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リハビリ ラブ  作者: 黒田 容子
リハビリ ラブ  -シオリside
8/24

ショック療法

一人暮らしを始めて 10年近く経つけど、友達を家に呼んだことが無い。

正直、人を自分の家に招くのが嫌だった。

自分の「空間」を 人の目に晒されるのが たまらなく嫌だったのもあるけど、それと並行して、実は超ボロ屋なんだもん。

取り敢えず住めればいいか、と思って 家賃重視で家を選んでしまった。


だから、いつかトラブルがくるだろうなと思ったんだけど。

...ついにその日が来てしまった。



仕事から帰ってきた雨の中。階段を登るアパート入口にそれは見えた。

階段を登る中、上の段から つるーっと 水の筋が見えた。

珍しいことじゃない、外から吹き込んできた雨水が 一筋になってるくらいなら。

でもそれは… 私の部屋のドアの隙間から 漏れ出ている


えっ? 頭の中がフリーズしそうなくらい 考えがまとまらない。

なんで、部屋の床に「小川」が出来ているの?


いろんな仮説を推理するけど、どれが 正解なのか おそるおそる玄関を開いてみた…




「やだ、雨漏り!うっそー ショック」

天井から 水滴が滴り落ちている。

これが噂の『天井漏水』ってやつ?

屋根が水を通すなんて ホント 奇想天外だわ、思い込みを 通りこしまくり。


一旦 途方にくれてみて、気持ちの整理がついたので まずは ワサワサ動き出してみた


不動産屋は 時間外なので繋がらず。

漏水被害は ベッド直撃、洗濯物 若干の被害

床は 拭けば大丈夫。


マジでゴザイマスカ…


慌てて 寝具と洗濯物の再洗濯スタート

不動産屋来るまで 最悪 数日掛かるとして… どうやって やり過ごそうかな


苦肉の策だけど、天井に 防水シート貼って 水を上手い具合に逃がすしかない

うまくいけば 水を誘導して 好きな位置にバケツ置いては 水を落とすことも出来るかもしれない


希望が見えれば、身体というものは 不思議と軽くなるもので…

私は 「閉店なんて、どうせ 明日(24:00)でしょ」バスで向かえる郊外のディスカウントスーパーへ駆け込む事にした



買い物を終え、このまま帰宅して 水を逃がすための応急施工を始めても良かったのだけれど…

自分を奮い立たせたくて とりあえず あのバーに立ち寄った


「笑っちゃうわよね」

外には 今でも 辛気くさい舌ったらずの雨が まだ降っているはずだわ。

心なしか重たいドアを開けたと思ったけど、やっぱりここは 居心地がいい


今、目の前では、マスターが「それは災難でしたね」と チョコレートを削ってココアを作ってくれている。

マスターが「今日は是非これを飲んでください」「とっておきのチョコレートがあるんです」と、こっそり裏メニュー提供をしてくれることになった。

マスターのチョイスは、間違いがない。

これから、差し出されるであろう 極上に甘くほろ苦い優しい味をしたココアが飲めると思うと、話す声が ちょっとだけ、明るい言葉選びになる。


隣には、互いのケータイ番号すら知らないのに 申し合わせたように 大林くんがいる

職場に帰れば 大林くんのケータイ番号は分かるけど、曲がりなりにも お客さんだしねえ?

自分の個人ケータイへ入れるのは 手が止まったままだった。


会えなければ、会えないで構わないけど、今日は、会えてラッキー

こちらの勝手なご希望だけど 今日は 会いたかったんだよね



大林くんが「で、ここに 来たんだ」とニヤニヤ笑っている。

ちょっぴり辛口に(人恋しくなっちゃったわけなんだ)と、ほのめかすけど、大林くんなら気にしない。

珍しく今日は私服。

「先週の土日、出勤だったから、代休取ったんだ」って、さっき言ってた。

普段、クラシカルなアナログ時計が ワイシャツの裾から覗いたりしているのに。

手元には、はずされたアーミー調なデジタル時計が隣にある。


時計をはずしたままで飲んでいるってことは、途中 休憩中か…

長い付き合い?で、それとなく分かってきた 大林くん

頬杖ついて こちらを見ながら 話を聞いてくれる姿だけみると、今日は調子が悪かったのかな?

