよ」

「余計なことの一つが、このストーブですか?」

 意地悪に笑うアレクサンドロ。

「これは、余計ではなかろう」

「こう言うものばかりなら、いいのですがな」

 命を救うアレクサンドロ。

 それに比べて私は……

「この地を守るのは、大変な苦労がありますな」

「アレク?」

 私がアレクサンドロの顔を見上げると、アレクサンドロは子供にするように頭を撫でる。

「王家の者の頭を気安く撫でるでない」

「これは、失礼をしましたかな」

 と、手を引っ込めそうになるので。

「アレクには、特別に許そう。存分に撫でるがよいぞ」

 と、言うと。

「では、お言葉に甘えますかな」

 と、ガシガシと強く頭を撫でられた。

「こら、少し痛いぞ」

「ははは、コレは失礼」

 笑うアレクサンドロの声は、やはり心地良かった。



 病院からの帰ると、木工工房からの注文の品が届いていた。これを火薬倉庫へ送り、秘密兵器の製作をする。



「えっと……秘密兵器ですか?」

「うむ、秘密兵器だ」

 次の日、演習地から離れた荒野にメアリーアンや平民軍の士官候補と出かけた。

 ここは、城壁からも離れているので、少々騒ぎを起こしても街からは分からない。

「ただの丸太に見えますが」

「うむ、木の棒じゃ」

 困惑するメアリーアンである。

 一見、人の腕の太さほどの均一な太さに製材された木の棒である。

 しかし、真ん中あたりに引き金がある。

「先に木の桶で木砲をこしらえたであろう。あれの改造版じゃ」

「木砲では、威力も射程もありませんし。なにより、耐久性が格段におちますわ」

 メアリーアンは、どうやら木砲が気にいらないようだ。

「ほう、威力、射程、耐久性。他に砲の運用で重要な事は無いか?」

「ええっと……価格ですか? なるほど、木の大砲なら安いですね」

 納得するメアリーアンであるが、私は他の要素を告げた。

「それだけでは、無いぞ。機動性じゃ」

 私は、木製の簡易大砲を持ち上げ。

「私でも持てる。そして、一人でも撃てる」

「でも、装填はどうします?」

 私は、メアリーアンの疑問に、きわめて簡単な答えを返した。

「ええっ! そんな……荒唐無稽です。破天荒です!」

「荒唐無稽だろうが奇想天外だろうが、使えれば良いのだ。使えれば戦場を支配する。使えなければ、滅びるだけじゃ。そうであろう」

「それは、そうですが……」

「まあ、使ってみよ」

 そんな訳で、メアリーアンは秘密兵器を試射してみたのだが、その感想は。

「これは……意外に使えますね」

 で、あった。


 数十発の試射を終えて、その日の秘密訓練は終わった。


 この兵器は、秘密兵器であるが故、しばらくは士官候補にだけ訓練をするとことになる。

10/22 誤字修正

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