2、星闇の美姫(ダーク・プリンセス)
「成功ですわ。見てください、お姉様。あの愚かな虫けらどもの姿を……」
白い薄絹を身にまとった少女がのささやきが闇に響いた。
そこは暑さも寒さも、そしてわずかな空気の流れさえも感じられない空間。ただ闇だけが総てを支配し、千年の静寂につつまれている。
その、どこともしれない不思議な空間の中心に、二人の女性が青く輝く大きな水晶をはさんで互いに向き合い、細かい装飾の施された椅子に座っていた。
あちこちに飾りのついた、真っ黒な薄いレオタードに見える薄絹に身を包んだ”お姉様”と呼ばれた女性が、占いでもするかのように何事かつぶやきながら水晶の上に手をかざすと、その度に空腹に喘ぐ生徒達の姿が映った。
「ほんとうに、愚かな者たちだこと」
”お姉様”が妖しい微笑を浮かべて水晶を覗き込んだ。
「フレア。あなたの作った奇生獣は、なかなかの出来だったようですね」
”お姉様”は彼女の妹フレアにそう言うと、パチッと指を鳴らした。
「出でよ、奇生獣ペコペコ!」
すると、彼女の声に応えるように周囲の闇が凝縮し、一個の物体を形作る。物体は回転しながら次第に形を整えて行き、ついには黒い学生服をだらしなく着た一人の少年の姿を取った。
「報告なさい、ペコペコ」
フレアが命令すると、少年は”お姉様”の前に跪いた。
「へへ、プロミネンス様、首尾は見てのとーりですぜい。作戦の第一段階は、無事終了ってとこで、ひとつ報酬の方、しっかり頼みやしたぜ」
その少年、いかにもどこにでも転がっていそうな、とことん平凡な少年は、くひひ、とその平凡な容姿からはあまり想像できないような、妙に嫌味な口調で笑った。
「確かに、あなたの功績は認めましょう。しかし、その言葉遣いは何とかなさい。実に不愉快です」
”お姉様”ことプロミネンスが顔をしかめると、少年に代わってフレアが申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ありません、お姉様。奇生獣には、寄生主の愚かな性格をそのまま反映するという欠点があるのです」
「なるほど。元が愚かな虫けらでは、この口の悪さもしょうがないですね。今後はもっと上品な人間を使いなさい……と言っても、そんな人間がそうそういるとは思いませんが」
プロミネンスは口の端で小さく笑って、それからペコペコに退出するように命じた。
しかし、ペコペコは退出しようとはせず、ひひひ、と笑いながらプロミネンスに近づいた。
「もう用はない。早く退出なさい」
プロミネンスが冷たい視線を向けるが、厚顔無恥なペコペコはまるで動じない。
「ちょっと、耳に入れときたいことがあるんだがよ」
そう言って、ひひ、と笑うとペコペコは空の右手をプロミネンスに差し出した。
「報酬なら後回しです。何かあるなら早く言いなさい」
プロミネンスが横目で睨むと、ペコペコは一歩下がって、ひひ、と笑った。
「外でパンを大量に仕入れてきて、大儲けしてるやつがいたぜ。命令外のことなんでほっといたがよ」
ペコペコの言葉に、プロミネンスの表情が強張った。
「学校外には出られないように、結界を張っておいたはずです。それに、水晶にはそのような者など映りはしませんでしたが?」
「あ、カメラならあんぱん五個で手をうちやした」
ペコペコが、くひっ、と笑って舌なめずりする。
「おれぁ秘密組織の一員なんだが、おめぇらにパンを売られちゃぁ作戦に支障が出る、って言ったら、これはほんの気持ちですぅ、だとよ」
くひひひひ、とペコペコが笑う。
「……っこの、たわけものぐぁっ!!」
プロミネンスは拳にオーラをみなぎらせ、ペコペコに大パンチ×3、膝蹴り左右を叩き込み、さらに右アッパーで浮かせて止めにサマーソルトキックを溜めもなしに二発決めた。
「きさま、それでも我が”星闇の美姫”の一員かっ! ああん? 血ぃ見んと分からんかぁ!」
「お、お姉様、落ち着いてください!」
フレアがおろおろと姉を止めに入るが、キレたプロミネンスは止まらない。
「これが落ち着いていられるかっ! このクズ、ボケ、とっとと立たんかいっ!」
プロミネンスはペコペコの胸倉を左手でつかみ、そのまま持ち上げると右手でペコペコの頬に往復ビンタをかまし、左後ろ回し蹴りで壁まですっ飛ばす。
「ぜい、ぜい、今日んとこはこんくらいで勘弁しといたる。クズ! てめえのミスは体で覚えとけや。今度つまらんことしくさったら、次はないでぇっ?」
プロミネンスはそれだけ言うと、一度大きく深呼吸して、再び椅子に腰を下ろした。
「……お、お姉様?」
恐る恐る、フレアがプロミネンスに声をかける。
「どうかしましたか? フレア」
「……い、いえ、べつに。それより、早く手を打たなければ計画に支障が出てしまいますね」
ずたぼろになったペコペコを横目で見ながら、フレアが言った。
「確かに、今のままで計画の続行に意味がありませんね」
プロミネンスが、眉をひそめて人差し指をそっと下唇に触れさせた。
彼女らの計画とは!
説明しよう。まずペコペコのハラペコ光線により、学園中の人間をはらぺこにする。この時もし弁当などを持ってきている者がいればそれを消滅させ(ペコペコが食う)、売店のパンを奪い去り、食堂の食券を焼却する。
そうして学園中の人間がはらぺこぺこになったとき、洗脳薬入りのパン(もちろん売店から奪ったヤツ)をばらまく。そう、ただこれだけのことで、この学園は彼女らの物になるはずだ
った!
だがしかしっ、だがしかぁ~し! おちゃめな双子の販売能力は並ではなかったのである。凄まじい暴利でありながら、美少女二人に微笑まれては何も言えないではないか。
何より、空腹の凄まじさが最大の原因だった。ペコペコのハラペコ光線の威力のせいで、空腹に耐えられずボッタクリにもかかわらずついついサイフの紐が緩んでしまい、おちゃめな双子の売り上げは実に数百万円! 販売総数は数千個にあまりにも上ったのだっ!
流石に学園全員とまではいかないが、ほぼ半数近くの人間の腹がみたってってしまったとあっては、今更、洗脳薬入りのパンをばら撒いてもほとんど意味がない。全員を一度に洗脳しなければ意味がないのだ!
「こうなっては、好きではありませんが力押ししかないでしょうね」
プロミネンスは、そうつぶやいて椅子から立ち上がった。
「では、お姉様?」
「私達も行きましょう。ペコペコ、いつまでもその辺に転がっていないで、案内なさい」
プロミネンスの声に、よろよろとペコペコが立ち上がる。
「何か、嫌な予感がしますね……」
「お姉様?」
フレアの疑問の声に応えもせず、プロミネンスは姿を消した。
(お姉様の勘って、妙な方向であってたりするから……)
フレアはしばらく何かを考えるようにして、それからひとつため息を吐くと、その空間から姿を消した。