転がり込んできた イケメンとやら。
頼まれ仕事も終えて、溜めてる仕事の締切もまだ 時間がある。
今日は 追われてないまま食べられる昼食のひととき。
お気に入りの定食屋へ向かった。
職場から近い上に、誰も趣味じゃないらしく 会社の人と会わないのよね。
一番好きなのは、カウンターの席。寿司屋っぽいモダンな御ざぶがある椅子が 好き。
穴場だから気に入っているんだけど、シュウガ焼き頼んでいたら 「(あ、さっきのメガネ)」
颯爽とすぐ隣に座ってきた。
ほら さっき、ウチの会社に来た例のイケメンって人。
なんで よりによって隣に来るのよ…
そっか、カウンター席 ここしか空いてないからか…
さっき 会ったのも 忘れてるみたいで(というか、物陰から見ていただけなので、多分 気付いてもいないのかも) あちらは「肉じゃが定食」とか 頼んでる
ま、会社付き合いなんて そんなもんよね
まぁいいか。
でも、一応 面倒くさいから 不自然じゃない程度に テーブル席へ変えようと 立ち上がった。
だって 面倒くさいじゃない?なんか。
まるで トイレへ行くくらいな自然に立ち上がって。
そのとき、何か パタリと音がした気がした。
足元を見回しても、心当たりになるようなものは落ちていない… やっぱり気のせい?
じゃあ いいか。と 歩き出した矢先の事だった
「落ちましたよ」
隣奥にいたイケメンさんとやらが 話しかけてきた。
振り返ると、差し出されたのは 私の社員証。
入社当初の初々しくて(まだ)かわいい顔写真が刷り込まれている
できれば見られたくなかった、私の社員証…まさか 拾われるなんて。
「ああ どうも」
あわてて、手元に受け取り、ストラップで証明写真を隠すようにカードを巻いた。
そして、そのまま制服のベストポケットへ
「さっき、会いましたね。牧瀬さんって、いうんだ」
失礼、そちらの事務所で目が合ったから。悪気なく言う顔がさわやかだ。
「先ほどは、ご足労いただきまして…」
一応、社交辞令で会話を返してあげた。
頭の中では、面倒くさーい が大連呼
面倒くさい・でも邪険にもできない 葛藤がくすぶっている
オマケに 警戒心は 悪い感じに感度良好
だって 事務所で一瞬すれ違っただけで、顔を覚えられてる。
軽いオトコ?
「これから戻られるのですか?」
社員証を拾ってもらった引け目あるだけに、席を変えるのは ちょっと諦めた
「今日のところは、一旦ね」
のんびりいう言い方は ちょっと好印象。警戒感度低下中。
下手な愛想もないのが 変に意識しなくて、話しやすい、かも、かも?
「実務やってる人だよね? 俺、発注書とか打つの、遅いかも。先に謝っておくよ」
「手書きでも、読めればいいですよ」
「そう、よかった。これからよろしく」
会話はそれだけだった。あちらのケータイが鳴って そのまま帰ってこなかったから。
会社に戻ったとき、営業と課長に呼び止められた。
「さっき来た 新しい担当者、俺苦手でさ。やり手っていうか…キッチリしてて全部覚えてそうだから 誤魔化しが通用しなそうなんだよね」
「当分、表立った不手際もできないから、牧瀬さん、担当頼める?」
はいはい、わかりましたよー
要は 新人に引き継げるまで 私が 書類関係と諸手配をやれってことね。
人間関係が出来上がって、「すいませーん やっちゃいましたー」で通るようになるまでは 私がやるって訳ね。
私が、このフロアで重宝される理由の一つが、反抗しないお局だから。
多分、事務職が向いているんだと思う。
目立った自己主張もしない、思い切った提案もしない。
良妻賢母よろしく、慎ましやかに やり漏れ仕事を拾っては 軌道修正している
私が居ないと部署が回らない。
そのためか、人事異動の波にも攫われずに済んでいるし 人事面談も5分で済むという 超手堅い社員
我ながら、安全パイ生活
「(また仕事増えたなぁ… まぁ 頃合をみて 誰に引き継ぐかかんがえよーっと)」
そんな事を考えながら、席に戻ると メールが届いていた。
差出人は Takanori Oobayashi と表示されている
だれが 何の用だろう、それは、本文をみて分かった
To:Shiori Makise
From:Takanori Oobayashi
大林です
先ほどは、食事時をお邪魔しました
早速の依頼書テンプレート、ありがとう
慣れないうちは ご迷惑かけると思いますが 宜しくお願い致します
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添付ファイルには、私が午前中最後に送った例のメールへ貼り付けたもの
そっか…
この人、あの時の名刺の人なんだ。
例の「イケメンとやら」さん
素直でかわいいなと思った。
曲がりなりにもお客さんだし、たぶん この人、年下だろうから、軽んじるのも大人気ないと思って。
一旦返信を返してあげた
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To:Takanori Oobayashi
From:Shiori Makise
お世話になっております。
ご確認いただき、ありがとうございました。
今後とも、どうぞお気軽に ご相談ください
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その日の帰り。
ご丁寧にまた返信が来た
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To:Shiori Makise
From:Takanori Oobayashi
そういってもらえると、気が楽!
