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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
11/98

意外な訪問者

私の私室で、メアリーアンとお茶を飲んでいると、部屋の風が動いた。

「窓は閉めたつもりなのだがな」

 かすかに、潮の匂いがする。

「そこの者、窓を開けたならちゃんと閉めろ」

 私は風に揺れるカーテンに話しかけた。

「誰かいるのですか?」

 メアリーアンが抜刀して私の車椅子の前に出る。

「申し訳ありません、姫殿下。ドアからでは入れていただけそうもありませんでしたから。無作法ながら窓からおじゃまいたしました」

 カーテンの後から出てきたのは、金髪碧眼の背の高い女性だった。

「あなた!」

「グレタ・ジェイと申します」

 メアリーアンに「お久しぶり」と挨拶した女は、メアリーアンの知り合いらしい。だが、メアリーアンは構えた刀を収める気配が無い。

「あやつ、セリア共和国側の者か?」

「そうです。アスランの側近です」

 アスラン総帥の側近だった女か。

「暗殺か? 破壊工作か? それとも、交渉かな?」

「いいえ、ビジネスの話です。ところで、座ってよろしいでしょうか? 姫殿下」

 敵国とはいえ王家の者にへつらう気配がない。この女の雰囲気・容姿・立ち振る舞い……だれかに、似ている。

「許すが、茶は自分で入れろ」

「そうしますわ」

 なんとも落ち着いている。かといって殺気もない。

「おぬし、アスランの側に仕えていたと聞いたが、情報部にでもいたのか?」

「秘書官でした。ちなみに、メアリーアンとは士官学校で同期です」

 秘書官か……そうなると。

「ふむ。おぬしがココに来た目的が分からんな」

「ですからビジネスと申していますわ」

 言いながら、グレタと名乗る女は、自ら茶をカップに注ぎ飲み始める。

「いいお茶をお使いですね。マウリスの高原産かしら?」

 どうも、これは彼女のビジネスとやらに付き合わないと話が進みそうに無いな。

「メアリーアン、剣を収めよ」

「ですが……よろしいので?」

「よい。どうもあの者の話を聞かん事には埒が開かんようだ」

 剣を納めたメアリーアンが自分の席に戻る。

 私は再び茶に口をつけるが、目はグレタかは離さない。

「十三歳と聞いていましたが、とても落ち着いておいでですね。ユリアナ姫殿下」

「おぬしほどではないがな。ところで、話は何だ?」

 私がグレタに問うと。

 グレタはカップをソーサーに戻し。

「私どもと取引をしていただけませんか?」

 どうやら、訪問販売らしい。

「共和国から逃げてマウリスへ来ましたが、伝も当ても無くて途方にくれておりましたら、同期のメアリーアンが軍人を募集しているではありませんか。これはチャンスって思いましたので」

 まあ、筋は通っているのだが。

「では、何故メアリーアンを通さない?」

「あら、それでは、私どもの真価は伝わりませんわ」

 私どもと言うからには、一人ではないな。

「ここへ侵入した手口はたいしたものだが、どうやった?」

「壁を登りました」

「ふざけないで!」

 メアリーアンがグレタへ怒声をあびせる。

 しかし、どこ吹く風と茶を飲むグレタ。

 だが、その話が本当であるならば、彼女は不正規工作の心得があると見ていい。そして、複数となると。

 それが、共和国軍の秘書官だった……。

「おぬし、セリア王国の諜報員だな」

「さすがユリアナ姫殿下ですわ。ご明察でございます」

 グレタは優雅に笑い肯定する。

「ええっ! 本当なの」

「本当よ」

 黙っててゴメンね、と悪びれずメアリーアンに謝るグレタである。

「しかし、共和国を逃げてきたとなると、正体が露見したか?」

「私は、そんなヘマはいたしません」

 強く否定するが。

「では、なぜだ?」

「そうよ、あなたアスランの愛人候補ナンバー1だったのに」

 とは、メアリーアン。

 公然と軍内部で愛人候補がいるあたり、どうなっているセリアの軍規。

「そ……そうなんだけど……それが……」

 ここにきて、グレタは弱気な態度を見せる。

「いえ、色事は覚悟していました……でも、あの……アスラン様は……変わった方で……」

 なんだか、言いにくそうである。

「なんと言うか……普通に求められたら、いえ、少々手荒でも良かったんだですけど……」

 なんだ、グレタの方もアスランに好意を持っているようだが、それが逃げ出したとなると……。

 私は、小さな声で、ある有名なセリフを呟く。

「この軟弱者!」

 そのセリフを聞いたグレタは。

「いやああぁ!」

 と、悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。

 正解らしい。

「どうやら、苦労したらしいなグレタとやら」

「どうして、それを……ご存知なのですか?」

「ふふ、異世界の知恵だ」

 まあ、本当の事だが。

 それから、グレタの愚痴がはじまった。

「もう、とにかく意味が分かりません。芝居のように変なセリフを言えとか、変な服は着せられるし……それに……それに……」

「俺の頬を平手で打て、と言われたか?」

「いやあぁぁ! 思い出したくないぃ」

 さっきまで強気で平静なグレタが、ここまで取り乱すとは。

 しかも、その取り乱し方が、なんとも。

「なんだか……グレタって、可愛い」

 メアリーアンが頬を染めて呟いた。

 おい、メアリーアン。そっちだったのか?

