8、邪悪なたくらみ
「失礼します」
紅あやが部屋の入り口で声をかけると、中でぴよこをもふもふ頬張っていた優香が顔を上げた。
「おや、もぐもぐ。昼間のお嬢ちゃんじゃないかい、ごっくん」
「先ほどはどうも。改めまして紅あやともうします。一年です」
あやは小さく頭を下げる。それから入り口の戸の影に隠れていた姉の袖をそっと引いて、「こちらは、姉のほむらです。二年です」と紹介する。
「あたしは石神優香だ。お姉さんの方と同じで二年生だ。よろしくな」
優香は口元をハンカチで拭って二人を手招きする。
「しかし、紅彩に紅炎かい。まんまだねぇ」
座るように促しながら、優香が二人の前にぴよこちゃんをひとつずつ差し出す。
「給湯設備とかないんでお茶は出せないけど、まあとりあえずゆっくりしていきなよ」
「ありがとうございます」
席に着いたあやが、優香に頭を下げる。
ほむらは無言でぴよこちゃんの包装紙を剥ぎ取り、ひとくちでぱくりと食べてにこお、と笑みを浮かべた。
「いいくいっぷりだねぇ、他にもなんかあったかな」
優香が棚をごそごそとあさって、いくつかスナック菓子の袋を取り出す。
それを見たほむらが、ぱぁっと顔をほころばせる。
「なんだい、おなかへってるのかい? 好きなだけくっとくれ」
優香がスナック菓子の袋を開けて広げると、ほむらは無言でもふもふと頬張りはじめた。
「……なんかハムスターとか、小動物みたいな感じだねぇ。あの、おーっほっほっほ、な女王様系のノリはどうしたんだい?」
「あー……。えーっと、その辺りも含めましてお互いに腹を割った会談を行いたいと思うのですが」
あやがためらいがちに言うと、優香は「ふむ」とひとつうなずいた。
「もう少ししたらみんなそろうと思うから、もうしばらく待ってくれないかい」
「はい」
うなずいたあやや、腕組みして見つめて来る優香の様子にまったく興味が無い様子で、ほむらはただもふもふとおやつを幸せそうに頬張っていた。
「おお、お昼の女子生徒ではないか! うむうむ私の話術もなかなか捨てたものではないだろう、なぁ優香?」
しばらくしてやって来た都築は、入ってくるなりそんなことを言って優香にのされて床に倒れこんだ。
続いてやってきたちっちゃな女の子は、部屋に入ってあやとほむらを見て首を傾げた。
「……まこと」
少女は自分を指差してそうつぶやくと、とてとてと優香の方に歩いて行き、その膝の上に腰掛けた。
「補足しとくと、この子は黒木まこと。三年生だ」
優香は膝の上の少女に頬ずりして頭をなでなでした。
「とってもかわいーけれど、先輩なので態度には気をつけてほしい」
「……はあ」
あやがいぶかしげにうなずく。
「さてそろったようなので、はじめるかね」
優香がそういって会談を始めようとしたとき、膝の上のまことが、リモコンをぴっ、と操作してテレビの電源を入れた。
「ん? ああ、そんな時間だっけ」
「あの?」
あやが声をかけるが、人差し指を口にあてたまことが無言でみつめてきたので押し黙る。
しかたなく映し出されたテレビの方に目を向けると、「学園戦隊アースレンジャー!」の文字が踊っていた。
……三十分経過。
「ほう、あそこをああ編集するとは、相変わらず編集技術だけは特撮研究会なだけあるねぇ」
優香が感心したようにうなずき、膝の上のまこともふんふんと何度もうなずいている。
「こんしゅうもおもしろかった。はるかちゃんかわいいかった」
「敵ながら、流石に特撮研究会なだけはあるな。なかなか次回が気になるつくりだ」
ようやく床から起き上がった都築も、アゴに右手を当ててしきりにうなずいている。
「……ちょっと、待ってください」
黙って最後まで映像を見ていたあやが、立ち上がりながら言った。
「全部うそじゃないですか。あの戦いで活躍したのは優香さん、あなただったんでしょう?」
あやは机を叩いて怒鳴った。
「こんなひどい、うその映像を流して、自分達を正義の味方だなんて嘯く、あんな人たちが敵だというのですか!?」
あやが怒鳴りたくなるのも無理は無い。
編集された映像には、ミスター・グレイトこと都築俊夫や、美少女怪人ユカユカこと石神優香が登場し活躍したシーンがまったく入っていなかったのである。それどころが、大地がバズーカをぶっ放した場面の映像と、ペコペコがユカユカに倒された最後の場面をつなげて、あたかも大地の必殺バズーカでペコペコが倒されたかのように編集されていたのだ。
