第6話 転生フラグは突然にーすべてはバグのせいらしい
とうとう異世界転移しちゃいます。あるあるな展開ですが、どうなるアキト?
気がつくと、アキトは巨大なドーム型の競技場の入口に立っていた。
足元から、吸い付くように冷たい黒曜石のような金属製の床が、鈍い金属音をコツンコツンと響かせながら会場内に広がっていく。
周囲には、血管のように脈打ち、色を複雑に変えるネオンの光が、幾何学的な紋様を描き出しながら異質な空間を照らしている。そして頭上を見上げると、まるで意思を持つかのように高速でスクロールする古代文字のような記号と、理解不能な図形が、オーロラのように揺らめく電子的な情報掲示板が無数の帯となって設置されていた。
ドームの天井は遥か高く、吸い込まれるような錯覚を覚える。
そして何より、アキトの視線の先、アリーナの中央には、青白い光を帯びた円形の空間があった。それは見慣れた土俵のようでありながら、その表面はまるで液体の金属のように揺らめき、周囲には幾何学的な模様が発光していた。
「ここは……国技館……ではないな? 明らかにオーバーテクノロジーだ……!天井は遥か高く、まるで無限に広がっているようだ。そして、この床の材質……ただの金属ではない。靴を通してでも、微細な振動とともに強いエネルギーの流れを感じる。こんな感覚は初めてだ……!」
ふと目をやると、アリーナを取り囲む巨大なモニターには、二体の人影が激しい攻防を繰り広げているのが映し出されている。
片方は日本の力士のような装束だが、もう片方は全身を機械の装甲で覆っている。
その動きは相撲の基本動作を踏襲しているようにも見えるが、時折、重力を無視したような跳躍や、エネルギー波のようなものを放つなど、奇妙な技も繰り出している。
それを見ているうちにアキトの中では、この戦いをどうやってコードにするか、思考が広がっていく。
(この土俵らしきもの――スモウ・リングというのか?――で、もしも重力制御が可能ならば、よりトリッキーな体勢や、反動を利用した高速移動などが可能かもしれない。そしてさらに、この床の材質ならば、摩擦係数を自在に変化させることも可能かもしれない。戦い方が広がるな……)
「スモウに興味があるのかしら?」
何もないところからスリムな体躯の女性が現れた。
その整った顔立ちは、知的な雰囲気を漂わせる細い眼鏡の奥の瞳の色まで、なぜか見慣れた雪菜の面影を強く感じさせた。
しかし、その姿には生気が希薄で、彼女の肌はまるで完璧に磨き上げられた陶器のように滑らかで、微かな表情の変化さえ、まるで精密機械の動作のように計算されている。
その銀色の冷たい視線は、徹夜明けのエンジニアの網膜に強烈な残像を与える。
「あら、あなたは……まさか、次元転移のイレギュラー?」
彼女の声は、まるでAIアシスタントのように抑揚が少なく、どこか無機質だった。
(雪菜さんのあの凛としてかつやわらかい声じゃない。これでは、まるで事前にプログラムされた音声合成のようだ。この世界の生物なのか、アンドロイドなのだろうか)
彼女は足音も立てずにゆっくり近づいてくる。
「コード・アリーナへようこそ。私の名前はリリス。この世界のアジャスターを務めているわ。」
女性の声には、データログを読み上げるような機械的な音声だが、分析対象へのかすかな興味の色が混じっているようだった。
「アジャスターとは、この世界のバランスを維持し、必要に応じて調整する役割。この世界はバグだらけ、私のような役割が必要。そしてあなたは監視が必要と判断された。そして私はここにいる。」
「それは、俺がこの世界にとって邪魔者だということか…?」
不安そうにたずねるアキトに対して、彼女の肩にちょこんと止まっている小鳥が
「…… ピピピ!未登録個体発見 。 識別プロトコル を開始します。トテモ、、、興味ブカイ。リリス。この個体はじっくり観察してミタイデス。解析してヨイ?」
と話し始めた。
それはリリスよりさらに機械的ではあるものの、まるで人間の子供がおもちゃをねだるような少し甘えた声で、アキトを少しほっとさせる。
(この感じだと、いきなり戦闘をしかけてくるようなことはなさそうだ。。。しかしこいつら、何ものだ?)
