6.受け継いだもの
一方、ヘーゼルはミルクを抱えて自室に戻っていました。
ヘーゼルは寝巻に着替えると、ベッドに潜り込みました。ミルクは専用ベッドへぴょんと飛んで入り込みました。
「ミルク、今日はとても素晴らしい一日だったの。聞いてくれる?」
ヘーゼルは今日あったことを誰かに話したくてうずうずしていました。そこで思わずあくびをして眠る態勢のミルクに話しかけました。
「オレさますごくねむいんだけど」
「寝ながらでいいから聞いて。まずサンドラのお店に行ったの。そこでハティさんと出会ったの」
ミルクはもう一度あくびをして目を閉じました。
「サンドラとハティさんは仲良しだったの。とても楽しそうにお話してたわ。お友達、なのかしら」
「お店の中には珍しいものが沢山あったわ。どれも素敵で一日中見ていても飽きないのよね」
ヘーゼルが話しかけている間に、ミルクは寝てしまいました。構わず、ヘーゼルは話しかけました。
「そのお店にいたら、ルカさんが転送魔法で迎えに来たのよ。突然現れたから、私、びっくりしちゃった」
「それから魔女組合に行ったの。とても豪華なお部屋できらきらしていたわ」
「ふわんふわんの、とても座り心地のいいソファに座ったの。きっとミルクも気に入ると思うわ」
ミルクは寝返りを打ちました。ヘーゼルは続けて話しかけました。
「魔女組合への登録と一緒に、サンドラとの養子縁組をしたわ」
「書類の上だけだけど、私とサンドラは母娘なの。素敵でしょう?」
ミルクは寝ながら伸びたり丸くなったりを繰り返していました。
「その後、お祭り用の礼服の試着をしたの。とても可愛いものばかりで、決めるのに困ったわ」
「明日から箒に乗る練習をするって言ってたから、ちょっと楽しみだな。だって飛べるのよ?」
「それからルカさんとサンドラは難しい話をしていたから、私、眠くなっちゃって……」
ミルクの後ろ足はだらしなく専用ベッドからはみ出していて、前足は顔を覆っていました。
「サンドラが気付いてくれて、それで私たち、魔女組合から帰ってきたの」
「……ミルクは起きて待っていてくれたのよね。ありがとう、ミルク」
そう呟くと、ヘーゼルは眠りに落ちました。
§ § §
ルカは早々と仕事を終わらせてサンドラの雑貨店へ来ました。もちろん、ハティに会うためです。
「ハティ、今日はお疲れ様だったね」
「ルーク、仕事は終わったの?」
「だいたい片付けてきたから、今日は終いだよ」
ルカはそう言うとハティをぐっと抱き寄せ、唇を重ねてお疲れ様のキスをしました。
ギリー曰く「これがお互いの精神安定剤になるんだ」と。「お互いの関係を長く保つ秘訣」とも。
ハティは顔を赤らめると、そっとルカを抱きしめ返しました。
「まだお店、『Closed』にしてないから……ちょっと待って」
と、一旦ルカの元を離れ、店じまいをするとまた戻ってきました。今度はルカがぎゅっとハティを抱きしめました。二人の間に甘い時が流れ始め、ルカが「これはいけそうだ」と考えていたら、ハティがお茶の用意をし始めたので、残念ながらここで試合終了——。
デイジーに「へたれ」と笑われそうだが、ここは我慢だ、ルーカス。
「ルーク、お茶は何がいいですか?」
「俺はハニー、君がいいんだけど……」
「まだ恥ずかしいから、ダメです……」
今日は疲れたので、二人でサンドラ印の「疲れに効く薬草茶」にしました。ルカが「滋養強壮成分は入ってないんだなぁ」なんて考えていたのは内緒です。
二人は並んでソファに腰をかけ、お茶と焼き菓子をいただくことにしました。
「ヘーゼルちゃん、可愛くて素直な子で良かった。あの娘がサンドラのアレを継ぐことになるの?」
「このまま成長すれば、いずれそうなるはずだよ。サンドラもそのつもりで育てているだろうし」
「わたし、ヘーゼルちゃんと友達になりたいな。長いお付き合いになりそうだもの」
「もうなってるだろ?」
「え、そうかな?」
サンドラのアレとは、サンドラが受け継いだエリンの財産『土地と館と人』のことでした。
ルカはサンドラからは「簡単に言えばそういうもの」だと聞いていましたが、組合の組合長として詳しい話をエリンから聞きだしていました。
§ § §
