4.祭用の弟子の礼服と箒
ヘーゼルの魔女組合の登録と養子縁組の手続きが終わると、サンドラはルカに、食材の補填と冬支度用の品の発注書を手渡しました。
「これが食材と冬支度の発注書よ。ワタシの店に届けてもらえれば、鞄で持って帰るから、発注をお願いするわ」
ルカは発注書に目を通し、職員を呼んですぐに手配するよう指示しました。
ヘーゼルは手続きが終わると、とても緊張していたので、少しほっとしました。しかし、書類にサインをするなど慣れない作業が続いたので、ほっとすると同時に疲れてしまいました。
それを見抜いたルカが、職員に指示を出しました。
「こちらのお嬢さんの祭用の礼服と箒を見繕いたいので、何点か持ってきてくれないか」
「はい、かしこまりました」
ルカはヘーゼルのほうへ向きなおすと、にこっと笑い、彼女にこう伝えました。
「今、お祭りに着ていく礼服と箒を持ってくるから、試着してみようか」
「はい!」
お祭り=夏至祭・冬至祭です。サンドラから聞いて楽しみにしているお祭りに着ていく礼服と箒と聞いて、ヘーゼルは疲れが一瞬で飛んでいきました。
どんな服なのだろう、と期待で胸が膨らみました。
やがて職員が、礼服の入った籠と箒を数本持って戻ってくると、ルカにそれらを渡しました。
「サンドラのケープとドレスは藍色だろ? だから、ヘーゼルちゃんにはこういうのはどうかなと」
ルカが取り出したのは、何点かの藍色のロング丈のマントとミニ丈のスカートでした。
弟子の礼服は師匠である魔女の色に合わせるのが一般的です。サンドラの色は藍色なので、マントとスカートの色は藍色でした。
ヘーゼルは、森の魔女の家では見たことのないベルベット調のマントや、穿いたことのない丈のスカートにすっかり魅了されてしまいました。
「なんて素敵なんでしょう……。ルカさん。私、これを試着してみていいのですか?」
「ああ、そのために持ってきてもらったんだ。思うように着てみてくれ」
早く着てみたいとせがむヘーゼルに、若い子に迫られるなんて慣れないものだな、と心の中で苦笑いしながら、ルカは試着の許可を出しました。
そんなやり取りを横目に、サンドラは服選びに余念がありませんでした。
「ねえ、ヘーゼル。これなんかいいんじゃないかしら。ヘーゼルの礼服に併せて、帰ったらワタシもドレスを仕立て直しましょうか……」
「サンドラ、これとこれとで、こういう組み合わせはどうでしょう?」
「うん、いい組み合わせだわ。ルカ、ちょっとそこの部屋を借りるわね」
サンドラは礼服の試着のために、ルカから隣の部屋を借りました。
「それじゃ、姿見を持ってこさせようか」
「そうね、お願いできる?」
「ハハハ、そんなのお安い御用さ」
姿見と一緒に、針子もついて来ました。
「よろしければ、試着とお直しのお手伝いをさせていただきます」
「ええ、よろしくお願いしますね」
ヘーゼルはサンドラと針子に手伝ってもらい、存分にマントとスカート、それとブーツの試着をしていました。
姿見の前でくるりと回って、着心地や組み合わせの良さを確認していました。
小一時間ほど経った頃、丁度良い組み合わせが決まり、直す箇所に針子が待ち針を打ち、もう一度姿見で確認しました。
「サンドラ、このマントとスカートとブーツの組み合わせが一番だと思うの。かわいいかな、私」
「心配しなくても、十分かわいいわよヘーゼル」
「そうですか? なんだか嬉しいな」
サンドラの言葉はヘーゼルに自信を与えてくれました。ヘーゼルはとても心が温かくなりました。
ヘーゼルとサンドラが選んだのは、ベルベット調で大きな襟のあるマントと、細かいチェック柄のプリーツスカートに、編み上げの焦げ茶色のロングブーツでした。
針子に頼んで、マントとスカートの丈などを少し調節してもらう予定です。
そして、箒は丈夫な柄と柔らかい穂先を持つものにしました。
礼服が決まったところで、ドアをノックする音が聞こえました。
「入っても構わないかい?」
