山吹童子の怒り
「山吹童子様!如何か殺気を御納ください!」
山吹童子の顔は今までとは全く異なり、笑顔も無く、真剣な眼も無く、唯只管に怒りで満ちていた。
先程と同一人物だとは思えない程に葵を睨みつけて、今にでも腰元の刀を抜いて切り掛かりそうで在った。
野狗はそんな山吹童子の体に必死に掴み、殺気で顔を歪めながら山吹童子を諭そうと試みていた。
「貴様、彼奴の名を挙げる処ろか、予が人間如きに騙され、敬愛なる鬼姫様を此の手で殺すだと?」
「巫山戯るのも大概にしろ!斬首、厭梟首でも済まぬぞ!」
「山吹童子様!心中後察し致しますが相手は未だ子供、唯の青年で在ります!一度落ち着いて御考えください!」
「は、、え、、、?」
「離せ野狗!離さぬのならば貴様ごと切り裂いてやる!」
葵は困惑していた。何も知らぬ唯の人間である葵からすれば、山吹童子が何故こんなにも怒り浸透なのか、心当たりすら見つからないのである。
「餓鬼!早く逃げませぬか!迂生では長くは山吹童子様を留める事はできませぬ!命が惜しければ早く!」
野狗は驚いて固まったまま動かない葵の様子に焦りを覚え、葵に向かって聲を荒げた。
葵はそんな野狗の聲で正気を取り戻し、慌てて立ち上がって部屋の襖に向かった。
併し、そんな葵を逃すものかと山吹童子が立ち塞がり、刀に手をかけた。
「行かせぬ!予が貴様の首を刎ねてやる!」
葵は怒り狂う山吹童子の足元に横たわる野狗の姿を見つけた。
野狗は腹を蹴られたらしく、腹を押さえ乍ら苦しそうに山吹童子の名を呼んでいた。
葵も、幾ら自身に散々悪態を付いてきた野狗と云えど、此れ程弱っているのを見るとあまり良い気持ちには成らなかったらしく、机に置いていた箱の中から大幣を手に取り山吹童子に向け、低い聲で言い放った。
「良い加減にしろ。俺の言葉でお前の気分を害した事は詫びる。だがそれとこれとは違う」
「俺の社殿で暴れるな。始めにそう言ったはずだ」