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なんか かわいいかも。
正直 担当者が変わった=覚え直しの仕事がある 手間でしかないけど 気さくな人は 嫌いじゃない
私はこっそり、「大林くん。」と呼ぶことにした。
なんか、律儀で礼儀正しくて。
正直に、「打つのが遅い」って申告してくるあたりが、素朴さあっていいよね。
営業たちは、「あの人 キレ者すぎて怖い!」「笑顔で人を殺せる人」とか怖がってるてたけど… ちょっとだけ ひっそり笑った。
仕事の相手なんて、顔はどうでもいいけど 中身が伴っていれば頑張れる。
仕事増えたけど、楽しい仕事なら まだいっか。
あれから数日後。
自分宛に電話が掛かってきた。
いや、違うの。営業が誰もフロアにいなくて、「牧瀬さん、お願いします」
新卒2年目の女の子が 電話に出るだけ出といて、後は頼みますと わざとらしくトイレへ向かっていく。
やられた。逃げられた。
…自分に答えられないからって先輩に振るのはいいけど、トイレはないんじゃない?隣で何の会話だったか聞かないと仕事覚えないのに…
ふう、とため息なのか 深呼吸なのか。ひとつつぶやいて。
「お電話変わりました。牧瀬と申します」抑揚のない声で電話に出た。
「どうも、大林です」
あ、『大林くん。』
ちょっとだけ ささくれ立った気持ちが なめらかになる
内容は、営業の人なら誰でも答えられた簡単な質問だった。
あ、どうかな…あの子、答えられるかな。ま、いっか。
「では」と電話を切ろうとしたとき。
「あっ、もう少しいい?」
電話を伸ばされた
「エクセル、詳しい?」
何かと思えば 今度は この前送った見積り提案書の話
私がこっそり仕組んだ関数に気が付いたらしい
「俺、全く詳しくないんだけど あの表示あると便利だね。」
ちょっと嬉しくなる。
自分のシゴトを察してくれた御客さんって なんか嬉しい。
ちょっとだけ 調子にのりながら 話をしてしまった。
「あれ、関数っていうんだ。勉強になったよ、ありがとう。 自分でも 勉強してみる」
その時 電話は 手短に切れたけど、
大林くんの勉強熱心に火が付いたらしい
その日からというもの、私が関数を組んだら、どこかに 関数を入れ返してくるようになった
「こんなのあるわよ」細工したら、必ず気がついてくれて、それを 「それならば、こんな方が」微妙に再細工して返してくる
まるで ワークシート上での技比べ。
お互い ちょっとだけ本気でちょっとだけ遊んでる
私が 「やられた」って言ってる頃、きっと大林くんは 「どう 打ち返してくるか」ニマニマ考えてる
きっと 逆もある
ちょっとちょっと?
久しぶりに手応えのあるお客さんじゃない?
なんか これって 楽しいかも?
戦いの場は、エクセルが有る限り フィールドがある
時には、見積り書
時には、プレゼン資料
はたまた時には、過去の履歴データ、請求明細
まるでそれは エクセルを通した秘密の交換日記
いつしか ただの計算式は 関数勝負になり、この頃はついに マクロ勝負になってきた
だって 大林くん、本当に 勉強熱心なんだもん。
シレッと「メール、返信しましたから」っていう割には だんだん高度な知恵が付いてきた
うふふ、ちょっと 手応えあって 面白いわね
実は、こう見えても 独学社内SEの私。
社内から 頼られるばっかりで やむにやまれず勉強して覚えた。
覚えた知識で それなりに、フロアの(というか、このごろは 『社内の』?)面倒事を手伝っては、さらに経験は積ませては、もらったけど。
この頃は いい加減「(その程度のことくらい、出来るようになってよ)」ウザくなってきたトコだった。
新鮮味がないというか、こちらの向上心を満たしてくれるような、楽しませてくれる人もいなくて。
ぶっちゃけたところ、毎日に 実は若干 退屈してたのよ。
相手はお客さんだけど、多分それなりに頭のいい人だと思う。
適度に程よく アカデミックに遊んでくれる人が現れて ちょっと面白くなってきた
いつしか私は、「終わりなき 終わらないでほしい戦い」と銘打つようになった




