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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
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天恵の者

 アルベルト王の物語は、慈悲で始まり悲劇となり惨劇の果てに喜劇で終わった。

 ある日、アルベルト王は天恵により天の知識を授かった。その知識は医術であり、アルベルト王は多くの人命を訳隔てなく救った。

 ある時、重病の街娘をアルベルト王は救った。だが、その娘は、病が癒えたその日に、ある貴族の馬車に轢かれて死んだ。

 その事に怒り狂った王は、その貴族の館に近衛を引き連れ乗り込み、一族をことごとく打ち殺してしまった。

 その乱行に怒った貴族達は連合を組み、王と近衛を相手に戦った。

 貴族連合の頭となったのはアルベルト王の弟のアドルフであった。アドルフは近衛の守りを破り、王城へと乗り込みアルベルト王に刃を向ける。

 だが、そのアルベルト王は、腐ってしまった街娘の遺骸を抱いて泣いていた。

「おお、かわいそうに。痛かったあろう。苦しかったであろう」

 と、だた骸を労わって泣いていた。

 もはや、自分がおこした虐殺も争いも、アルベルト王には理解できなくなっていた。

 アドルフは狂王を討ち、新しい王となった。


 そのアドルフ王とは、私の父である。



 天恵による天の知識が、異世界からの転生のよるとすれば、アルベルト王の医術は現代地球のものだ。

 ならば、アルベルト王と私には、同じことが起こった事になる。



 天恵を授かった先王を討って、王位を得たアドルフ王。

 天恵を授かったアドルフ王の娘。


 これも、新たな喜劇だろうか?



 西の館へ着いた私は、そのままグレゴリオに車椅子を押させて私室へと向かわせた。

 そこで私は、アレクサンドロの経歴をグレゴリオに問うた。

「それでは、アレクは、あのアルベルト王の弟子だったのか?」

 グレゴリオは肯定した。

 やはり、アレクサンドロの医術は現代地球の直系なのだ。

「道理でな……」

 私は一人納得して呟いた。

 だが、アルベルト王が私と同じとであるならば。本当に、アルベルト王は狂ったのだろうか? 彼は、強硬な平等政策を打ち出して貴族と衝突したのではないか? そうなると、父であるアドルフ王の王位継承の正当性は?

