野狗の気掛かり
「と、とんでも御座いませぬ。ですが迂生は万が一、万が一が在った場合が恐ろしいので御座います」
野狗の其の言葉は真っ直ぐな意思が伝わってくるが、震えている様にも聞こえた。
「万が一、だと?」
「はい、万が一朝廷が其の神社に神器を寄越していたら?其の宮司が忍びの者で在ったら?」
「貴方様は鬼軍唯一の生き残り、更には其の御身体には鬼姫様の血が流れております」
「貴方様が死に至れば鬼軍の意思は、鬼姫様の願いは消えゆく事に成ります!」
「其れに、貴方様の野望で或る鬼姫様との再会の希望も無に帰してしまいます、、、」
「迂生は其の万が一が末恐ろしい。其の宮司が悪で或ると云う証拠も御座いませぬがあの御方、酒呑童子殿は味方のフリをした源と申す若餓鬼に惨殺されて仕舞われました」
「迂生は貴方様には其の様に無惨な死を遂げてほしく御座いませぬ。如何か迂生の願いを聞き入れて下さるのであれば少し丈、ほんの少し丈でも警戒心を持って頂きたく思います」
野狗の顔には確固たる意志が宿っているのが感じ取れた。
「、、、解った。警戒はする、だから彼奴の話は出すな。耳が腐る」
「!有難き幸せ申し上げます。以後、心がけさせて頂きます」
「本来、鬼族とは嘘も騙し討ちもせぬ程の清き生き物だ。今回は前例の事と御前の強き意思に免じてだ。今後、其れ相応の態度を示す様に、な?」
「はい!承知致しました」
「善は急げとも云う、早う行くぞ野狗」
其の者は不貞腐れた様な聲で野狗を急かした。
「はいはい、暫しお待ちを。此の姿の儘では人里に降りられませぬ故、人に化ける時間を頂きたい」
「早うしろ、予は待つ事は嫌いじゃ」
「はい、」
不貞腐れた様子の者の横で、そんな様子の主人を横目で見ながら野狗はさも簡単な事の様に人に化けていた。
「、、、では行きましょうか」
口を尖らせて拗ねる其の者の姿は稚児の様に、其の隣を歩きながら御機嫌を取る人に化けた野狗は其の保護者に観えた。