お話し合いをしましょ?
同棲中の恋人、タカノリと行き着けのバーに行った時のこと。たまたま 「あの人」に会った。
…この前家にふらりと来た、タカノリの友達。すっごい正統派美男子だったから、つい見とれちゃってたら…その後、タカノリから「お仕置き」されたくらいの罪な美男子さま。
「大林?」
振り返ったあの人は、女連れで…一目で相手は奥さんだと思った。ニコニコとあの人を見つめながら、わたしにも、人の良さそうな笑顔を向けていた。愛されてる女の人特有の笑顔。
「リュウイチ、来てたんだ?」
タカノリが返事をした。
「リン兄とここで会うなんてねー」
奥さんも笑う。タカノリが一瞬、苦笑いを浮かべたのを、わたしは見逃さなかった。
タカノリは、愛想笑いが少ない性格…元々クールだから、彼の笑顔は気持ちを許してる証拠。じんわりどす黒い気持ちが出てくる。
奥さんがそのまま「ワンゲーム、やってくれば?」旦那さんに声を掛けた。
すると旦那さんは、「デートで来てるんだ、悪いだろ」と諭す。
…ラブラブって事ね…別に、良いんだけど。
間に入ったのは、マスターだった。
「僕、柏木さんと大林さんの勝負、みたいな?奥様も、旦那さんの良いトコ見たいみたいだし??」
チラッと、奥さんをみると、女の人は
「リン兄、やっちゃって!」
タカノリの肩に手を掛けた
チクッと胸が痛んだ。
嫉妬じゃないの、いや、嫉妬かもしれないけど。
若くて、純粋そうに笑う…擦れてない女の人に見えた。タカノリが一瞬
「いいのかよ、それで」
と、気安い笑顔を見せたから。
タカノリが他の女の人と話すくらいは、別に心配しないけど… まるで妹かに見せるような砕けた笑顔だった。
この人は、きっと 誰とでも壁を作らせない…天性に愛される人。旦那さんが
「残念だが、お前の期待通りには、いかねえよ」
奥さんをこずいている。結婚指輪がキラキラ光って、妙に輝いてるようにみえた…
昔からの知り合いなの? でも、私に見せない笑顔が何でそんなに出るの?
勝負は、タカノリが勝った。本当に強い者同士の勝負だった。タカノリは、たまに先手を打つような勝負に出るけど、柏木さんは、その更に先の心理戦をみせてくる。
タカノリの勝ちが決まった瞬間、奥さんが呟いた。
「流石、リン兄ぃ。…リュウイチ、善戦ってとこだね~」
だから…貴女は…何者なんです…か??
無邪気に笑い、そして、私より近い位置でタカノリを出迎え…旦那さんに引き渡されているその姿。
若くて人の良さそうな雰囲気だけじゃない…醸すオーラが、ますます私を居心地悪く蝕んでいった…
結局、彼女の正体を聞けぬまま私達は家路に着き、ダラダラと寝る時間になったときだった。
…寝るにも…まだ早いのよね…しかも、このまま眠れるとも思えないし。
寝酒、なんかあったかしら?
数時間前のモヤモヤがまだ解けない。ぼんやりと冷蔵庫を漁っていたときだった。
「コンビニ行く?」
一人で開けていた筈の冷蔵庫が大きく開いて、暗がりだった筈の台所に、いきなり照明が付いた。そして、後ろから、モヤモヤの根源の声。
「さっきの…俺の上司だよ? 」
振り返るとタカノリがクスクス笑っていた。
「柏木…って名前、契約書で見た事あるでしょ?あの人だから。」
タカノリと私は、仕事上では、お客さんと業者。タカノリがお客さんで、私の職場が…業者。
仕事中のタカノリが送ってくれた契約書を頭の中で思い出した。
「だって、女の人…えっ?」
そういえば、契約書の責任者名、女性だった。
前、ちらっと聞いた気がする。タカノリは、昔、バイトから契約社員になって、そのまま社員になったって。後から入ってきた正社員の後輩が上司だけど、面倒みてきた手前、「上司」って感じがしないって。
だって。
貴方、そんな…フェミニストだったかしら?
不意に距離感の掴めない気難しい人だと思ってたから、貴方が気に入る女の子だってそんなに多くないって思ってたはずなのに。
タカノリは冷蔵庫を閉めながら言う。
「人を疑うなんて素直じゃないね?」
「疑ってなんか」
だって、上司が女性だなんて…言ってく… れていた…わね
「へえ?」
でた。タカノリのいじめっ子スマイル。
「リュウイチの嫁さんが俺に手を掛けた時、目を反らしたじゃん。」
「そんな、気のせいよ。」
「シオリ、嘘吐くとき 逆に目を合わせるよね?一旦、笑ってから話す時は特に。最近気が付いた。」
鋭い…
「お仕置きだね?」
何されるんだろう。不安が沸き起こるけど、
誤解が解けて、安堵もまた広がる。
「あーあ、相変わらず リュウイチに見とれるし。俺、浮気疑われるし。」
タカノリが笑いながら「酒は買ってこないと無いよ?」台所の照明を消しながら言った。
突然暗くなった台所…薄ぼんやりとした空間の中、
「飲み足りないご様子だけど、どうする?」
薄い台所でひっそりと囁かれた。
「どうするって。」
愛想もなく返した私に、
「言えば?『紛らわしい事、起こさないで』って。」
タカノリが暗がりでも微笑んでいたのがわかった。
「笑うとこ?」
照明を消したあの指は、今、私の手に絡められて。
「早く『笑い話』にしようぜ?」
「『笑い話』?」
「お互いのこと、まだ分かんねーから起きた事だろ?積み重ねが足りないってこと。」
クスっと笑うタカノリの息が私に掛かった。
その顔が見たかった。
ううん、今は暗いから、顔なんか分かんないけど、タカノリの気持ちが分かって…
ほっとした。
だめね、私。
久し振りに男の人好きになっちゃって、自分が変に初々しくなっちゃった。
でも、相手がタカノリで良かった。大人だから分かってくれる。大人だからきっかけも作ってくれる。大人だから…
「さて、俺の『シオリ不信』は、どうして貰おうか?にダマされないよーに、縛られとく?」
タカノリが不意にワルぅい笑い方をして見せた。
え?
「俺も収まりが着かないんでね?ちょっと、『誠意』、見せて貰おうか?」
壁にもたれかかって、私を見ていたのが、いつの間にか抱き寄せられているというか…私が壁に押し倒してるポーズに追い詰められてて。
「な、なら。お、お話し合いをしましょうか…」
ようやく絞りだせた私の声を、タカノリがクスクスとまた笑った。
きっと、これからイジワルに追い詰められるのだろうけど…甘くてほろ苦く仕立てられるのね。
タカノリのメガネのフレームと息が、少しだけ顔に当たったのを感じながら、私は目を閉じて、身体を預けたのであった…
大人のお話し合いをしましょう…ね?タカノリ。