4、悪の秘密組織ららら団
「そこを道行く女生徒よ、ちょっと待ちたまえ」
ららら団首領、もとい、政治経済研究会会長・都築俊夫は、妙に気取ったポーズで、廊下を行く一年生に声をかけた。
「何か、御用ですか?」
大人しそうな一年生、紅彩は栗色の髪をふわりとなびかせて振り返った。
声をかけた女生徒が、意外に自分好みの美少女であったことに気を取られたか、都築は一瞬、戸惑って言葉を無くした。
「あの、何か?」
再び、あやが言った。そこでようやく都築は自分のしようとしていたことを思い出したらしい。人差し指を額に当て、首を左右に振ると、再びポーズを取る。
「いや、失礼。ところで君、突然だが今の世の中をどう思うかね? 世の中間違っていると思ったことはないかね?」
「あの、すみませんが、わたし急いでるんです。しゅーきょーとか政治のお話なら、他の方になさっていただけませんか?」
あっさり切り返されて、都築は一瞬つまった。が、こんなのはいつものことである。このくらいで引き下がっているようでは、部員の勧誘などできはしない。
(しかし、この一年生。大人しそうに見えて随分と芯があるようだ。おお、ますますタイプかも)
「いや、そういうのではないのだよ、君。安心したまえ。私はただ、何か今の世の中に思うところがあるなら、我が政治経済研究会で熱く語り合わないか、と言いたかっただけなのだ」
都築は、フッ、と笑って胸ポケットから取り出した櫛で髪を整えた。
「あの、わたし、悪の秘密組織なんかも間に合ってるんですが……」
あやの言葉に、都築はぽろっと手にしていた櫛を落とした。
「き、きさま、なぜ政治経済研究会が、悪の秘密組織”ららら団”の仮の姿だと知っているのだぁっ?!」
都築の剣幕に驚いたのか、あやは一瞬、身体をすくませた。
「だって、入学案内の部活動紹介の欄にちゃんと書いてあります」
「くそぅ、CIAの陰謀だ! 我らが世界征服の邪魔をしおって! ええい、知られた以上はしかたがない、かくなるうえは、貴様に残された道はふたつしかない。大人しくららら団の一員となるか、さもなくば……」
ふ、ふ、ふ、と笑いながら都築があやに迫る。
「……死、あるのみ」
「あ、あのー、わたし、そういうの困ります」
あやが、じり、じり、と後ずさる。
流石に都築の異様な迫力には、勝てないようだ。
「なぁ~に、おとなしく我が研究会に入ってくれれば、何もしはしない」
ふ、ふ、と笑う都築。その瞳には狂気が浮かび、唇の端からはよだれが垂れている。
「こ、来ないで!」
あやはあまりのおぞましさに、顔を両手で覆った。
そのとき!
ぱこーん。どぐしゃぁっ!
まず軽い音がして、それから何かが廊下に倒れこむ、鈍い音が続いた。
「つーづーきーぃ! 強引な勧誘はやめろとあれほど言っただろう」
あやが恐る恐る顔をあげると、倒れた都築の後ろに、テニスラケットを持った女生徒が立っていた。襟章からして二年生。長い黒髪をポニーテールにした、一見、運動部のエース。
彼女の名前は石神優香。ららら団の実質上のリーダーである。悪の秘密組織なんかにいるわりには、比較的言動がまともという、その意味では変なやつである。
「お嬢ちゃん、ごめん。うちの馬鹿が迷惑かけちゃって」
「先輩も、悪の秘密組織の方なんですか?」
あやが驚いた顔をする。都築は思いっきり怪しいやつだったが、目の前のこの女性が、そういう怪しげな組織の一員だとは信じがたい。……いや、いきなり他人の後頭部をテニスラケットでぶん殴るところはそれっぽい感じがしないでもないけれど。
「ああ、そうだよ。興味なかったらいいけどさ、暇だったら放課後にでも見学に来ない? 馬鹿ばっかりだけど、楽しいとこだからさ」
優香がウインクすると、あやはちょっと首を傾げた。
「学園の崩壊を画策するのって、楽しいんですか?」
「……お嬢ちゃん、悪の秘密組織に偏見持ってない?」
偏見も何も、悪の秘密組織なんてみんなそんなものだと思うのだが、どうやら優香の考えでは違うらしい。
「悪の秘密組織って、世界征服とか、秩序の崩壊とか、そういう物を目指している人たちの集りじゃないんですか?」
あやが首をかしげると、優香はにやりと笑った。
「確かにね、ららら団は世界征服を目指して日夜活動しているよ。でも、勘違いしないで欲しい。それはあたし達の目的を達成するための手段でしかないんだ」
「悪の秘密組織にしては、珍しくポリシーをお持ちなんですね。大概のそういう組織って、世界を征服するのが目的で、支配してそれからどうしようなんて考えてませんよね」
あやが妙に真面目な顔をしてうなずく。
「なかなかするどいご意見ありがとう。でもあたしらはね、今よりもずうっといい世の中にするために、世界を手に入れたいんだ。世界がひとつになれば、今よりもきっとずっと平和になるし、貧困を減らすことも出来る。そして、世界を支配するにはまず日本から! 日本を支配するにはまずこの学園から! こう決意して努力しているんだよ」
優香が瞳をきらきらと輝かせて、熱く想いを語る。
それに少しばかり心を動かされたか、あやは少し優香の方に近づいた。
「具体的に、どのようなことをなさっているんですか?」
「早朝・放課後の校内自主清掃。挨拶運動に風紀取締り。あと悪の組織の義務として、正義の味方の相手なんかもしてるよ」
優香が胸を張って言う。
「……最後のはともかく、清掃って……?」
あやがぽかんと口を開ける。
「いずれ自分達の物になるんだから、掃除くらいしとくのがあたりまえだろう? あたしはきれい好きなんだ。それにあたしは暴力は嫌いだ。あたしはね、世界を奪おうとしてるんじゃないんだよ。みんなに世界を譲ってもらいたいのさ。だから、みんなに愛される”ららら団”じゃなくちゃいけないと思ってる。わかってもらえるかな?」
(悪の秘密組織においとくには、もったいないくらいの人間だ)
あやは心の中でつぶやいた。
(こういう人材こそ、”星闇の美姫”にはふさわしい……)
あやは一度、思い切り息を吸い込んで、それから一気にふう、と吐いた。
「今日は、楽しいお話をどうもありがとうございました。放課後に、姉と伺おうと思います。
今は急いでいますので、これで失礼します」
紅彩ことフレアは、そう言うと優香に深く一礼してその場を去った。
優香はその後姿を満足げに見送ると、廊下に倒れこんだままの都築にぶっかけるための、水を汲みに出かけた。