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リハビリ ラブ  作者: 黒田 容子
リハビリ ラブ  -タカノリside
14/24

絵として浮かぶもの

マスターから「大林くん、連れてくるだけ連れてきて 放置ってのは 冷たいよ。」と諭され

正直、気分が重たくなった。

個人的な連絡先も知らない相手に、義務か指令のようなものを背負った気がしたが…

幸い、あまり 間を置かずに 彼女とは会えた。



店のカウンターに腰を落ち着けた頃には、彼女とマスターがすでに盛り上がっていた。

「シオリちゃん。何回か、コソ練しにきてたんだよ」

と マスターが暴露すると

「それを言ったら コソ練にならないじゃない!」

彼女が 笑う

すっかり 馴染み客みたいな雰囲気が 温かくていい

この子のいい所は 変に気後れしないで 自然体で馴染むところだろう

場慣れしている、とは違う。その場に溶け込めるだけの落ち着きが、元から備わってる


「俺も コソ練しにきてるから 大丈夫だよ」

「そうなんですか?」

ああ、と返す

「一緒に遊んでた奴が 異動しちゃってね。 たまにしか会わなくなったんだけど」

マスターが横から口を挟む

「クマ吉のことだね」

そう。

「強いんだ、その男。」

マスターが 同意するように頷く

「ミスが少ない。追い詰めても、動じないから 相手にすると 気持ち悪い」

見た目は マスコットのクマみたいな童顔男。

そのくせ、攻めも守りも 確実に押し出してくる。

「この俺が、ついに コソ練する必要になってきたわけよ」

自慢なんだか、自嘲なんだか 笑う顔で 牧瀬さんをみると、つられたのか 笑ってくれた


そうなんだよ

クマ吉相手に、簡単に負けたこともないが、快勝したことも ない。

奴は 本社へ異動してからも 近場で練習しているらしい

禍根がない訳でもないだろうに、例の元恋敵 兼 今の上司 と練習してるという


…柏木さんも 巧いらしいからな…

俺は俺で 練習させてもらおう

「じゃあ 始めようか?」




普段の仕事ぶりでも思った通り 牧瀬サンは 飲み込みが早かった

一を教えれば十を知るとはこのことで。

加えて、気持ちにムラがなく 成功率が常に 安定している。


女とは もっと 感情主体な生き物だと思ってた

一時は 抑えていられたとしても、ふとした瞬間に 破裂する

とたんに 喧しくなり、捲し立てる生き物、煩わしい存在だと。


牧瀬さんだと、そこがない。付き合いやすい。

ゲーム中も 常に淡々としている。

自分に都合の悪い展開になったとしても 見苦しい言い様をすることもない。

上手くなってくれれば いい対戦相手になるかしれない。




3ヶ月もたつ頃には、一通りの打ち方を覚え こちらが驚くほど 巧くなってきた

自分でも 面白いと思うようになったらしい。

いろんな戦法を試しては、「うーん」や「やった」を繰り返して…楽しそうだ。


あまり表情が大きく出ない彼女だ。

ふいに、無邪気に嬉しそうな顔をする姿を みるのは、気持ちがいい。

不意打ちに笑う顔を見れると ラッキーと思える


いつしか俺は、会社を出る前に、月間の出荷オーダーを確認するのが習慣になった。

出荷オーダーが多い日は、牧瀬さんの会社へ依頼を多く出すことになる。

つまり お互いが忙しいという意味。

依頼書の枚数が少ない日を決め打ちして「来週の○曜日あたり、予定、空いてたらやらない?」誘う


暇なのか、好きなのか。ほとんど 断られたことはない。

マスターが作るカクテルが、気に入ったのも、ひとつあるだろう。

「マスターの仕事を見ているのが好きなの」「飲み物も 料理するものなんだなーって思える」

怖いくらい の視線で見ている


俺が遅れてきたときは、マスターと話している。

牧瀬さんが遅れてきたときは、準備運動 兼 手慣らしで打ち始めている。

互いが 無理をすることなく会えてるのが、いい。




今月も、ウチの出荷計画が更新されて。店で会った誘った時に、次回を誘った。

が、今夜、当日になって「済みません、ハマりそうです。間に合いません」これなかった

俺の会社以外にも、荷主を担当しているとは聞いている。


まぁ、そういう日もあるだろう。

気にせず「一人で練習するか…」店に向かい、マスターに挨拶したときだった。



「あれ? 一緒じゃないんだ?」

反応に困る。そんなに、意外そうな顔をされるとは思わなかった。

どういう顔をしていいか分からず、戸惑う自分がいる。


彼女とは、店のカウンターで待ち合わせてる

いつも 一緒に入ることは、無かった…が?


