初めて感じる「気持ちいい」
西日暮里にある賃貸マンションに帰ってシャワーを浴びていると、いきなり全裸の部長がバスルームに入ってきた。
「えっ!?」
抵抗する間もなく、私は彼に抱き締められる。
部長は熱の籠もった目で私を見つめると、自分を落ち着かせるように息を吐く。
そのあと、壊れ物でも扱うように私の濡れた髪を撫で、「……駄目だ、我慢できねぇ」と呟き、唇を奪ってきた。
「ん……っ」
私は突然のキスに戸惑いながらも、ピリッと体の奥に何かが伝わったのを感じた。
多分、本能で「この人のキスが好き」と理解したのかもしれない。
部長のキスは優しくて柔らかい。
滑らかな舌に唇を舐められ、私は吐息をついて口を開く。
すると、その隙間にとろりと舌が入り込み、唇の内側を舐められたかと思うと、優しくちゅっと吸われ、上唇と下唇を交互に吸われ、甘噛みされる。
酸素を求めて口を開くと、部長の舌が口内に入り込んで掻き回した。
舌で歯列をなぞられ、前歯の裏側を舌先でくすぐられた私は、甘ったれた声を漏らす。
――何これ。こんなキス、知らない。
私は混乱したまま息継ぎし、ゴクッと口腔に溜まった唾液を嚥下する。
突然のキスは嫌悪感を抱くどころか、もっとしてほしいと願うほどだ。
そのまま、押し流されるように愛撫を受けてしまった。
私は喘ぎながら、こういう事をするのは二年前のクリスマスぶりだと白状してしまい、元彼は決してくれなかった快楽を教えてくれる部長に、夢中になった。
「もっと……っ、ぶちょ……っ」
甘ったれた声で求めたけれど、彼は興ざめしたように溜め息をついた。
「……こういう時まで部長って呼ばれるのは萎えるな。名前で呼べ。――朱里」
「――――ひぅっ」
低い声が耳朶をくすぐり、私の名前を呼ぶ。
それだけで、私はこの上ない快感を得てしまった。
尊さんは脱力した私を支えて湯船に浸かり、「小さいな……」と言いながら温まる。
まるで恋人のように扱われ、もしかしたら愛撫されている時より恥ずかしいかもしれない。
「……達けるなんて思いませんでした」
顔が見ていないからか、照れくさくても少し素直に話せた。
「だろ? 元彼が単に下手なだけなんだよ」
私はその言葉に、何も言い返せなかった。
尊さんとこういう関係になる前なら、昭人を悪く言われてムッとしたかもしれない。
けど分からされた今、彼のほうが正しいのだと実感した。
(……こんなに気持ちいい事を知らなかったなんて……)
――昭人とのセックスは何だったんだろう?
――相手が変わるだけで、エッチってこんなにも違うものなの?
そう思うと、不思議でならない。
「……お前、もしかして元彼一人としか付き合ってないのか?」
「……悪いですか」
図星だったので、私はブスッとして答える。
「……いや。遊んでないなら他の男を知らなくて当然だけど、……もったいねぇな」
しみじみと言われて、何だか情けなくなってくる。
「……どうせ『結婚秒読み』って言われてたのにフラれましたよ」
「自虐はやめろ」
ポン、と頭に手を乗せられ、私は溜め息をつく。
「元サヤに戻れないなら自分の人生を楽しむしかないだろ。結婚する奴をいつまで想ってる? 二十代なんてあっという間に終わるぞ。若いってだけで価値を感じる男は大勢いるんだから、遊んでおいてなんぼだろ」
「遊びたい訳じゃないです。私だけを愛してくれる人と、今度こそ幸せになりたいだけです」
「セックスが上手いだけの男じゃ駄目って事か」
尊さんは半笑いで言い、それを聞いた私は引っ掛かりを覚える。
(まるで『自分じゃ駄目か』って言ってるみたい)
今は大分酔いが醒めているので、「私の事が好きなんですか?」なんて、図々しくて聞けない。
「お前の好みの男ってどんな奴? 知らんけど元彼みたいな奴?」
「……優しい人がいいです。一緒にいて安らげて、些細な事で笑い合える人」
「一般的な答えだな。金がなくて仕事もできなくていいのか? セックスが下手でも、優しければいい?」
「……なんでそんなに突っかかるんですか」
ムスッとして言うと後ろから顎を掴まれ、グイッと彼のほうを向かされる。
「フワフワした事を考えて『優しくして。痛いセックスは嫌』なんて我が儘を言ってるからフラれるんだよ」
「――――どうしてそんな事を言われないといけないんですか」
さすがにムカついて言い返すと、胸を揉まれた。
「ん……っ」
ジンワリと気持ちよさが下腹部に伝わっていき、私は声を殺す。
「まずは大人のセックスを知ってから言え」
尊さんは目を細め、憎たらしい顔で笑う。
もっと優しい言い方をしてくれればいいのに、彼はわざとなのか素なのか、意地悪な事しか言わない。
――受けて立ってやる。
意地になった私は、挑むように彼を睨んで言った。
「じゃあ、大人のセックスを教えてくださいよ。そのあとに改めて、優しい人がいいか考えますから」
――彼の掌で転がされている。
分かっていたけど、もう引き返す事はできないと分かっていた。