 たしかに、自分の体を抱きしめるように悶えるグレタの姿は、ある種の嗜好を刺激する。

 これは『グレタたん、ハァハァ』とか言われたのかもしれない。

 今度、言ってみようか。


 平静を取り戻したグレタは、姿勢を正して一つ咳をすると、さっきまでの事が無かったかのように優雅に話を再開した。


「本国を奪われたとはいえ、セリア王国は今も健在です。そして、その情報網も」

 グレタの言葉は本当だ。

 国土を反乱軍に奪われたセリア王家はいち早く植民地であるマルア島に逃げ出して、臨時王府を開いている。その逃げっぷりの潔さは、気持ちがよいくらいだ。

「なるほど、それを買えというのだな」

 首肯するグレタに。

「とは言え、私は無位無官の者。払える金などたががしれておるぞ」

「金なぞに意味がありましょうか。あなた様の知恵こそが、至上の対価でございますわ」

「これは、買いかぶりすぎじゃな」

 少し笑ったグレタは。

「アスランは、あなたの動向を探らせておりました。その報告を直接に受けられるほどに重要視されていたのです」

 気をつけていたつもりだが、転生した当初は浮かれていたからな、派手にやってしまったかもしれんなあ。


「では、具体的にどうせよと?」

 と問うと、グレタは。

「いままでの通りに。ただ、少しサポートさせていただきたくぞんじます」

「サポート? 誘導の間違いではないか?」

「それは、あなた様次第でございますわ」

 まったく、食えない女だ。

「手付けでございます」

 と、小さなメモが渡される。

「ふむ、これは?」

 そこには、ガルムントにある住所が書かれている。

「私どもからの心ばかりのプレゼントにございます。きっと喜んでいだだけますわ」

 笑顔のグレタに。

「支払は?」

 と、問うが。

「プレゼントと申しました。ただ……」

 グレタは懐から小さなナイフを取り出すと。

「これと同じナイフを持つ者が、姫を訪ねてまいります。その者どもは、私の同志でございます」

「ふむ、雇うなり、商談をするなり、せよと?」

 ニコリと微笑むグレタ。

 グレタの差し出したナイフは独特の形をしている。その形は『クナイ』に似ていた。

「時に、そなたらの組織の名は?」

「ガーデンキーパーと呼ばれています」

 なるほど『お庭番』か。

「そなたら、忍びの末か」

「それをご存知とは、感服いたしましたわ」

 私がクナイを戻そうとするが、グレタは持っていてほしいと断った。


「おいしいお茶もいただけましたし。私は、ここで下がらせてもらいとうございます」

 そう言って、音も無くジャンプして天窓に取り付いたグレタは、小さく手を振ると、そこから外に出て行ってしまった。

 今度は、ちゃんと窓を閉めて。


「ええっ……この件は、その……」

 事態の意外すぎる展開にうろたえるメアリーアンに。

「黙っておれよ。グレゴリオが聞いたら、また怒り出しそうだ」

 そう念を押してから。メモの住所に連れて行けとメアリーアンに命じた。



 護衛の兵を連れ、メアリーアンに車椅子を押させて、やってきた所は、商館街の一角にある倉庫であった。

 扉に鍵はかかっていなかったが、何か重いものを運び込んだ形跡がある。

 兵に中を探らせるが、無人で数個の木箱があるだけと言う。兵に木箱を開けさせると、その中には木屑に守られた青銅の大きな円筒があった。

「ほほう、これは気がきいているな」

 私は、一目でそれが分かった。

「これは……セリアの十八ポンド野砲じゃないですか! どうして、ここに」

 メアリーアンは、馴染みの火砲の存在に驚いた様子である。

 私は、大きく息を吸い込むと。

「ありがとう。グレタたん!」

 と、大声で叫んだ。

 すると、天井からガタンと音がする。

「えっ……何ですか、今の」

 私は、笑いを堪えながら。

「今度、グレタが戻ってきたら聞いてみよ」

 と答え、大笑いした。

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