一緒にいる予定がある日とない日

俺は そんなに 態度が変わるのだろうか?

今日は、店に入るなり、そさくさと 飲み物を口にして 道具に手をとったから?


「シオリちゃん、急用?」

ああまあ… そんなところだろう

「深くは聞いてない。ハマったとは聞いた」

ふーんと マスターが返事をする

「取引先同士だっけ? 仲、いいよね」

そう言われてみれば、世間的には そうなるのだろう

「たまたま だろ?」

「たまたま、なんだ」

クマ吉が 一緒に働いていたときは、奴が 配送の出入り業者と飲みに行くのを見掛けたし

俺たちの上司も 顔を出しに来たリース会社の営業と昼ごはんを食べに行っていた


…珍しい、のか?


「一人でも 来たいときは来るさ」

子供じゃない

もともと 一人で練習するときもあるしな

「そうなんだ」

マスターがまた返事をした



言われてみれば、久しぶりに 一人で打つ気がする

今日は 珍しく客が少ない店内。自分のかもす音しか聞こえない。

いつもは、馴染みの一人客が隣り合ったりすると、それとなく マスターが 引き合わせて 対戦させたりと気を回してくれる


今夜は その相手すらいない、深閑とした静けさ。

一種、仏閣に漂うような整然とした空気が好きだった、が。

今は 静か過ぎるだけに、気が散って 思うような展開に出来ない。

…折角 好きに練習出来る夜なのに。

気分に合わせた自主練習のメニューも 生憎まとまらず、目的もない時間が 緩慢と過ぎていった




「(マスターが 変なこというからだ)」

あの後は結局、どう 気持ちを切り替えていいか分からないままだった。

「こんな日もあるのかもしれない」と、店を出てきて 今に至る

生暖かい自宅のシャワーに当たりながら、ままならない思考をまとめようとする


「取引先同士だっけ? 仲、いいよね」

マスターの一言が、ちくりと刺さったのが きっかけだった。

だが そもそも、この一言に、マスターが何かを含ませていたか?

まさか。

何の気のない一言に、俺が 過剰反応しているだけだろう、勝手に。


はは。と、乾いた笑いが出た。まるで 俺らしくない。

これではまるで、高校生の合宿の夜の会話だ。

指摘されて、上手く切り返せなくて ワタワタしているだけだ。


確かに、日ごろから人の機微には鋭いマスターのいうことだ。

それは、俺も 一目置いている。それが、俺自身に向いただけに、動揺しているだけだ。


掛け流し状態のシャワーの音を聞きながら 目をつむる。


あの時「仲がいい」その一言に 嬉しくなった。

嫌、ではない。

今の気分は、自分の気持ちの置き所に困るぐらい…若干 嫌だが、これとは無関係だ。


牧瀬サンは、いい子だ。それは思う。

だが、世間が期待するような…その先の姿は 自分の中で、絵的に浮かんでくるものじゃない



なら 何で俺は 動揺したのか?


「駄目だ、今 考えても答えは出ない」

結局、俺は 身体の水気を払うと、早々に布団へ寝転んだ




寝て、目が覚めたときは 「動揺した」ことすら忘れていた。

翌日、牧瀬さんから「昨日は~」と改めて連絡がくるまで、思い出しもしなかった


所詮そんなものだ。 自分に笑ってしまった。


今の俺に、次の姿が 絵として浮かぶわけがない。

浮かぶ日がもしくれば、そのときまた…考えればいい。

ただ 着実に ゆっくりと、「絵」の存在を意識するようには…なっていた。

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