アキトの独白に答えるように、小鳥が小さな翼をパタパタさせながらリリスの無機質な髪の毛をちょんとつついた。
それにこたえるようにリリスが話を続ける。
「はいはい、わかったわ。好きにしなさい…。こっちはビット。こんな感じで、ちょっと気まぐれだけど、、、なんだかんだで助かるアシスタントよ」
リリスは、ビットの小さな頭を指先で軽く優しく撫でた。ビットは嬉しそうに、首を傾げ、もう一度「ピピッ」と鳴いた。
アキトのあたまのなかではぐるぐる思考が回転している。独り言が止まらない。
「次元転移? コード・アリーナ? ビット? 一体、何が起こっているんだ……!?しかもこのリリスというアンドロイドは雪菜さんにそっくりだ。ゲームだとしたらなんといういやがらせだよ。」
「これはまさか、夢にまで見たフルダイブ環境…!? いや、待てよ……この感触、匂い……VR(仮想現実)にしてはリアルすぎる、シリコンバレーで見た最先端のデモでも、こここまでリアルではなかったはず。うちの開発メンバーでこんなレベルのものが作れるはずがない。いや、まさか俺が無意識のうちに作ってしまったのか…?」
「あそこにあるモニターには過去の戦いが投影されているようだ。ちょっと服装は相撲っぽいけど、戦い自体は相撲そのものではないようだ。どんなルールになっているんだろう…?しかし、この自然な動き、『どすこいLinux』のAIにも取り込めないだろうか…?」
アキトの脳内は気づくと、この異世界の戦士たちの動きを超高速カメラで撮影し、フレーム単位で分析する計画で熱く燃え上がっていた。
そんなアキトをよそに、ビットとリリスの間のやり取りは続いている。
「さて、簡易的な解析結果がきたわ。この世界はあなたのつくったゲームがもとになっているようね。あなたはこの世界の創造者ということになるわね。とくに排除すべき存在とはいえないようね」
「いやまて、俺はあなたのようなアンドロイドとか、こんな機械的な世界はつくっていない。俺が作ったのは、もっと普通の相撲ゲームだった…。」
「それはすべて『バグ』のせい。」
リリスは静かに続ける。
「この世界は、あなたが書いたコードの一行一句が、物理法則そのものとなる。」
「あなたが開発していた『どすこいLinux』ね? あなたが転移する直前に、あなたはバグの対応をしていたはず。あなたはそのバグを根本的に直すのではなく、生かせるところは生かしながらなんとか動かそうとしていたはずだわ。そのプロセスのなかで、想定外の世界が出来上がってしまった。その影響で時空がゆがみ、創造者であるあなたが強制的にこの世界に『jump』させられたの。」
「俺は、、、もとの世界に帰れるのか?」
「私はこの世界のパーツの一つにすぎない。ただ、ひとつだけ、あくまで推論だけれど、イレギュラーで想像された世界なのだから、このイレギュラーの根本となっている「バグ」たどりついて解決できれば、帰れるかもしれない。私に言えるのはそれだけ」
「本来の私の役目は、世界を正常に保つこと。あなたは異常者ではあるけれど、この世界に害をなすものではない。」
「あなたを元の世界に返すためのお手伝いはできないけれど、この世界を正常に保つために、あなたのスキルが役立つのであれば、あなたのお手伝いはできるかもしれない。」
「わかった、、、俺は、何をすればいい?」
リリスは、いつの間にか現れた銀色の光沢を放つ奇妙なヘッドギアのようなデバイスをアキトに装着させた。
(なんだこれは?勝手に起動したぞ?ステータスが見えてる?よくあるステータスオープンとかいらないのか?)
「これはステータスアナライザー。まずはこれを使ってあなたの現在のステータスを分析しましょう。それによって、あなたがこの世界にどのような影響を与えるか、バグの解決のために使えるスキルがあるかが決まる。それによってあなたの行動は自然に決まると考える。」
彼の視界に透明なウィンドウが重ねて表示された。
【プレイヤー名】 不知火 彰人
【職業】 シリコンバレーで働いていた元天才SE(今は社畜)
【レベル】 1
【HP (体力ポテンシャル)】 150/150 (平均以上だが 訓練 不足)
【MP (精神力ポテンシャル)】 150/180 (集中力と探求心は異常、やや消耗気味)
【STR (物理攻撃力)】 10 (訓練 不足)
【DEX (運動神経)】 5 (壊滅的)
【INT (知力・コード解析能力)】 98 (神の領域)
【VIT (精神力・バグ耐性)】 85 (極めて高い)
【LUK (運要素)】 30 (平均よりやや上)
【スキル】
・異世界言語((Lv.MAX)
・超高速デバッグ (Lv.MAX)
・深層コード解析 (Lv.MAX)
・バグ予測 (Lv.7)
・脆弱性エクスプロイト (Lv.3)
・アルゴリズム創造性 (Lv.6)
・相撲心理分析
・世界改変AI構築 (Lv.8)
・???
【称号】
- バグ・クラッシャー
- 「どすこいLinux」開発責任者であり、修正不能なバグの運び手
「コードやバグ取りは規格外か。脆弱性は苦手で勉強さぼってたのがステータスに出たか。そして相撲心理分析…? まさか、アメリカで熱心に相撲を語っていた、あの少年の影響か……!」
「ピピ!リリス、このステータスの解説をしてあげた方が良いのではないかと推察スル。これはなかなかすごいスキル」
「そうね、あなたのスキルは、この世界のバグを解析し、修復する上で非常に重要な鍵となる可能性があるわ。特に、あなたのINTの数値は驚異的ね。そして、その『相撲心理分析』という未知のスキル……一体どのような能力なのか、わくわくするわね。」
「あなたには、あそこにある「スモウ・リング」で力試しのために戦うことをすすめるわ。そこで得られるデータは、この世界の法則を理解する上で貴重な情報となるでしょう。報酬ももらえるから、スモウ・リングで戦うことは良いことしかない。さらに、あなたのその「相撲心理分析」を使えば、普通と違う戦い方ができるかもしれない。戦うことで、この世界をよくすることができるかも」
リリスは、アキトのステータスウィンドウを興味深そうに見つめながら、わずかにその口元をゆるめた。
その表情の片端には、雪菜がよくしていたどこかいたずらっぽい表情がちらりと見えたのを、アキトには見逃せなかった。
このまま続きます。