それどころか、倒されたはずのペコペコがなぜかフレアの魔方陣(これはペコペコをリバースさせたときのもののようだった)で巨大化させられ、アースレンジャーの面々が巨大なロボットに乗り込んで校庭で大活劇を繰り広げていた。
「あいつらは、特撮研究会なんだから、こういう物を作って放送部に流してもらうのが正規の活動なんだよ。別におかしなことじゃないだろう?」
優香が首を傾げる。膝の上のまことも、同じように首を傾げる。
都築も、人差し指を額にあてながら首を傾げる。
「今回のシナリオにおいては、新たな敵であるダークプリンセスとの戦いを主軸にすべきで、そこに我々ららら団が絡んでくるのは混乱の元ではないか。あれは正しいと思う」
「……あーすこばるとが、はるかちゃんだった。かわいかった。あくしょんは、はるかちゃんのほうがうえだとおもう」
まことが何言ってるかわからない。
「……そうですか。アースレンジャーばかりではなく、あなたがたにとっても、これはお遊びというわけですか」
あやがつぶやいて、姉の袖を引いた。
「帰りましょう、お姉様。無駄な時間を過ごしたようです」
「ちょっとまちなよ、お嬢ちゃん。帰るならひとつ言っておきたいことがあるんだけど」
帰ろうとしたあやの背に、優香が声をかけた。
「なんでしょう」
振り返ろうともせずにあやが言った。
「あたしらがやってるのは、部活動だ。だけど、あんたらが今日やったことは、ちょっと、部活動の範囲を逸脱してたんじゃないだろうかと思うね?」
「ダークプリンセスは冗談や遊びではありませんので。ましてや部活動などではありません」
「なら、覚悟しときな」
優香がにやりと笑う。
殺気を感じたあやが振り返ると、刺す様な視線があやを射抜いた。
「……今後もこんな騒ぎを起こし続けるようなら、あたしが本気でつぶす」
不意に、表情をやわらげて微笑む優香。
「ただ、楽しい学園生活を送る上ではたまにゃ刺激も必要さ。だからね、笑っていられる範囲内でなら歓迎するよ、侵略者さん」
「……そう、ですか」
あやは背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、なんとか言葉をしぼり出した。
「残念です。あなたとは、お友達になりたかったのに」
「なあに、それはそれ、これはこれ、ってやつだね。そっちの制服の方の姿ならいつでも訪ねてきておくれ。ただし、あっちのスーツのときは命のやりとりをする覚悟で来な」
優香は笑って、スナック菓子の袋をあやの方に放り投げた。
袋はとなりにいたほむらの腕の中におさまって、ほむらがにこお、と微笑んだ。
「では、失礼します」
あやはほむらの手を引いて、政治経済研究会、通称ららら団の部室を後にした。
(やはり、そう簡単にはいきそうにありませんね……)
あやは部室を出たあと、一度だけ振り返り、それからかぶりを振って歩き出した。
かくして、星闇の美姫とららら団の会談は、物別れに終わった。
アースレンジャーに勝ち目はあるのか? むしろららら団のが正義の味方っぽい?
たたかえ、アースレンジャー! がんばれ、アースレンジャー! すごく影が薄いぞ!
君の正義はどっちだ?
まずは、読んでいただいた方、ありがとうございます。
このお話はだいぶ前に書きかけで放置していたものを、比較的最近になってとりあえず一話分完成させたものです。
今のわたしは一人称しか書かない、書けない人間なのですが、昔は三人称でしか書いてなかったんです。その三人称から一人称への過渡期に書かれたもので、たぶん視点があっちこっちに飛んで非常に読みづらいものになっていると思います。登場人物も多いですし。
いちおう、アースレンジャー側は大地が主人公。ららら団は優香が主人公。星闇の美姫はフレアが主人公といった感じになります。
もとの予定では全四話、春夏秋冬のお話で完結予定でしたが、頭の中にしかメモをとっておらず、時間が経ち過ぎてすっかり忘れてしまい、今のところ続きを書く予定はありません。
アースレンジャー後期組みのメンバーがあと二人(白と黒)いたのとか、二話目のおおまかな話くらいは覚えています。敵側のフレアが新規メンバー・アースクリムゾンとして加わって赤と紅だと紅の方がリーダーっぽいよな争いとか、双子のお店ふぇありーずでフレアがバイトする話とかネタはあるのですが、三人称がうまく書けないのと、だからって一人称に変えると全部の話を語れないというジレンマでぐだぐだになっています。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。