第1話 才能の孤高、情熱の炎、世界を歪ませるバグ
なろう様では初めての作品となります。
「また、ここか…」
品川の高層ビル最上階に近い一室。
カーテンは閉ざされ、外界の光を拒絶した暗闇の中、株式会社グロービッツのシステムエンジニア、不知火彰人(29才・独身)の周囲だけが、複数のモニターから放たれる青白い光に照らされていた。
「ちくしょう!またここがおかしい!誰だこれを作ったのは!」
彼は、眉間に深い皺を寄せ、小さく舌打ちをした。
「一体いつになったら終わるんだ?このままじゃ、俺の精神が先にバグってちまう…」
「まるで迷路だ…こんな欠陥だらけの代物、一体どうすれば…」
窓の外には、宝石を散りばめたような東京の夜景が広がっている。その美しい光景も、今の彼にはただの幻のようにしか見えなかった。
深夜のオフィスは静寂に包まれている。聞こえるのは彼のリズミカルで、まるで熟練の職人が精密な作業を行うかのようなキーボードを叩く音だけだ。
彼の指先は、まるで意思を持つ生き物のようにキーボードの上を滑り、複雑なコードの海を縦横無尽に泳ぎ回っている。
そして、一見すると無頓着にも見える服装だが、そこには彼なりのこだわりがあった。シワになりにくいダークトーンの機能性素材のTシャツは動きやすく、膝の部分がやや擦り切れた、ストレッチの効いたスリムフィットのパンツは、カジュアルながらもシルエットを保っていて、実用性と最低限の清潔さ、そして、素材の良さをうかがわせる。
アキトの卓越したコーディングスキルは、まるで熟練の外科医が患部を特定するようにどんな難解なバグも瞬時に見つけ出し、鮮やかな手つきで解決する。
彼の集中力は常軌を逸しており、複雑なコードの海に没頭すると、まるで周囲の音が消え去ったかのように一点に意識を集中させる。
かつて、シリコンバレーの誰もが知る大企業で働いていたアキトは、世界を揺るがす金融システムの危機において、誰も解決できなかった難解なバグに対し、たった一晩で核心を突き止め、システムを救ったという伝説がある。その驚異的な集中力と、コードを一瞬で見抜く卓越したセンスは、「バグクラッシャー・アキト」と異名を得た。
そんな彼にとっても、このプロジェクトのコードは想像以上に手強かった。
(ふう、いいかげん疲れたな、少し休憩するか)。
彼はひと休みすることにして、誰もいないのをいいことに取り出したスマホで往年の大相撲の名場面を再生し始める。
力士たちのぶつかり合う音、実況アナウンサーの熱い声が、静かなオフィスに微かに響いている。
「ふむ……この体捌き、まさに芸術的だ! 右四つからの出し投げ。軸足の安定感、体全体の連動性……近年の力士で、これほどの精密さを持つ者は稀有だろう。」
彼の頭の中では、自然といつもの分析が始まった。
「しかもこの力士は心理戦にも優れている。ここでうっかり手を出したように見えるが、それはブラフだ。実際はこれで相手を動揺させて、隙をついてひっくり返す。そうだ、そこだ!これこそが、俺の好きな「相撲道」だ…」
アキトの頭の中は常に二つで満たされていた。
論理の粋であるコードへの飽くなき探求心と、日本の国技、大相撲への――もはや信仰に近い――深い愛情だ。
鍛え上げられた肉体、土俵の衝撃、力士の精神力、一瞬の心理戦。コードの論理と秩序、そして相撲の奥深さに、彼は共通する研ぎ澄まされた何かを感じていたのかもしれない。
そもそも、彼のキャリアは一般的なSEとは一線を画していた。高校時代、他の生徒たちが流行の音楽や恋愛に夢中になっている中、プログラミングの才能はひっそりと、しかし確実に開花し、次々と複数の言語を習得していった。
基本的に地頭はよく学校の成績も悪くはないのだが好きなことにしか興味が向かず、情報処理の分野だけが飛び抜けて得意だったせいか、変わり者としてしか扱われない日々を過ごしてきた。
とくに高校時代はコンピュータオタクとしてしか扱われず、常に孤独と挫折を味わいながら、それでも秘かに情熱を燃やし続けた日々があってこそ今の自分がある。
「こんなにも複雑で、言うことを聞かないコード…まるで、相撲の手強い対戦相手のようだな。いや、だが、だからこそ面白いんだ。」
「いつものように、完璧にねじ伏せてみせる。まるで、土俵際で渾身の逆転を決める力士のように…ああ、そうだ。こんな淀んだ空気じゃ、良いアイデアも浮かばない。空気でも入れ替えた方がよいのか?いや、ここは窓の開放は禁止だったな…」
ドアを開けて可能な範囲で空気を入れ替え、熱いコーヒーを入れてひと息ついた彼の彼の記憶は一瞬で、過去の苦い記憶によみがえっていく…
書きダメがあるうちは予約投稿します。毎日8時にアップする予定です(^^)