 疑問は尽きないが、情報が少なすぎた。


 そんな事を考えていると、グレゴリオが。

「ユリアナ様。此度の毒殺未遂の件、私の警備の不備にございます。どうか、いかような処分もお受けいたします」

 と、床に平伏して言う。

 何を今更、とも思ったが。

 考えてみれば、この件は秘密にせよと命じたし、その事から後にグレゴリオと二人きりになる機会もなかった。グレゴリオは、私に謝罪する機会を待っていたのだろう。

「気にするな、宮廷医師は私が連れて来たのだ。それに、勝手にやるゆえ口出しするな、と命じたのも私だ。お前に落ち度は無いぞ」

「ですが……」

 いたく真剣なグレゴリオの表情は、やっぱり怒っているように見える。

「この件は秘密だと命じたであろう。秘密の事件でどうやって処罰を下せと言うか? 私は病弱な姫でよい。その方が民に人気がでようと言うものだ」

 私は、さっさと火事場の後始末をせよと、グレゴリオに命じた。

 グレゴリオが入れ替わりに経理主任が入ってきて。

「あの、大量の炭酸水が姫殿下宛てに届いていますが、受け取ってよろしいですか?」

 と言う。

「それは、確かに私が注文したものだが……少々、遅かったな」

 もう一日早く届いていれば良かったのにと、埒も無いことを悔やんでしまう。



 炭酸水と同じ便で、精密工作用の工具も届いていた。

 私室に運ばせて、さっそく使ってみることにする。この度の検体は、私の十歳の誕生日に贈られた懐中時計だ。

 一時間ほどで、懐中時計はバラバラになった。一つ一つの部品の強度と精度を確かめてみる。

「やはり、中世の技術水準では無い」

 私は、小さな歯車を拡大鏡で覗きながら呟いた。

 少女の手のひらに収まるほどの小さな懐中時計は、その装飾を別にしても素晴らしい出来だった。

「これほどの技術がありながら、何故、蒸気機関が実用されなかったのだ?」

 この世界はアンバランスである。

 懐中時計や活版印刷機も広く普及している。精密な構造の空気銃もある。

 空気銃には、高圧の空気をつくり蓄えるカラクリが仕込まれている。同じ技術を応用すれば、蒸気機関の実用は簡単なはず。

「突出した技術に地球の知識が関係しているのは間違いないだろう」

 私やアルベルト王だけが、地球の知識を授かったとは思えない。

 仮に、地球の知識を授かった者を『天恵者』と呼ぼう。

 他にも多くの天恵者が、この世界にいたと予想できる。

「だが、天恵者の発生はランダムなのか? 誰かの意思は、介在していないか?」

 もし、この世界のアンバランスに何か意味があるならば。

「私の役目は、なんだ? そして、アスラン総帥の役目は?」

 

 

「アスラン総帥の事ですか? 私も直接に会ったことはありませんよ。式典で遠くから姿を見たぐらいです」

 王都から帰って来たメアリーアンが挨拶に来たので、茶などを飲みながらセリア共和国のアスラン総帥について問うて見た。

 アスラン総帥は、セリア共和国の軍最高司令官であり、セリア共和国のナンバー2であることは、間違いない。いや、実質的には、セリアはアスラン総帥が支配する国と言ってもよいだろう。選挙で選ばれる大統領は、飾りであると私は思っている。

 トルメク公国との戦争に勝利したセリアは、そのままの勢いで西方六諸国を平らげ、大陸中央を支配する強国にのし上がろうとしている。

 その影の支配者である、アスラン・ド・アズナブル。

 彼は、セリア王国の貴族の子として生まれ、軍人の道を進むと、数々の戦場で武勲をたて、瞬く間に将官になった。

 一軍の将となったアスランは、平民からの志願者を募り、工兵部隊と兵站部隊を充実させてゆく。また、新兵器である火薬による銃と大砲を積極的に取り入れ、これを工兵部隊の管理下おいた。

 旧来の軍組織では最下層にある工兵部隊を、実質的な砲兵部隊にしてしまったのだ。

 そして、セリア領内での農民の一揆制圧に遠征したアスラン軍は、その地の武装農民と単独で交渉して合流し、王政に反旗を翻した。

 それが、セリア内戦の始まりである。


「私も、いわゆるアスラン軍の工兵士官でしたが、部隊長が男爵家の者でした。アスラン軍の反乱の時は、王都に残されたままで」

 アスランは、その時点で反乱を計画しており、手駒以外の部隊を切り捨てたのだろう。

「私はアスラン総帥の人柄とかこだわりが知りたいのだ。何か思いあたらないか?」

「そうですね……変わった人物なのは確かですが……そういえば、妙に自分の名前が気にいっているようでした」

「名前が、か?」

 なんだか、嫌な予感がする。

「はい、自分の名前や家柄を誇るとかではなく。単純にアスランとアズナブルと言う名前が良いと喜んでいるような」

 うう……嫌な予感しかしない。

「そうそう。名前といえば、フォートヒル要塞の件で」

 フォートヒル要塞は、セリア西方に建造された、この世界最初の本格的な砲戦要塞だ。

「要塞の名前を『ソロモン』にしたいと騒いだとか」

 そこまで聞いた私は、茶を噴出しそうになるのをこらえて咳き込んでしまう。

「大丈夫ですかユリアナ様」

「いや……大事ない」

 これは……アスランが天恵者なのは間違いなさそうだ。

 それも、かなり厄介な部類の奴らしい。

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