恋愛には、興味がないと駄目なのか?
「不謹慎かもしれないけど、柏木夫妻のおかげなのかもね」
マスターが 今だから言えるけど、と失笑する。
「そう…かも」
俺は、3年位前を思い出し始めた。
「大林って、好きなコとかいないわけ?」
昔から、その質問が一番ウザかった。
自慢じゃないが、10代の頃から、モテる。
大学まで 勉強で苦労したことがない。それなりに成績が良かった。
背が高くて 太りにくい。
部活も、早い段階でレギュラーになっていた。
そんな俺は、女の目を引くようだ。
「どうして彼女作らないの?」「好きな人いないの?」探りみたいな質問に晒されることが 年々増えた。
毎回面倒だ。上手くはぐらせられない。どう答えれば、誤魔化せるのか分からない。分からなかった俺は、素っ気無くした。
最初は、硬派とかクールとか もてはやされ、 更に ウザくなってしまった。
が、そのうち、今度は ゲイ志向の噂が流れた。
そうなると もう、全てが煩わしくなる。
大いなる誤解だ。
挫折といえば、挫折になるのだろう。
そのうち、俺は、人と付き合いたくなくなった。
どうして、俺を「恋愛に興味のない人」と 素直に扱わない?
「どんなタイプが好き?」詮索される自体が、気に入らない
頼む。ほっといてくれ…それが、俺だった。
自分でも人を選ぶ俺だが、行き着けのビリヤード場がある
マスターとも懇意なのもあり 五年ぐらい通っている。
職場の同僚「クマ吉」と一杯やりながら打つのが、このごろの趣味だった。
クマ吉は、俺とは正反対の性格だ。
社交的で、基本的に温和。
分け隔てなく優しく、そして タフなクマ吉
腕っ節が強く、酒はザル。
何でもカラッと笑って、どんな面倒ごとも引き受けてくれる気前の良さが頼もしい。
唯一、騙された気がするのは、いつまでも老けて見えない童顔。
深く付き合えば分かるが、気概は、珍しいぐらい男前。
絵に描いたようないい奴だが、今日のクマ吉は、浮かない顔をしていた。
「これで良かったんだ」
クマ吉が失恋した。
相手は、俺たちの上司。
ちょっと名の知れた精密機械メーカーのグループ商社で 俺たちは働いている。
ただ…
俺たちは、正社員じゃない。
そこの保管倉庫のパート。
数字と記憶力が強い俺。
チームワークを支えるのが上手いクマ吉。
俺たちは、入った頃から 出来が良かった。
時間をかけずに、ヒラからパートのリーダーに上がり、数年後、契約社員になった。
それでも 所詮、契約社員どまり。
クマ吉が 好きになったのは、俺たちを雇用する正社員の女の子。
だが、最後まで告白できることなく、その子は、本社の男と結婚してしまった。
「クマ吉?」
「ん?」
上の空の返事が痛々しい…お前。
無理して、明るい顔するな。
クマ吉が 彼女を好きだったのは 前から知ってた
多分 皆 知ってた
それが 本物の気持ちだったのも。
現に、彼女が頼むことは 絶対 断らなかった。
下心を通り越して、多分 本当に尽くしていた。
確かに、それ程のいい子なのは俺も認める。
可愛いし、細かい仕事にも一途だ。
なによりも、パートの俺たちを 大事にしてくれた。
周囲の反対を押し切り、契約社員まで上げてくれたのは、彼女だった。
クマ吉が「心意気に応えたい」ほれ込むのも 理解は出来る
なのに 彼女は 常に、自分の立場と仕事で手一杯で。
クマ吉の行為を、ただの忠誠心みたいな気持ちで受け取ってた。
それよりも なによりも。
クマ吉が 一番躊躇した理由がある。
それは、当時の俺たちは、身分保障のない契約社員だった。
契約社員の身分で、正社員の彼女へ気持ちを伝える…
30を越えた男だったら、出来ない話だ。
クマ吉は 「俺が言わなかったのが悪い」「これは、エゴだから」と笑った
そして その先も 一生伝えないのだろう
それだけに、俺は、お前を責められない
そこから数ヵ月後。
俺たちは、正社員へ昇格した。
皮肉にも、俺たちの正社員昇格の稟議を通しきってくれたのは、彼女の旦那だった。
本社の秘書課のチーフ。
その役職が、どれだけの権限を持つか分からないが「嫁から相談されてね」稟議を押し通したそうだ。
ただ、この人事にもオチはあった。
俺たちの物流センターは、コスト削減のターゲットにされていた。
二人同時の正社員稟議は通せない。
それを無理やり通すため、クマ吉は、違う部署へ引き取られた。
「俺が責任持つ。秘書課に来い」
クマ吉にとっては、恋敵が。
俺は、居たたまれなかった…が、クマ吉は、話を受けた。
奴が 何をどう思ったか。いまでも、俺は知らない。
ただ。
奴は、ニコッと笑った。
「俺、たぶん 貴方より出世しますよ? それでもいい?」
その瞬間、ゾクっとした。笑った顔の穏やかさが 逆に怖かった。
クマ吉とは付き合いが長い。奴には、本当に勝算があるんだろう…
小細工に頼らずとも、勝負できる確信を持ってる、と感じた。
これは、恋の恨みなのか、よき反動なのか?
失恋から短期間で立ち直った上に、ますます強くなったお前が… 俺は、羨ましい
そう
羨ましかった。
もし、俺がそこまで誰かを好きになり、変わっていける未来。
そんなものは、期待していなかった、全く。




