どうぞ、私の妹とよろしくやってください。~婚約破棄と追放ですか? 喜んで受け入れます~
「クラリス、君との婚約を、今この場で破棄する!」
「……」
妹のセルシの誕生日パーティの場。
ハルトマン子爵家の庭園で小規模に開催されたこのパーティで、私は婚約者のアルベルト・フォン・グランツから婚約破棄を言い渡された。
思い当たることはない。
このパーティの場で、アルベルトの機嫌を損ねるようなことをした覚えもない。
小規模なパーティではあるが、庭園には親戚や近隣の貴族、使用人もいるし、アルベルトの通る声のせいでほとんどの人間が私たちに注目していた。
婚約破棄を言い渡すのなら、せめて人のいないところでやってほしかった。
「理由をお聞きしてもいいですか?」
大勢の人の前で婚約破棄を言い渡されるという恥。
確かに屈辱的ではあるものの、このパーティの主役である妹の方が可哀想だ。
「僕は真実の愛を見つけたんだ」
「はぁ」
「君の妹、セルシ・ハルトマンこそが僕の運命の相手だ」
あー、そういうことだったのか。
セルシは急にアルベルトの横に並び、腕を絡めてラブラブであることをここにいる全員にアピールし始めた。
私のことを嫌っているセルシのことだ。
盛大に婚約破棄を言い渡すようにと提案し、私に恥をかかせようと……。
「なるほど、承知しました。そういうことですね」
そもそも私はアルベルトのことを好いているわけではないし、別に構わないんだが……問題はセルシだ。
アルベルトにくっつきながら、勝ち誇った表情を私に向けてくる。
昔から、セルシは私のことを嫌っていた。
言葉には出さないし、そういう素振りも見せない。
お母様やお父様の前では、仲良しな姉妹を演じていた。
私も騙されそうになるほど、セルシは嫌悪感を隠すのが上手い。
だが、二人きりの時は話が違う。まるでゴミを見るような目で私を見ながら、雑用や身の回りの世話をさせるのだ。メイドや執事は追い出して。
「お姉様、すみません。アルベルト様がどうしてもって言うので……お姉様の想い人を奪うようで申し訳ないのですが……」
「あ、大丈夫です」
想い人なんかではないので。
そして相変わらず演技が上手い。
私はいつもの淡々とした表情のまま、婚約破棄を受け入れ、妹の告白をスルーした。
それが気に食わなかったんだろう。セルシの表情は明らかに苛立っていて、次にどんな一手を打とうか作戦を練っているような感じだ。
なんだか嫌な予感がする。
「それとお姉様、実は少し前に……お姉様の部屋にお邪魔した時、あるものを見てしまって……」
「――ッ!」
わかりやすく動揺した私を見て、今度こそ勝ち誇った笑みを浮かべるセルシ。
性格の悪さに関しては私がこれまでに会ってきた醜い貴族たちの中でも上位層の女だ。
「お姉様、魔術に没頭していらっしゃるのですね。貴族でありながらそんなはしたない趣味など……感心しませんわ」
「セルシ……」
――貴族の男は剣術を磨き、貴族の女は話術を磨くべき。
この国の貴族の間にある一般常識。
遠い昔、ある偉い貴族が言った格言なんだと。
剣術と話術に対し、不気味な魔術は貴族が触れていいものではなく、野蛮人が扱う陳腐なものであると言われている。
私が妹からの命令に逆らえなかったのは、彼女が私の弱みを握っていたからだ。
幼い頃、私は屋敷の書斎で魔術に関する書物を見つけた。
こっそり部屋に持ち帰り、試しに魔術を使ってみることに――すると、私には普通の人間の何倍もの才能があることに気づいた。
家族にバレるわけにはいかない魔術という趣味。
最初の数日で書物を暗記して図書館に返却したので、メイドや執事、お母様やお父様に見つかることはなかったが……私の部屋のベッドの下に隠れ、私を驚かそうとしていた無邪気な頃の妹に、魔術を使っているところを見られてしまった。
それから、セルシは私を軽蔑し、魔術のことをチクるぞ、という脅しで私を服従させることに成功したのだ。
『まさか……お嬢様が魔術を……』『そんな……あり得ない』『野蛮だ』『追放しろ!』
周囲の観客が私を非難する。
軽蔑の視線を向けてくる。
もしかしたらこれは……相当まずい状況なのかもしれない。
それなりに人が集まるタイミング、アルベルトが私との婚約破棄を宣言するタイミング――切り札をこれまで使おうとしなかったのは、この日のためだった……。
妹を炎魔術で黒焦げにしてやろうかと考えたが、ここは我慢だ。
この状況では、セルシが嘘を言っているという疑いもある。ここで魔術を使うのは明らかな愚策。
「魔術、ですか? なんのことでしょう……?」
できるだけ自然に、まったく理解できないという表情を装う。
「クラリス、それは本当なの……?」
「お母様……」
唖然とした表情で近づいてくるお母様。
「本当なのね……」
「私は……」
お母様にそんな表情をされては、嘘をつけない。
認めることはしなかったが、堂々と否定することはできなかった。
「魔術なんて……あなたはこの家の恥だわ」
「……」
それなりに多くの貴族がこの光景を見ている。ハルトマン家の令嬢が魔術を嗜んでいる、という噂が広まるのは早いだろう。
「クラリス……あなたを……この家から追放します」
「お母様、それは……」
お母様の後ろでは妹が嫌味のこもった笑みを浮かべている。
んー、殺してやりたい。
魔術をここでぶっ放していいなら、一瞬で殺せるんだけどなぁ……。
――って、私としたことが、なんて品のない言葉遣いを……ん? この家を追放されるってことは、もう貴族令嬢ではないわけだし……言葉遣いとか気にする必要ないのでは?
お母様は悪い人ではなかった。
とはいえ、誰よりも体面を気にする人だ。魔術が好きな娘を家に置いておくわけにはいかない。
それに、どちらかといえばセルシ贔屓だったし、彼女の言葉を信じるのも仕方ないだろう。
「承知しました。アルベルト様、どうぞ、私の妹とよろしくやってください。お母様、19年間お世話になりました。今晩にはこの家を出られるようにしておきますので」
私は唖然とするアルベルト、セルシ、お母様に深々と頭を下げ、庭園を去った。
《コメント》
はじめまして、エース皇命です。
この短編版が好評であれば、この話を1話として、連載版を書きたいと思います。
予定では平民となったクラリスはしばらく泥水をすすりながら貧乏生活をすることになるのですが、魔術師ギルドでA級魔術師のエースと出会い、歯車が動き出します。
よろしくお願いします!




