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Short Short Circuit

幸運の印

作者: 境康隆

 ついてない人生だ。我が人生ながら実にそう思う。他の連中のあの幸せな顔。俺はタクシーを転がしながら街ゆく人の笑顔を見た。

 何故あの幸運は俺に廻ってこないのだろう。

 俺の人生で就職の時が一番ついていなかった。超がつく不景気だったのだ。まさに就職難の波をまともに食らった。ツキがない。

 俺が悪いのか。状況が悪いのか。仕事が割に合わず、やっと見つけた職も何度か転職した。その度に給料が下がった。当たり前だと周りは言うが、俺に言わせれば運がなかっただけだ。

 今は弱小タクシー会社のしがない運転手だ。熱意のある同業者には申し訳ないが、俺には転げ落ちた最後の仕事に思える。当然やる気など出てこない。

「もう。どうしてくれるんですか?」

 結果、道を聞き間違え乗客に怒られる。よくある話だ。向いてないのだろう。適性のない仕事についた自分はやはり不運なのだろう。

「せっかく幸運の――」

 支払いを終えた乗客が何か言いかけた。だがその時携帯が鳴ったようだ。乗客は言いかけでタクシーを去ってしまう。

 幸運の何だって?

 ついてない俺に幸運の何があると言うんだろう。


「乗ります!」

 息せき切って一人の乗客が乗り込んできた。病院の前にずらりと並んだ客待ちのタクシーの列。先頭の車両を無視し何故かその女性の乗客は俺の車に乗り込んできた。

「やった! ラッキー!」

 それもこの勢いだ。まるでこの車に乗るのが目的かのようだ。

 どちらまでと聞くと、一度近場の駅を口にし、慌ててもう一つ遠い駅を言い直した。

「どうせなら、ちょっとでも沢山乗らないとね」

 この乗客が何を言いたいのか俺にはよく分からない。むしろ乗客としては逆のことを言っていると思う。

「友達が入院しちゃって、ついてないなって思ってたんですよ」

 乗客は一人で口を開く。俺はいつも通り愛想のない生返事ぎりぎりの声で応える。

「でも、帰りにこのタクシーを見つけて、一気に気分が晴れました」

 やはり何が言いたいのか分からない。

「だって、このタクシー。幸運のタクシーでしょ?」

 何の話だろうと俺は怪訝に思う。だが愛想のない俺は自分から深く訊く気にはならなかった。

「だってこのタクシーのマーク。四葉のクローバーでしょ?」

 その通りだ。だがただのマーク。幸運の印ではないことなど、運転しているついてない本人がよく知っている。

「最近若い人の間で噂になってるんですよ。三葉の中で滅多に見かけない四葉のクローバー。あれは幸運の――」

 私が適当に返事をすると、この乗客は最後まで一人で話した。


 乗客が言うにはこうだった。

 この界隈で見かける最大手のタクシー会社。それはハートを三つ放射線状に並べたマークを採用している。そう、見ようによっては三葉のクローバーに見えなくもない。

 まさに三葉の中に希少な四葉のタクシーがあるという訳だ。

 だから四葉のタクシーは幸運の印――だそうだ。

 知ったことか。乗ってる人間にすら幸運をもたらさないのだ。ただの願望だろう。

 そう思って更に次の乗客を捜すと、次から次へと客がつかまった。

 信じられない。

 どうやら本当に幸運の印として噂が街を廻っているようだ。

 俺は少し興奮した。俺にもツキが回ってきたらしい。

 そう思って営業所に帰社すると、同僚が不運な一言を口にした。

「この会社潰れるってよ」

 俺は――


 俺はこの会社を買い取った。正確に言うと、マークの使用権を譲り受けた。車も一台手に入れた。全てが借金だ。

 だが今このマークにはツキが回っているんだ。この幸運を逃す手はない。

 俺はついてない人生で最大の勝負に出た。

 そうこの幸運の印がある限り、俺の人生には運が廻ってくるはずだ。

 俺は自分にそう言い聞かせ、手続きが終わるとすぐに街に出た。

 勝算がある訳でもなければ、確たる経営感覚がある訳でもない。あるのはこの幸運の印だけだ。

 実際あの日と同じように若い人は好んでこのタクシーを拾ってくれた。俺は苦もなく仕事をとれた。

 あまつさえ車の数を増やし、会社組織にすらした。今では多くの従業員を従えてこの幸運の印を持つタクシー会社を経営している。

 今や俺の会社が最大手だ。四葉のタクシーの中に、ちらほらと三葉のそれが見える。

 俺は幸運を手に入れたのだ。

 正直言うと経営は苦しい。幸運の印頼みの会社だからだ。

 そしてそんなある日若い人の噂を聞かされた。

 滅多に見かけない幸運の印。それは三葉の――

 最近売り上げが頭打ちのような気がする。

 いや、大丈夫だ。俺には幸運の印が――


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