第4話 新天地、シリコンバレーの熱狂と孤独、世界を変えるゲームへの予感
まだ回想が続きますが、この頃がアキトのゴールデンタイムです(^^)
アメリカのスタンフォード大学への留学は、彼にとってまさに新たな世界への扉を開くものだった。
最先端の技術が息づくシリコンバレーの空気は、常に新しいアイデアと野心に満ち溢れ、彰人のエンジニア魂を刺激した。
連日のように開催される技術交流会やハッカソンでは、世界中から集まった優秀なエンジニアたちと熱い議論を交わし、自身のスキルを磨く喜びを感じていた。
しかし、家族との電話も途絶えがちになり、ふとした瞬間に雪菜の面影が心をかすめ、遠い故郷を思う寂しさを覚えることもあった。
そんな彼の寂しさは、寮でルームメイトになったテキサス出身の相撲オタクの友人、マイクとの、深夜に及ぶ熱い相撲談義と、昼間の終わりのないプログラミングのコードとの格闘で埋められていった。
マイクは、日本の地方巡業まで追いかけるほどの熱狂的なファンで、二人は最新の取り組みから往年の名勝負まで、お気に入りの日本酒を酌み交わしながら議論を戦わせた。
「アキト、あの時の白鵬の猫だましは、まさに意表を突くおまえのプログラミングのようだったぜ!」
「お、やっぱり右ではなくて左に行ったな。お前の言ったとおりだぜ!」
マイクの独特な相撲観と、それをプログラミングに例える彼の言葉は、彰人にとって新鮮で、孤独な留学生活の心の支えとなっていた。
そしてそのまま彼は、GAFAと呼ばれる企業のうちの一つの入社試験を突破し、エンジニアとしてのキャリアを積み始める。マイクとは別の会社になったものの、SE、そして相撲オタクの同志としての交流は続いていた。
そんな折、彼は数年ぶりに日本へ一時帰国することになる。そこでたまたま参加したお気に入りの力士のファンの集いで、一風変わった人物に声をかけられた。その人物こそ、株式会社グロービッツの郷田源三郎社長だった。
オンライン上では「どすこい源さん」というハンドルネームで、熱狂的な相撲ファンとして知られていた郷田は、オフラインの集いでもその情熱と社交性を遺憾なく発揮し、熱い相撲談義を繰り広げていた。
シリコンバレーでのキャリアを持つ彰人の技術力と相撲への深い知識、そして何よりもLinuxにも深い造詣があることに目を留めた郷田は、彼に熱心に語った。
「実は、全世界相撲連盟から許諾を得て、過去の伝説から現役のスターまで、実名で登場する究極のVR相撲ゲームを構想中でね。もうすぐデモができるところなんだ。単なるゲームではなく、相撲の奥深さ、力士の精神性、そして何よりも日本の文化としての美しさを世界に伝えたい。君の技術と相撲への情熱、そしてLinuxの知識があれば、必ずそれが実現できると信じている!」
郷田の熱い語り口と、『どすこいLinux』の壮大なコンセプトに、彰人の心は強く惹かれた。
力士たちの膨大な三次元データや、過去の取り組みに関する詳細な情報提供を受け、それを活用することで、従来のゲームでは不可能だった、息を呑むほどのリアルな相撲体験を追求できる可能性。
そして、対戦プレイを通じて、Linuxの学習システムを隠し味として搭載するという、ユニークなアイデア。
何よりも、自身の二つの情熱――プログラミングと相撲――を融合させ、世界を変えるようなゲームを創り出すことができるかもしれないという強烈な予感に、彼は心を奪われた。
もっとも、シリコンバレーで築き上げてきたキャリアを手放すことへの躊躇が全くなかったわけではない。
安定したそれなりに高い給与、刺激的なプロジェクト、そして何よりも周囲からの評価。それらを全て捨てて、よく知らない日本のベンチャー企業に身を投じるのは、大きな賭けだった。
しかし、郷田の語る夢への共鳴、そして自身の内に秘めた情熱を形にしたいという強い 情熱が、彼の背中を強く押した。
若干の給与交渉を経て、シリコンバレーでの安定した地位を捨て、上司や同僚の引き留めを押し切り、グロービッツへの転職を決意するのに、さほど時間はかからなかった。それがバグ地獄への切符だということも知らずに……。
このまま続きます。