「ええ、どうぞ。ワタシのかわいいヘーゼルを見てちょうだい」
ころころと笑いながらサンドラがドアを開けると、ルカが「邪魔するよ」と入ってきました。
ヘーゼルは慣れない男性であるルカに少々緊張を覚えました。
「おお、よく似合っているじゃないか。ナイスチョイスだな、俺」
「ありがとう、ルカ。これで無事に冬至祭でヘーゼルをみんなに紹介できるわ」
「ありがとうございます、ルカさん」
嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にしているヘーゼルを見て、サンドラは「うん、うん」と非常に満足気にうなずいていました。
そんなサンドラを見て、ルカは「ここにステージママが爆誕したぞ」と心の中で喜びました。今までの弟子たちとヘーゼルへの接し方が、明らかに違ったからです。
「それじゃ一旦着替えて、針子に預けて直しに出してくれ。出来上がったら、店に届けておくから」
といって、ルカはさっと部屋から出ていきました。
「ハティも服を買ってあげたら喜ぶのだろうか?」なんてことを考えながら——。
サンドラとヘーゼルが、服の直しを頼んで部屋を出ると、ルカは先ほどの机で待っていました。
またあのぽわんとした気持ちの良いソファへ腰かけると、早速ルカが尋ねていました。
「サンドラ、次の冬至祭にはヘーゼルを同伴して参加するんだね。箒の練習はこれからかい?」
「箒は今日持って帰って、明日から練習ね。この娘、呑み込みが早くて助かるわ」
「あの、上手に箒に乗るコツってあるのですか?」
「まずは、自分は飛べるって強く思うことだね」
ヘーゼルは試しに箒を握りしめてみました。すると、箒全体がほのかに光り、魔力を感じました。
「そう、最初はそんな感じさ。箒にはあらかじめ魔力が込められているから、あとは飛ぶという意思があればいいんだ」
「飛べる……飛ぶ……」
ヘーゼルは立ち上がり両手で箒を持つと、目を瞑り呟きました。箒は眩しい光を放ち、感じる魔力が増しました。
サンドラは慌ててヘーゼルを制しました。
「ヘーゼル、そこまでよ。それ以上意思を込めたら、あなた飛んで行ってしまうわ」
「私、今、飛べそうでしたか?」
「驚いたな。もうコツが掴めてしまうなんて……」
「あちゃー、これは無自覚系か? なんて奴を育てていやがるんだ、サンドラは……」とルカは心の中で愚痴りました。
教えてる側のサンドラも同様の無自覚系なので、今までの弟子たちからは「あの人の頭にはついていけない」と愚痴をこぼされたことが、これまでに何度もありました。
無自覚系という天然の魔女……。それが、偉大なる魔女エリンが求めた才能であり、彼女の後継者としてふさわしいものでした。
サンドラが受けた罰のひとつには、『エリンの後継者になること』が含まれていました。これはとても残酷なことであり、理解できない者にとってサンドラは羨望の的でもあり、サンドラを孤独に貶めることでもありました。
ルカはエリンの弟子であり、サンドラは彼にとって妹のようなものです。
だから理解されない孤独な彼女の手助けをしてやりたいと、常々思っていました。これは恋ではなく、家族愛でしょう。
同じく他人と同じ時間を生きられないハティのことも、ずっと気にかけていました。ずっと気にかけていたら、いつの間にか恋に落ちていた……。こちらは家族愛から恋に変わりましたが——。
「この調子だと、初級の魔法は履修済みなんじゃないか?」
「あら、良くわかったわね。乾いた砂に水を流し込むように、魔法を学び理解しているわ」
「ヴィンスやケイト、リック以上だぞ、この娘は……!」
ルカはかつて一緒に暮らしていた、エリンの優秀な弟子たちの名前を出しました。
いずれも同期で、いまだに魔女界隈で褒め称えられている弟子たちです(ただしリックは既に故人ですが)。
——つまり、ヘーゼルはこの弟子たち以上の寵児、いわゆる魔法の天才だったのです。




