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リハビリ ラブ  作者: 黒田 容子
リハビリ ラブ  -タカノリside
15/24

いつか シェルターを出る日

程よく遊びつかれ、なんとなく時間が過ぎる。

場が緩んできた後に飲む締めの1杯の時だった

「この業界にいると…」

今日は、珍しく 仕事の話がでた。




「クリスマスと花見は、できないよね」

この業界にいれば、意味が分かる一言だ。


年末は、最近は減ったが、お歳暮繁忙期。

3月は、年度末繁忙期。


「お歳暮の時期って、クリスマスと重なるから」

彼女が 少し遠い目をした

「通販会社が荷主にいると 特に ハマるのよね」

そうかもしれない

クリスマスは 遊ぶものじゃない。稼ぐものだ。

味気ない、なんていってる暇もないほど、忙しい。


考え直せば、クリスマスから 一週間頑張れば、年が明ける

この時期の基本は「子持ちと新婚以外は 強制残業。」

そうかも、と 互いに笑った


なお 特にひどいのは、3月繁忙期だ。

「毎年、4月は、抜け殻になってるから 花見をする気力がないの」

夜桜でも見ようと、公園へ行こうと思うでしょ? ライトアップすら消えてるのよ。

ふふ、っと寂しそうに笑う。


残念ながら、気持ちは分かる。それを言われると、辛い。


牧瀬さんのトコの荷主としては、といいかけて 引っ込めた

「八重桜の散り際のあたりで、ようやく 落ち着かないか?」

そうそう。と、グラスの腹を撫ぜながら、彼女がいう

「八重桜が、春の通り雨で 重たく濡れてる姿とか…毎年、そのあたりで、思い出が残り始めるのよね」


関東は、4月の上旬には満開を迎え、首都圏の桜は、そのまま1週間足らずで散ってしまう。

繁忙期、終わった…と 気の抜けた朝を迎え、そのまま惰性で夕日を見る時間をすごす毎日

それが抜ける頃には、ゴールデンウィークになっている。


残念だが、この業界はそういう業界だ。



今度は 俺が話始めた

「ウチの職場。ある年、意地になってね。

 ちょっと引っ込んだ人里まで車を出して 花見兼バーベキュー大会をやったんだ」

そしたら? 彼女の顔が 咲いた

「まだ寒いんだよね、人里自体が。」

日が陰るのは早いし、雲と風が流れるのも早い。

「桜吹雪は きれいだったけど、焼肉のタレに花びら入ったり、紙皿は ひっくり返るし。」

近隣のピザ屋・すし屋・ラーメン屋に みんなで同時に注文して、どこの店が配達早いかトトカルチョ。

それは途中までは、盛り上がった


ただ。

人里すぎて、迷子になりやがって。「やばい、腹へった」男たちが殺気立ち始めたという顛末

「…面白かったよ、ホント」

さすがに、「来年もやろうね」の声は出なかったが、「ウチら、がんばったよね」で 後々まで盛り上がった話だ



「いいなぁ」

彼女が うらやましそうに笑う

それにつられ、こいよ。と言いかけそうになった


いや、言えば「お世話になっている業者」として ウチの人間は 普通に受け入れるだろう。

むしろ、支障は ない気がする。

子供を連れてきた人、奥さんを連れてきた人、誰が誰の連れなのか分からないほど 入り混じっていた


どこの誰とも気にせず 笑いあい 場を楽しむ

盛り上げ役がいて 世話役がいて 心置きなく笑う人にまた 笑う顔が増える


その和の中に 彼女がいたら?


不自然じゃない、むしろ 似合う

今のように、さりげなく会話しながら そつなく 手伝いをして でも、立場は分かってる


…!


不意に 肘につっぱりを 感じた

「ねえ?」

袖を引っ張り 彼女が 呼び掛けてきた

「?」

目が合った時は 助けを求めてきてるような顔

「悪い、どうした?」

平静な顔で返したが、内心は 一人 妄想していた…目の前の女の子で。

我に返りながら、聞く


気持ちのなかでは、困惑一色だ。

恥ずかしかったのと、一瞬 心の底で 困った


じっと自分が見つめられてる

これが噂の『上目遣い』という奴か


身長差は仕方ない。ただ 今も続く上目遣いに 困らされてしまう。

本人は 意図してないのか、

「ケータイ、鳴っていませんか?」

まだなお 俺を見続ける。

「ああ…」

バイブにしていたから 気が付かなかった。

胸元で着信ランプが瞬いてる。

「さっきも鳴ってませんでした?」



「はい 大林です」

電話の相手は 上司だった。

大した用どころか、とんでもない連絡だ。かなりの緊急の相談だったが…

「分かった~ こっちでなんとかするわ~」「退社後に電話してゴメンね~」と、話がついた時は 話の半分は忘れた


「終わった?」

その顔に 息が詰まる。

だが、とめたままの息を開放したとき、それは、ひどく 居心地がよかった。


分かった気がする…なぜ息が詰まったか。


「会社、ですよね?」

大丈夫ですか? と 今度は 怪訝な顔に変わる彼女

「上司が 自分で、なんとかするって。」

大丈夫だ、と答える

「そ、う」

緩んだ互いの間の空気。

あたかも いつも感じている「日常」へと戻っていく

それが 肌で分かる

あらゆる温度がいい、変わり方がいい。

彼女と「二人」でいる間にたゆたう空気は、いつも自然だ。

…たまらなくいいな… しばらく、楽しんでいたくなる。


上司とかは、俺という個人へ用があって「見据えて」くる

彼女だけは、俺という個人と用があって「みつめて」くる

息も止まるわけだ。




店を出れば、また「俺たち」は、「客」と「業者」に戻る

知らない人間がみたら、別れ際の恋人同士に見えるだろう。


けど いまのところは お互い 練習相手~気の合う付き合い ぐらいの間柄だ

俺自身、「彼女」「恋人」「好きな人」というモノに まだ気持ちが構えてしまってる。

「絵」は浮かぶが、踏み出す気には なっていない


言い訳かもしれないが…30越えた男には、余計な心配をする必要が出てくる

俺は、遅ればせながら 正社員の身分を獲得した

ようやく、社会的な面も充実してきた。

今このタイミングで 面倒事は 増やしたくない


そもそも 世間の「恋人像」自体が 余計な世話だ。

ここは、都合のいいシェルター

俺が、甘い面倒事へ 取り組めるまで 隔離してくれる




我ながら 悠長に構えているとは思う。今の牧瀬サンに 男がいるとも思えないからだ。


彼女には、考える中に「男を頼る」という選択肢が常にない。

並の神経の男なら、立場がない。居ても続かないだろう

もしかしたら、すでに 世間の男に幻滅しているのも考えられる

だから、そんなに 排他的な雰囲気が時折みえるのか…


俺は、女に頼られるのも嫌いではないが、黙って応援もできるタイプだ

甘えられるのは、好かないが、頼られるなら 受けてもいい


だから 多分 俺とも会話が続くのだろう



まあいい。

しばらく、お互い 都合よくシェルターにいよう

いつかシェルターを出る日があれば、その日はその日だ

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