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【全年齢版】部長と私の秘め事  作者: 臣 桜
彼女の行方

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手紙

「……お前のマンションに届いた郵便物は、母の手の者がチェックしていた。……だから尊の元には届かなかったんだ」


 俺は重たい溜め息をついてから、消印を確認して一通目の手紙を開く。


 そこには傷付いてすぐの、宮本の生々しい痛みが綴られてあった。


【これを速水くんが読む頃には、私は君の前から姿を消していると思います。君の力になりたくて頑張っていたけれど、私が側にいると速水くんの立場は余計に悪くなると気づきました。だから会社は辞めます。君とはもっと色んな事を話したかったし、一緒に沢山の事を経験したかった。もっと一緒に飲んで、上司の愚痴を言ってベロベロに酔っぱらって、締めにニンニクたっぷりのラーメンを食べて『臭い』って言い合いたかった。……でも、もうそんなささやかな日々も、求めてはいけないのだと知りました。君に『私を見つけて』と言いたいけれど、見つけられたくない。……もう少し気持ちが落ち着いた頃、また手紙を出します。】


 消印は一月中のもので、年末に引っ越して少ししてから書かれたものだと知った。


 二通目の手紙は六月に書かれていた。


【やっぱり君が恋しい。速水くんと一緒にいた時が人生で一番楽しい時期だったと言ってもいい。どんな目に遭っても構わないから、もう一度君に会いたい。今は北区に住んで別の会社で事務仕事をしています。この手紙に書いた住所のアパートに住んでいるので、私を許してくれるなら連絡をください。新しく契約したスマホの電話番号、アプリのID、メールアドレスも書きます。連絡をください。】


 宮本は、俺との復縁を願ってくれていたのに、俺はそれを知らず、被害者ぶって一人で荒れていた。


 三通目の手紙は二年後――、二十五歳の秋に書かれていた。


【お久しぶりです。祖母の体調が良くないとの事で、実家がある広島県に帰る事にします。連絡先は以前に書いた所から変わっていません。実家の住所は以下の通りです。手紙を送っても君は連絡をくれないから、きっと何も言わず去った私を憎んでいるんだと思います。君は信じられないぐらいつらい目に遭って、人を信じられずにいる。なのに私は君の信頼を得ておきながら裏切った。本当に許されない事をしたと自覚しています。本当にすみません。でも、私は心から速水くんを大切に想っています。いつか君の怒りが解けた時、連絡をもらえたら嬉しいです。】


 三通目を読み終えた時、風磨が言った。


「……この手紙は人事部部長が保管していた。母は共犯者という意味で彼に預けていたんだろう。……だから彼から話を聞き、手紙を受け取るまで俺も気づく事ができなかった。……手紙についてだが、事実を確認するために中身を検めさせてもらった。すまない」


 俺は風磨の言葉に何も答えず、四通目の手紙を開く。


 手紙はさらに二年後、二十七歳の時のものだ。


【お久しぶりです。東京を離れて生まれ育った広島で暮らし、色んな事を遠い日の出来事に思えるようになりました。本当は耐えがたい苦痛もあったけれど、今なら昔の事と思えます。君が返事をくれなかった事についても、何か理由があるんだと思うようにしました。私の知っている速水くんは、たとえ憎んだ相手だとしても、連絡を欲している相手を無視する人ではないから。君ならどんな相手でも、最後にきちんと理由を説明し、双方納得した上で円満に別れると思っています。きっと私の書いた手紙は、君の所には届いていないんじゃ……と思っています。だから、この手紙も読まれないと前提して書きます。】


 便箋を捲ると、宮本の笑顔が浮かぶようだった。


【結婚する事にしました。相手は幼馴染みで、地元の小学校で教師をしている人です。私はこちらにある小さな会社で事務職をしていますが、アットホームな職場でとても楽しいです。あくせく働いているのは東京にいる時と変わらないけれど、休日には恋人と一緒に海に行ったり、のびのび過ごしています。】


 俺は無意識に息を吐き、三枚目を捲った。


【結婚するくせに他の男性を想い続けていてはいけないから、これを最後の手紙とします。私は幸せにやってるから、もう何も気にしないで。いつか偶然会っても、私は笑顔で君を迎えられる。だから君も、自分を幸せにしてくれる人を見つけてね。君は不幸や傷付く事に慣れている節があって、そこが堪らなく心配だった。あの継母がいる限り難しいかもしれないけど、自分の幸せを一番に考えてね。君の時間は有限なんだから。それでは、速水くんの幸せを心から願って。】


 俺は彼女がいま幸せに過ごしていると知って、静かに安堵の息をついた。


 だが、自分が宮本に何もできなかった事実は変わらない。


 俺のせいで傷つけられた宮本は、俺にいっさいの恨み言をぶつけず、一人で抱えて解決し、前に進んで幸せを勝ち取ったのだ。


「…………すげぇな。流石だわ」


 俺は心からの称賛を呟き、小さく笑う。


 今は宮本に対して異性としての愛情はなく、過去の友情や、何事も引きずらない性格への尊敬が残っている。


 宮本が残した手紙を読むと、過去の残像をなぞって答え合わせをしたような感覚になった。


 ――あいつは変わってない。


 俺が真実を知って大きなショックを受けた事も、きっと〝今〟の宮本なら明るく笑い飛ばすかもしれない。


 それが俺の惚れていた宮本凜だ。


 ――ありがとう。


 過去の宮本に背中を叩かれ、動揺した心に活が入った。


 俺は背筋を伸ばし、前を向いて深呼吸する。

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