飲んでるうちに、気持ちが切り替わって また始めるか、それでも冴えないとさっさと帰っちゃう。

今日は、どっちに転ぶのかな、ふふふ


大林くんは、客先の担当者という目を差し引いても、話が分かる人だと思う。

いささか、こちらが緊張してしまうほど、頭がいい。

決断も早いし、何か起きても動じず判断をしてくれる。

こういうとき、いるだけで有難いし、話し相手になってくれるだけで 勝手に「どうすればいいか」自分で閃いていけるから、貴重なのよね。


そして今回も。

「家賃安くて助かってたんだけどな 引っ越しかあ」

気持ちに踏ん切りはついたし、夜が明けたら 何をするべきか 分かってきたし。

不動産屋が すぐ来てくれるか分からないけど、ひとまず 交渉しなきゃ。

大家に話してくれるんだろうけど、何日も この家に住みたくない事を伝えることと、

その間の家とか家賃とか、引越しするにあたっての、物件の交渉とか。



「そうなんだ」

マスターがつぶやいた。

「一般住宅で雨漏りって 珍しいよね。」

「いやね、雑居ビルとかだと、結構聞くんだよね。

 上が風俗とかエステサロンとかで、水を使いすぎちゃったから、下の階が雨漏りしたっていうのは 聞いたことがあるよ?」


「震災の影響かなあ」

カウンター越しに立ち込めるチョコレートのいい匂い。

「そうかもね」

マスターが微笑む。

「震災の時、生きていて 家も無事だった。…一人でも、悲しい思いをしなかったのは、なによりの話だよ」

そうそう。そう思えば、そうかもね。

「今、雨漏りで済んで良かった。次の家に 早く移りなさいって お知らせなのかもしれないね」


ふわふわのミルクがのせられたココアが 「さあどうぞ」ミントの飾りとともに、手元へ来た。


今日も、イタダキマス。

ミルクの泡を唇でかき分けながら、甘い香りごと吸い込んだ。

添えるようなミントの清涼感が アクセントでいい感じ。


ふたくち、みくち。そのまま 慣れてきたのでゴクリ

飲み進めていくうちに、ぼんやりながらも 気持ちが落ち着いてきた。


今回の災難は、急遽決まった引っ越しだったけど。

自分の会社は 運送会社だから、引っ越しは若干でも社割は効くし、最悪 社宅って選択肢もある。

大丈夫、なんとかなる。



「それで、部屋は、どうしてきたの?」

手に持ってきたアイテムを指しながら、応急処置の話をしてみた。

二人の顔は、なんとも読めない顔。

うーん、我ながら ナイスアイディアだと思ったんだけどな。

「女の子の手で、天井に届くかな」「部屋を出るまで不安じゃない?」

心配してくれているのは嬉しいけど、だからって どうこうしてくれるわけじゃ…


「大林くん、見に来ってあげなよ」マスターの切り出しに

「そうだね、面白そうだから 行く」大林くんが即答する。

あれ。あれれ?

男二人の会話は、それが結論かのように定まってしまい。

「これ、飲み干したら行こうか」

いつものレモネードを、カラカラと振りながら喉へ流し込んでいく。

私は、大林くんを 部屋に入れるのが決定事項になってしまった…



きっとね、たぶんね、おそらくね。

マスターは、いい大人だから。

面倒ごとが起きても、ソフトに和らげてくれる言葉と伝え方を持っている。

きっと、今回だって、悪気なく「女の子なんだから」とか 深い意図があって、大林くんを差し向けたんだろう。

なんか、大林くんに 申し訳ないというか… 恥ずかしいわね。


いつもは、まあいっか。で終わるのに、今日はなぜか、なぜか「まぁいっか」が出てこなかった




「散らかってるけど、どうぞ」

前置きもそこそこに、大林くんが 「悪いね」部屋に入ってきた。


入るなり「ありゃ、ホントに雨漏りだね」そしてすかさず。

「敷金、いくら払ったの?」

天井を眺め、垂れてくる水を、指に絡めながら聞いてくる横顔。

「部屋を出るとしたら、現状復旧の請求がくるでしょ? 敷金で賄えるといいね」

言われてみればそうだ…

明け渡し前に、掃除もしきゃならないわね。


ふう。

そう思っても、いま考えることじゃないし。

立っていても仕方なくて、買ってきた防水シートと紐、テープを、買い物袋から広げた。



大林くん、ホント 普段 どんな仕事をしているのかしら。

勤め先は、精密機械部品の保管倉庫って聞いたけど、明らかに手馴れていた。

「見てるだけでいいよ」その宣言通り、みるみると 思い描いてた通りの応急処置が施されていく。


全部片付いたのは、23:00回っていた。

これから車で帰るんだろう大林くん。

申し訳なくて、コーヒーを入れて差し出した。

ベランダに足を投げ出して、タバコを吸う大林くん。


「ありがとう」

消して戻ってきたとき、不思議と いつもと違う雰囲気があった。

どう違うって… 何がどうって説明できないけど、いつもと違う気がしたの、まとう雰囲気が。

その直感は、背中がゾワゾワするくらい 間違いのないもので。

大林くんが ついに口を開いたときは、怖いとすら思った


「話が決着するまで、空家賃払うのも シャクだと思うけど、ウチ くる?

 姉貴が出ていったから 部屋 空いてるよ」


えっ、と言ったとたん、やっぱり。と思った片隅で、言葉どころか、顔や身体中が詰まった。

だって、オトコの人だよ? いきなり、ただの友達?かなにかの私が ルームシェアしにいくだなんて。

まして 私は 大林くんの会社では、業者であって、しかも直接の実務担当者。


ようやく搾り出せたのは

「…不動産会社 電話してから考える。」の一言。

これでいい、これが一番無難な答え

「それもそうだね。」

読めない声で大林くんが答える。そして

「あ、ごめん。トイレ借りてもいい?」何事もなかったように 部屋から離れていった




一人残された雨漏りの部屋でおもうこと


「ウチ くる?」なんて、軽い言い方して…どういうつもりだったんだろう。

でも、大林くんのことだし、なぜかどこか憎めない。きっと、悪気はない

だからって、どうなんだろう?


けれどね、

どっかで思ってたの…この間柄って いつまで続くんだろうって。

いままで「恋愛」とか「オトコ」とか、意識するのもわずらわしかった。

相手は、大林くんだし、お互い それでいいと思ってた。

どこかで、「世間で言う普通の感覚」に戻る日が 来ても来なくてもどっちでもいいって思ってた


でも、いま。今、突然訪れた。

さっきの一言は、すっごくすっごく 自分が「オンナ」になって、聞いてしまっている


いやだ、この違和感。

私、いまさら急に「普通」になっちゃった。


幸か 不幸か。

ここで始めて 大林くんを 男として意識しはじめた


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