ルカがエリンから聞いたのは、サンドラが受け継いだ『本当の財産』の話でした。
「このままでは神代の大気が、人間たちの進出により失われてしまうだろう。かろうじて神代の大気が色濃く残っている土地に結界を張ってこれらを残します——」
偉大なるエリンはそう宣言すると、自らが得意とする結界魔法を使って、神代の大気をまるごと残そうとしました。その中には、エリンやサンドラが住んでいる森が含まれていました。
これが一つ目の『土地』と呼ばれる財産です。
「魔法研究に疲れし同胞たちを、仮死にして一時的に眠らせ休ませよう。休ませることで再び、次の世代・世界の礎を築く者となるだろう——」
土地を封印する一方でエリンは、自身の独自魔法によって、魔法の研究に明け暮れ疲れた魔女たちを仮死にし一時的に眠らせました。そして『仮初の眠りの館』と呼ばれる館へ、眠れる魔女たちを収容しました。
しかし想像していた以上に疲れた魔女たちの数は多く、最初はすべての者をひとつの館へ収容することが叶わず、複数の館が必要でした。
現在は、サンドラの独自魔法や協力者の魔法によって、眠っている者すべてを収容することができるようになったのです。
これが二つ目の『館と人』と呼ばれる財産です。
サンドラはこの二つの財産に加えて、エリンの独自魔法である『生物を仮死にする魔法』を受け継ぎました。普通の魔女では他人の独自魔法を受け継ぐことはできません。この魔法は二つ目の財産と結びついていて、切り離すことは出来ませんでした。
以上の三つが、サンドラがエリンから受け継いだ財産のすべてでした。そしてこれを受け継ぐことは、あの時の罰のひとつでした。
悲しいことにこのことを知らない者からは、サンドラは『エリンから土地と名前と魔法をねだり奪い取った若輩者』としか映らなかったのです。
§ § §
「せめてリックが、生きてあいつの隣にいてくれればよかったんだがな」
「わたし、サンドラからリックさんのこと聞いたことが無いな。どんな人だったの?」
ルカはハティの肩に手をまわし引き寄せ、ハティはルカにしなだれかかっていました。
「リックはサンドラと同じ、エリンに拾われてきた孤児だった。あの事件の後、サンドラと一緒にエリンへの弟子入り試験を合格して、サンドラとお互い競い合うように魔法を学んで、魔女ではなく魔導士として工房を立ち上げ、エリンから独立したんだ。優秀で努力家の真面目な奴でさ、ことに魔導具作りにおいては右に出る者はいなかった……」
「うん」
ルカは今まで閉じていた記憶を辿るように宙を見上げ、ハティに語り始めました。ハティは肩にまわされた手をそっと握り、話に耳を傾けました。
「二人はお互いを尊敬しあっていたし、最初はそれだけで十分幸せな関係だった。なのにあいつは……リックの『好きだ』と自覚した心にも、自分自身の『好き』という心にも気づけなかったんだ……リックが倒れて、自分の目の前からいなくなるまで」
「っ!」
ハティは絶句しました。たぶんそれはリックが亡くなるまでの……おそらく数百年間の話なのだと理解したからでした。「そんな長い間、待っていたなんて……。私なら気が狂ってしまいそう」と同時に「鈍感すぎるわ!」と、雇い主であり親友であるサンドラを心の中で叱りつけました。
(わたしは、ルーク、この人に出会って育てられて……今、幸せだわ。サンドラにはその時間がなかったのね……)
改めて己の幸運と幸せをかみしめたハティは、ルークの胸にちょこんと頭を預けました。
『黒き魔女』であるサンドラは、『巧みなる魔導士リチャード』の墓参りをすることは叶いませんでした。これから先もずっと……。
「今度の冬至祭にはエリンが参加する予定だ。そのためにサンドラも参加したいのだろう。うーむ、サンドラとヘーゼルちゃんの守りは仕方がない。非常に悔しいがバークレイ商会に依頼するか……」
「ギリーさんとデイジーさん夫妻に、でしょう?」
「あの二人は、ヘーゼルちゃんの情操教育によろしくない」
今の状態のわたしたちを棚に上げ、キリッと真面目な顔してそれを言うのかしらと、ハティはくすっと笑ってしまいました。
「ところで、ハティ。今日、泊まっていってもいいかな?」
「うん」
——ルーカスの粘り勝ちでした。




